第11話 目利き

 十二歳になった西寧は、帳簿係となり、支店の帳簿を管理していた。


「この宝石は、偽物でしょう? どうしてこの値段で売ってしまったのですか?」


帳簿をみて的確に聞く西寧の問いに番頭は、答えられずに、もごもごと口ごもった。まだ少年の西寧に、自分が本物と偽物を間違えたとは、言い辛かったからだ。


「特別な理由がないのでしたら、信頼を失う種になります。早く本物の宝石を持って謝罪に行きましょう。私も一緒に行きます」


西寧は、帳簿をしまって、謝罪に行く準備をする。


 番頭が、本物の宝石を用意して、西寧と一緒に顧客の家に訪れる。


「本日、お買い求めいただいた宝石商で帳簿係をしております西寧と申します。大変申し訳ございませんでした。こちらの手違いで、間違った宝石をお渡ししてしまったようです。つきましては、お渡しするはずだった物をお持ちいたしましたので、お許しいただけますでしょうか?」


玄関を開けて出てきた家の者に、小さな西寧が丁寧に詫びをし、頭を下げれば、大抵の者は、なじることも怒鳴ることも出来ず、許してくれた。中には、西寧の年齢にしては大人びた振る舞いに驚き、喜んでくれる者もあった。


 今回の客も、簡単にミスを許してくれそうだった。本物を受け取り、ニコニコしていた。美人の虎精。酒を出す店の店主だろうか。派手な顔立ちに似合う、華やかな身なりをしているが、貴族のように応対を下女に任せないで、自分で応対している。


「西寧君ではないか!」


聞き覚えのある声が、部屋の中から響く。

 まずい。明院の声だ。

 どうやら、この客は、明院の知り合いのようだった。西寧の背筋が凍る。


「これは、明院様。みっともない所をお見せいたしまして、ご無礼をお許しください」


隣でパクパクと口を動かすだけで声の出ない番頭の代わりに、西寧は、さらに深々と頭を下げる。


「宝石の目利きまで出来るのか。キミは」


明院が、楽し気に笑う。


「はい。しかし、この度は、ミスをしてしまいました。明院様のご友人にご迷惑をおかけしてしまいましたので、このように謝罪に参りました」


 このまま、経験の浅い子どもの西寧の失態にしておけば、明院が怒り出しても、損失は西寧自身へのとがめですむだろう。明院といえども、いきなりこの程度のことで子どもの首を刎ねるようなことはすまい。


「よくないね。それは。では、ちょっと勉強させてあげよう」


 明院が、西寧達に手招きをする。どうやら、簡単には帰れそうにない。

手招きをされて、番頭と部屋に入れば、問屋の男が、明院に宝石を見せているところだった。店にも出入りのある問屋の男。大口の取引であれば、商人を通さずに卸すこともあるので、何も不思議はない。


「今、宝石を見せてもらっていてね。一緒に見ないかい? 目利きを披露してもらいたいんだ」


断わるわけにはいかない。ここは、上司である番頭が返答するべきなのだろうが、番頭は先ほどから緊張で青くなってしまっている。


「わあ。見せていただけるんですって。番頭さん。私が見ても構いませんよね?」


わざと多少子どもらしい言い方をする。そうすることで、番頭の返答を促す。番頭は、声を発さずにコクコクと首を縦に振る。


 部屋の隅に立ち尽くした番頭をおいて、西寧は、前に進み出る。もし間違えても、子どものしたことと許される幅は、番頭よりは広いだろう。


 ならば、ここは、俺が盾になるのが、正解だ。

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