第37話 士気

 西寧の激を受けて、全軍で喝采が上がって、士気が上がってゆく。


 仕掛けを作る際に、西寧が声を掛け、一人一人の兵の名前を呼んでいたのも、一番の激戦区に王自身が身を置いたのも、全ては、士気を上げるため。

 少数で大軍を撃つならば、一人一人の士気を高めることが、戦の鍵となる。

 西寧は、それを肌で感じ、細やかに大将としての役割を果たす。


 夕刻、戦いは、始まった。


 低級妖魔が、まず恐ろしい数の大軍で、西寧達を襲ってくる。

 西寧の思惑通り、妖魔が、壕に足を取られてもたつく。その上を、仲間の妖魔を踏み越えて妖魔が進軍する。


 そこで、踏んだ妖魔と踏まれた妖魔の間で争いが生じて、さらにもたつく。

 もたついている妖魔の間を、他の妖魔が抜けて進軍してくる。

 

 どうやら、妖魔という者は、個々の攻撃力は高くとも、群衆として訓練されてはいないようだ。

 そもそも、訓練に応じるようなまともな者では、仲間の腹を裂き喰らうような、邪悪な妖魔には落ちないということだろう。


 青虎軍は、丘の上の先端に立つ兵士が弓矢で妖魔を防ぐ。

 それをさらに抜けた妖魔を、高い位置から剣や槍で滅ぼしていく。

 丘を抜けても、何層にも攻撃は続き、西寧の考えた陣形を抜けるには、四方から来る攻撃に耐えねばならず、妖魔は怯む。


 妖魔の軍は、西寧の仕掛けを前に、攻めあぐねていた。


「何で、あなたが率先して剣を持って戦っているんですか。少しは後ろに下がって下さい」


妖魔に向かって積極的に前線で戦う西寧を、壮羽が叱る。


「いや、戦うだろ。戦わずにここに居られるか。お前は、矢で射ることに専念しろ。お前の術は、一騎当千の価値があるのだから、叱る暇があるなら、一本でも射ろ」

西寧が妖魔に剣を振るいながら言い返す。


「やっています。専念できるように、少しは自身の安全を考えて下さい」

壮羽も矢を射ながら言い返す。


 壮羽の矢が、烏天狗の妖術によって、一度に十を超える敵に致命傷を与える。


「騎馬隊だ! 妖魔の騎馬隊が来る」


兵士の声が響きどよめきが起こる。


烏合の衆である歩兵の低級妖魔たちよりも格段に強い騎馬を乗りこなす妖魔たち。

その一体の実力は、こちらの兵士が十人は必要な妖力を持つ。

最前線で血気盛んに戦っていた兵士達の首があっさりといくつも吹き飛ばされる。


怯んで何人もの兵士が、後退して逃げまどう。


「安心しろ! 騎乗の妖魔より目線は高い! こちらが有利だ!」


士気が大きく下がりそうなところを、すかさず西寧が叫ぶ。


「弓矢、狙え! 壕にもたついているぞ! そこで滅ぼしてしまえ!」


西寧の言葉の通り、壕でもたつく妖魔軍の歩兵が壁になって、騎馬隊の進軍が遅れている。


チャンスだ。

強い騎馬にそのまま攻め込まれては、こちらは負けてしまう。

妖魔同志で互いの足を引っ張りあっている内にむこうの闘争心を削ぐべきだ。


青虎軍の矢が雨のように降り注ぐ。妖魔の騎馬隊が、歩兵を盾にして後退していく。 


 醜い。

 西寧は、その様子に、妖魔とは何と醜いのだと思う。

 弱い者を盾にして、利用するだけ利用する。それでは、勝てないだろう。


 弱い者が、いかに強くなるか。弱い者が、いかに自分の能力を知り、前に進む勇気を持つか。そこに勝利の突破口がある。恐怖で支配して、強いものがただ踏み台にするだけでは、新しい力は産まれない。


 結局、その強い者の実力以上の力は出ない。それでは、予想を超える力は、産まれない。だから、いかに士気を高めるかは、勝敗を握る重要なポイントになる。


 有利に戦いを進めるための工夫は、幾重にも凝らした。

 それでも、血で血を争う戦いは続き、犠牲は幾人も。


 攻防は続き、その果てに……


 戦いは、青虎の国の勝利に終わった。


 思った以上に弱体化していなかった青虎の国の軍に、妖魔の軍が進軍を諦めたのだ。


 戦は終った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る