初陣

第35話 幕屋

 即位の式も挙げず、西寧は、次の日には、早々に妖魔の国との戦いへと赴いた。

 西凱王せいがいおうが崩御してからずっと敵におされているの戦況。

 いつ国を滅ぼされてもおかしくない状況だ。


「本当、無茶苦茶ですね。あなたは」


本陣の幕屋で、将軍たちが顔を出す前の、ほんの一瞬、二人だけになった時に、壮羽は、西寧に文句を言った。


「逃げ惑うより安全だ。どうせ逃げてもいつか死ぬならば、最善の利益を取る」


 西寧が、ニコリと笑う。

 どこまで豪胆なのだろう。

 

 だが、この先も問題は山積みだ。

 こんな戦略の訓練も受けていないような、たった十四歳の少年。先王の遺児、王であるというだけで歴戦の将軍たちが無条件で従うとでも思っているのだろうか。ここに来る前に、何やら王宮の文献を読み漁っていたが、そんな付け焼き刃で何ができるというのか。

 

壮羽は、万一の場合に、どうやってここから西寧を無事逃がそうか、そのことばかり考えていた。


 将軍たちが、幕屋に入って来る。予想通り、彼らの目つきは厳しい。

 西寧は、その厳しい目線をものともせずに、笑顔を見せる。


「久しいの。腰の具合はどうじゃ。力上りきじょう


突然、西寧が、一番年寄りの将軍に、笑いながらそう話しかけた。

力上と呼ばれた将軍は、驚いて言葉が出ない。


「なんじゃ。儂を忘れたか。不忠者」


「西凱……様?」

力上の声が震える。


 儂? 一人称が違う。壮羽は、また、西寧が何を始めたのだろうといぶかる。


「この小僧の中に転生した。国が心配での。丁度虫の息じゃったこの小僧を見つけて助かったわ。考えてもみろ。儂が手助けしてやらなんだら、こんな小僧、国に戻って玉座に就くなど出来んわ」

カラカラと西寧が笑う。

 幕屋がざわつく。


 また、突拍子もないことを言い出した。

 壮羽は、なんとか平常心で無表情を保つ。

 少しは、事前に相談してから行動に移してほしい。まあ、反対は絶対にするけれども。


「うるさいわ。義演、亮雪。いつから、王の前でこのようにざわつく軍に成り下がった。また酒の飲み過ぎで訓練を怠ったか?」

西寧が怒鳴る。


 なるほど、玉座に就いた昨日、寝る間も惜しんで、古い記録をひたすら西寧が読み漁っていたのは、このためだったか。

 壮羽は、国王の権限を使って開けさせた資料室に、こもりっきりで資料を読み漁っている西寧を思い出した。

 壮羽が注意しないと、食事も睡眠もとろうとしなかった。西凱王の転生と言い張るために、将軍の名前と過去の記録を、全て記憶していたのだ。


 確かに、十四歳の自分ではなく、かつて国を治めた王の命令なら、誰しもが言うことを聞く。英雄王として名高い西凱王ならば、なおのことだ。


 だが、本当に信じるのだろうか。

 妖の国。転生の話は、掃いて捨てるくらいに転がっている。亡き妻が、娘に乗り移って会いに来た話。謀殺された主が、忠義の臣下の体を借りて復讐を果たす話。


 今回は、戦いの最中に無念のまま亡くなった王が、王子の体を借りて国を助けに来たという設定だろうか。さて、こんな子供だまし、信じるのだろうか。ここで信じてもらえなければ、一瞬で、亡き王への不敬を理由に首を刎ねられてしまうだろう。

 壮羽は緊張する。


「申し訳ありません。西凱様」

力上が、西寧にひざまずく。


 最も上の者が、信じるならば、他の者は文句は言えない。それに習って、全ての将軍が、西寧の前に跪いて頭を垂れた。


「今は、西寧と名乗っておる。そう呼ぶように」


西寧の言葉に、皆、従う。全ては、西寧の思惑通りだった。


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