第34話 交渉
化粧と共に、毛並を変える幻術の薬も取れている。黒い呪いの毛並み。亡き王妃に似た顔立ち。確かに、忌み、命を狙っていた西寧の姿が、自らの前にあった。
「太政大臣。俺は、お前と取引をしに来た」
西寧が、女の衣装のまま、ドカッと太政大臣の向いの席に座る。
袋から、宝石を机にぶちまける。
「これの100倍は用意できる。手付だ。一部だけ持ってきた」
大嘘だ。これが、西寧の今の全財産だ。
「はした金で何を取引しようと言うのだ。胡散臭い」
太政大臣が、鼻で笑う。そう言いながらも、西寧がぶちまけた宝石を一つ一つ吟味している。どれも、西寧が、自分が生き残るために準備した本物。その質の高さに、太政大臣の眉が、ピクリと動く。
「は、手付と言っただろうが。俺に王座を寄こせ。そうすれば、お前の命を救ってやる。王家の血筋もお前の物になる」
命乞いどころか、王座を寄こせと西寧は言った。壮羽は、西寧の言葉に驚いたが、面には出さず無表情で聞いていた。ここで壮羽が驚いてしまっては、太政大臣に足元を見られてしまう。できるだけ、さも当然のような顔をして立っているように努力する。
「アホな小僧だ。お前の命を握っているのは、俺だ」
太政大臣が高笑いをする。
それに、西寧が大げさなため息をつく。
「アホはお前だ。今、妖魔軍が攻め入ろうとしている情報があるな。しかも、かなりの大軍だ。お前は、軍費を、軍人の権威を下げようと、かなり削った。その結果弱体化したことが、妖魔の国にばれた。だから、今回の進軍が始まった。この戦いに負ければ、青虎の国は、大変なことになる。勝っても、将軍たちは、お前の政治を批判して、反乱を起こすだろう。お前の命は、もはや風前の灯火だ。お前も、それが分かっているから、亡命の用意をしているのだろう?」
西寧が、まくし立ててニヤリと笑う。
図星だったのか、太政大臣が目をむく。なるほど、妙に部屋の中が片付いていると思ってはいたが、理由はそれか。壮羽は、部屋に入った時に感じた違和感の正体を知る。
「俺が、王座について全軍の指揮をとってやる。これで負ければ、敗戦の責任は、俺一人に擦り付けられる。勝ったならば、俺を王座につけた功績で、お前の地位は安定する。そうなれば、俺に、お前の血縁から正妃を立てろ。それで子どもが産まれれば、お前と王家が血縁になる。王家の血がやすやすと手に入る上に、難しい戦いで勝利した王の血縁となれば、将軍たちも文句を言いにくくなる。明日のわが身を想いながら他国で暮らすより良いだろ。太政大臣。俺を利用しろ。どう転んでもお前に損はない」
西寧が続けた言葉に、太政大臣は考え込む。重い沈黙。当然だ。突拍子もない提案。じっくり考えれば考えるほど、綻びが目立つだろう。
「フフッ。こんな小僧が怖いか。太政大臣ともあろう者が。不都合が生じれば、その時始末すればいいだろう?」
西寧が、太政大臣を煽る。沈黙は続く。
「分かった。俺は、他の者に話を持ち掛けるとしよう。交渉は決裂だ。壮羽!帰るぞ!」
西寧が、席を立って、机の上の宝石と金を回収しようと伸ばした西寧の手を、太政大臣が押さえる。壮羽は、緊張して懐の投げ針に手を伸ばす。
「待て。話を飲もう。王座は、一度くれてやる。自分の甘さを後悔して、戦場で死ね。小僧」
太政大臣は、意地悪くニタリと笑った。
西寧は、太政大臣が探し出した先王の遺児として、太政大臣を後ろ盾とし、ついに玉座についた。
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