第36話 損を取って利を守る

 軍議が始まり地図上で将軍の指し示した陣形に、壮羽は驚いた。

 平原、恐らくは、妖魔の国の中にある橋が、昔の国境線。遙か遠くに見える。

 太政大臣の減らした軍費のために、これほどの土地を失ったのだ。


 そして、広い平原で、五倍以上の敵を相手にすることになる。

 圧倒的な自軍の不利だ。

 敵は、何の工夫も無くても、簡単に軍を打ち破ってしまうだろう。


「よかった。思ったより悪くはない」

西寧が、ニヤリと笑う。


「恐れながら、西寧様。平原での戦いにおいて、数の差は、圧倒的な差になります。これは、どれほど負けを減らすかに専念する戦いになります」

力上が、眉間に皺を寄せて進言する。


「ああ。だから、地形を変える。明日、夕刻になって妖魔が進軍してくるまでにどのくらい用意できるかで、儂たちの損は決まる。勝ちとは言わないまでも、負けない戦いを目指す」


 西寧の指示により、軍の中に壕が掘られ、その壕を掘った土を盛ることで、小さな丘がいくつか作られた。

 軍は、丘の上に配置される。


 丘に挟まれた平地は、両方の丘から攻撃されて、どうしても進軍がしにくくなる。

 丘の形も特殊で、川の流れに浮かぶ船のような形をしていた。敵の軍を川の流れに見立てて、その流れに立ち向かえる形にしたのだろう。

 そして、丘を越えた先に、さらに深い壕を掘り、陣の本体を置いた。

 船のような障害物となった丘を越えるのはわずかな人数。

 本陣が、壕の中を這って登ってくる敵と有利に戦えるように考えてある。


「最初の壕で敵の進軍を遅らせて、たどり着いた敵を丘で高い位置から有利に迎え撃つ。それでも討たれず、残った敵を本陣で、壕を這って登る敵を、有利に迎え撃てる」


 西寧の考えに、力上は、驚く。

 なるほど、面白い。

 平地で戦うのが不利ならば、利の形に変化させようというのだ。

 大規模な仕掛けを、敵軍と自軍の間に作れば、バレて対策を練られるし、仕掛けを作る邪魔をされる。だから、西寧は、自軍の領土となっている土地に、仕掛けを作るように指示した。一歩敵に進軍させて自軍が一歩引いても、それだけの利のあるように考えたのだ。


 これを、十三歳の子どもが考えたのかと思うと、背筋が凍る。どれほどの経験をすれば、このような発想をするようになるのだろう。


 力上は、西寧の歩んできた道の険しさを想像して、胸が痛くなる。


 実のところ、力上は、西寧の荒唐無稽な嘘を信じてはいなかった。西凱王が、決して言わないだろう言葉を吐いたからだ。その場で指摘してやってもよかったが、どうせそのことに気づいているのは、自分だけ。亡き王妃によく似た顔立ちからして西寧が王の遺児であることには、間違いはない。


 これから、どのようにやり過ごす気でいるのかを、見てみたかったのだ。あまりに無能ならば、切り捨てるもよし。そう思っていた。

 だが、仕掛けを作る間も、軍の中を、一兵一兵を労いながら細やかに走り回る西寧に、この王をここで、失っては、この国に未来はないと、力上は確信した。


 西寧は、一番激戦区となるだろう、真ん中の丘の中に自身の身を置いた。ここが一番の要となるとみて取ったからだ。ならば、ここに身を置いて、西寧自身で兵士達の士気を高めてやった方が良いと判断したのだ。


「儂は、かの西凱王の転生体なり! この戦は、儂が救う! 儂と共に武勇を示せ!」

進軍してくる妖魔軍を前に、西寧が大声で檄を飛ばした。

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