第12話 偽物を見極めろ

「西寧君。この宝石を見分けてごらん。今、わざと問屋に粗悪品を混ぜてもらった。もし、全部分けられたら、今回のミスは、不問にしよう。だが、出来なければ、今後目利きに気合が入るように、少し罰を与えよう」


明院が隣に座った西寧の頭を撫でる。笑顔だが、目が笑っていない。気を付けないと、これは何か無理難題を申し付ける気なのかもしれない。


「あの、罰とは……。どのようなことでしょう?」


「大したことないよ。気にしないでいい。正解すればいいだけだよ」


やはり、明らかにしてはもらえなかった。損の大きなやり取り。主導権は完全に明院に握られている。


 西寧は、観念して目利きを始める。問屋の男が、不安そうな顔で見ている。知っている男だ。小さい西寧を心配してくれているのだろう。


 一つ一つ傷を確かめ、イミテーションが混じっていないかルーペを使って吟味する。一通り分け終わったところで、もう一度検討する。これ以上無いくらいに丁寧に見たのに、チラリと見た問屋の男の表情が硬い。逆に、明院の瞳の奥には、意地悪い光が宿っている。まだ、何か見落としがあるのかも知れない。もう一度確認し直している途中で気づく。


 幻術だ。


 この中に、幻術で本物に見せかけている宝石が混じっている。幻術にかからないようにするためには、どうすればいいんだっけ?以前、店の者に聞いた話を思い出す。確か、幻術のかかった品物を高く買いかけた時、偶然怪我をした。その怪我の痛みで覚醒して気づけたとか。それ以外の方法は知らない。ならば、することは、一つ。


「ナイフをお借りできますか?」


家主の女が、果物ナイフを持ってくる。西寧は、ナイフを受け取ると、迷わず自分の太ももに突き立てた。


 痛い!!


 ビリリと大きな痛みが走る。部屋の隅の番頭が、ヒッと小さな悲鳴をあげる。血がだらりと流れ出る。血が部屋の床を汚さないように、西寧は、服を割いて血を抑える。痛みをこらえながら、机の上の宝石をみると、本物とは似ても似つかない石ころが混じっている。見つけた。西寧は、その石を粗悪品に入れる。


「これで、終わりです」


痛みを堪えて、宣言する。席を立ち番頭の横に戻ろうとすると、明院に腕を抑えられる。膝に載せられる。


「西寧君に、包帯と傷薬を」


明院が声を掛けると、家主が慌てて用意して持ってくる。治療を始めようとする家主の手を押さえて、明院が自ら西寧の血を拭う。


「め、明院様?? ええと、申し訳ありません。自分でしでかしたことですので、自分で致します。どうか、お放し下さい」


西寧が慌てる。周りの大人たちも、皆驚いて、西寧と明院を見ている。こんな風に他人の世話を焼きたがる明院は、初めて見るからだろう。


「まさか、幻術の破り方まで知っているとは、思わなかったよ。少し意地悪をし過ぎた詫びだよ。治療ぐらいさせてくれたまえ」


明院が、膝に載せた西寧の太ももに薬を塗りつける。薬が染みて西寧の顔が痛みで歪むのを、明院がニタリと笑う。


 これが、詫びだと? わざと強く押さえつけて、痛いように治療していないか?


 きっと、見破られて仕事を押し付けられなかったことの腹いせに、痛がる西寧を楽しんでいるのだ。西寧は、痛みで悲鳴をあげそうなのを震えながら必死で堪える。膝に載せられている。きっと、震えは明院にばれている。悔しい。クフッ。どうしても堪えられず時々漏れる声に、明院が笑う。


 完全に遊ばれている。悪趣味だ。西寧は、ゾッとする。

 包帯を巻き終わった頃には、西寧の金の瞳には、こぼれそうなほど涙が張っていた。自分の袖で涙を拭う。


「痛かったかい? 良薬ほど痛いものだからね」


しれっと明院が言う。嘘つけ。どこにでもある普通の薬だ。知っている。


「あの、ありがとうございます。これ以上は、明院様への失礼となりましょう。降ろしていただけませんでしょうか」


西寧の言葉に、明院は膝から降ろしてくれた。満足したのだろうか。本当は、そのまま崩れ落ちそうなところを踏ん張って、部屋の隅の番頭の隣まで移動して立つ。番頭は、西寧にどう声を掛けていいのかもわからずオロオロしている。


「全部正解だよ。西寧君。約束通り、今回は何も言わず許してあげよう」


問屋が、慌てて宝石を片付ける。明院の機嫌は良さそうだ、これ以上おかしなことを言われる前に立ち去りたい。挨拶を早々にして、慌てて外に出る。もう、だいぶ遅い時間。繁華街が、酔っ払いでいっぱいになる時間帯だった。


「どうなるかと思いましたよ」


番頭が、フウと息を吐く。


「私もです。殺されるかと思いました。あれ以外に、幻術を見破る方法を知らなくて、ずいぶん痛い思いもしました」


西寧が、痛む足をさする。まだズキズキする。服も裂いてしまった。そんなに枚数は持っていない。血痕を洗って、つくろわなければならないだろう。


「ああ、裂いた服の代金を払わせて下さい。小さな西寧君を、矢面に立たせてしまった詫びです」


「本当ですか? 嬉しいです。ありがとうございます。助かりました」


番頭の言葉に、手放しで西寧が喜ぶ。もとはと言えば、番頭のミスから始まった話。それなのに、西寧は、全く番頭を責めない。


 本当にこの子は十二歳なのか。番頭は、家で待つ自分の家族を思い出す。番頭の娘は、十一歳だった。甘えたで、学校の勉強が面倒だなんだと不貞腐れている。とても一年後にこのような振る舞いができるようには、ならないだろう。


「西寧君は、よほど苦労して育ったのでしょうね」


番頭がポツリとつぶやいた言葉に、西寧は、寂しそうに笑う。


「そうでなければ、この時間に、こんなところで歩いていません。今頃、どこかの家で、親の帰りを待ちながら遊んでいるでしょう」


笑いながら言った西寧の言葉に、番頭は、不用意なことを言ってしまったと後悔した。

 子どもが、いること自体が珍しい、夜の繁華街。客引きをする女や、酔って喧嘩する者の間を抜けて、西寧と番頭は店へ帰っていった。


 奴隷として売られた烏天狗の壮羽は、小さな部屋に、手かせ足かせを付けられて、押し込められていた。ご丁寧に、壮羽の翼には、飛んで逃げぬように羽に切れ込みまで入れられてしまった。

 いろいろな人の手に渡り、仲買人を渡り歩いた末に、また、新たな奴隷商人の手元に渡ることになった。こんな生活が、どのくらい続いただろう。小さかった壮羽の背は伸び、歳は、十七歳になっていた。


 鍵の掛けられた鉄格子入りの窓から下を覗けば、夜の繁華街を、大勢の人は行き来するのが見える。客を誘い込む女、家路を急ぐ男、喧嘩をしている集団と、それをはやし立てるやじ馬たち。そんなものが、眼下の通りには溢れていた。自暴自棄になっていた壮羽には、もはや、その誰もが下らないように思えて、何のために生きているのかも、分からなくなってしまった。次、武器を手に入れられたなら、命を絶とう。そのためには、どうすればいいのか。などと、そんなことばかり考えていた。


 壮羽が虚ろな目で窓の下の人の流れを眺めていると、子供が歩いているのが目に留まる。何かの書類を持って、大人と話し込んでいる。こんな時間に、こんなところで、子どもが何をしているのだろうと、気になって眺めていると、視線に気づいたのか、子どもが顔をあげる。黒い髪、褐色の肌の虎の子ども。黒い毛並みの虎の精。子どもの金の瞳が、壮羽を見つめる。真っすぐでキラキラした瞳に壮羽はドキリとした。

こんな曇りのない瞳を持った主人に仕えたい。

 自分でも、驚くような考えが、頭に浮かんだ。子どもが、ニコリと笑って壮羽に手を振っていた。本当は、その場に飛んで行きたがったが、壮羽には、重い足かせがある。手かせもはめられている。翼には切れ込みまで入っていて飛べない。窓には、鉄格子が入っている。

 壮羽は子どもの視線から逃げるように、壁の後ろに隠れてしまった。その場にうずくまって、己の身の上を恥じて泣いていた。緑蔭。殺してしまった。今も、手の中に、動かなくなった緑蔭の感触が残っている。


 これは、私の罪の報いだ。どうして、あの時、死んでしまえなかったのだろう。

 そればかりを考えていた。

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