あらがえる者達
第9話 国境の街
黄虎の国では、大臣の命令で、各地から傭兵が集められていた。
目的は、国境地帯の街の攻略。
大臣の部下の男の説明では、この辺りの地に、黄虎の国の王に反感を持つ者が集まって、村人のフリをして武器などの準備を始めているのだそうだ。不可侵の条約があることをいいことに、反乱の準備を始めているのだと言う。不可侵の条約があるため、自国の軍を動かせば、緑虎の国との間に角が立つ。だから、傭兵を集めて、攻略させようとしているのだという。
村のすぐそばの平地に、傭兵が集められている。五十人ほどのほんの小さな軍。
何かがおかしい。
なぜこれほど村の近くに集合させるのか。
なぜ、たった五十人の傭兵のみの軍をつくるのか。
五十人で抑えられる程度の反乱ならば、押さえる必要もあるのか怪しい。
「とても、そうは見えませんね」
壮羽は、長閑な田園風景を眺める。
小さな子どもが遊んでいる。村人の笑い声が聞こえる。不安そうに、こちらを見ている目は、反乱に加担している者の眼差しではない。武装した見慣れぬ集団に怯えるただの農夫の物。
「ちょっと、見てきます」
オウという緑蔭の返答を聞いて、壮羽は、翼を広げて高く飛んだ。
緑蔭は、高く上空へ飛び立つ壮羽を見上げる。集合の声がかかる。何らかの説明がありそうだ。ひょっとしたら、誤情報だったと、このまま解散になる可能性もある。
「なんだよ。やはり、作戦は中止だとよ。おかしいと思った」
隣の、見知らぬ男がため息をつく。ここまでの無駄足に、腹を立てているようだ。
「無駄足の詫びに、酒をふるまう。皆、大臣のご厚意を有難く受けるように」
大臣の直属の家臣という男が、ざわつく傭兵たちに酒を配る。ご丁寧に肴まで用意
してある。
緑蔭も、皆と一緒に酒を受け取り、盃を交わす。大臣の振る舞いと言うだけあって、今まで飲んだことがないような上質の酒だった。
荒くれものの多い傭兵たちは、酒好きも多い。皆、喜んで酒を飲んでいた。
緑蔭は、肴の中から、干したイチジクをとって、懐に入れる。確か、壮羽の好物だったはずだ。様子を見に行って帰ってきたら分けてやろう。そう思っていた。
上空の風は、地上と違って強く冷たい。
壮羽は、地上から見とがめられないくらいの高さまで飛ぶと、千里眼の妖力を使って村を観察する。
村人を観察しても、武器を扱うような体格の者は見られない。体格の良い者がいても、農業で鍛えた筋肉。とても武器で鍛えたようなバランスではない。
変だ。
建物にも、何もおかしい所は見られない。軍は動かせないと言っていたのに、遠くに無数の槍のきらめきが見えるのは何故だ?
これは、おかしい。
大臣が偽の情報をつかまされたのか? それとも、他に何かあるのか?
今回の仕事は、辞退した方が良い。
壮羽が、緑蔭の所に戻ろうと旋回を始めたところに、矢が飛んでくる。咄嗟に避けたが、これは、自分と同じ烏天狗の矢。壮羽は、緊張する。
「情報にない烏天狗に警戒したが。よく避けたな。子ども。…まさか、壮羽様?」
里の者だ。
壮羽は、ドキリとする。ここで、連れ戻されれば、元の木阿弥だ。兄を失墜させようとする勢力がまた出てしまう。せめて、後十年は見つからずに生活しなければ、兄の立場は安定しないだろう。
壮羽は、慌てて逃げだす。烏天狗の男が後を追ってくる。前にも一人。挟まれてしまう。
「なぜ、こんな所に。まさか、傭兵の誰かについて来たのですか?」
烏天狗の男が、壮羽に問うが、壮羽は、答えない。
「危険です。里へお戻りください。我らも、戻るところです。あなたは、こんな所で、利用されて野垂れ死んでいい方ではない」
「どういうことだ? この村は、とても反乱の支度をしているようには見えなかった。何が起こっている?」
男の話に、事情を知っているのかと、壮羽が問う。
男は、自分が調べてきた内容を、壮羽に説明した。
それによると、やはり、壮羽の感じた通りに反乱は嘘だった。
五十人ほどの傭兵を集めその傭兵を反乱軍に仕立てて、それを軍で打ち破り、それを理由にして不可侵の国境地帯を自分たちの領土にする。それが、黄虎の国の大臣の考えた作戦だった。豊かに作物のとれるこの土地を我が物にして利益を得る。
それが、大臣の目的だった。
壮羽の背筋が凍る。
「だが、無抵抗の村人に、流石に命令でも、傭兵は手を挙げないだろう?」
壮羽の声が震える。
傭兵が手を挙げなければ、とても反乱軍に仕立てることはできまい。では、どうやって襲わせるのか? 脅迫・幻覚・薬……。考えられる方法は、どれも最悪だった。
「薬の入った酒を配り意識を破壊するのだそうです。どなたに付いて来られたのかは存知ませんが、もう作戦は決行されてしまっているでしょう。手遅れです。傭兵たちは、死ぬまで元には戻らない。後は、殺戮を繰り返すのみ。私たちには止める術は有りません。ですから……」
壮羽は、男の話が終わる前に、急降下を始めた。
翼をたたんで、重力に任せての垂直落下。鷹の狩りをみて編み出した、壮羽独自の技。
誰も追いつけない。地面に衝突する間際で翼を使って止まらずそのままの勢いで、村に突っ込んでいく。
男たちの言っていた通りにすでに殺戮は始まっていた。叫び逃げ惑う農夫に、見知らぬ傭兵が切りかかっていく。壮羽は、傭兵の攻撃を剣で受け流す。
「早く! 国境まで走って逃げろ! 奴らは正気を失っている!」
壮羽の叫びを聞いて農夫が走る。とても、全員を助けることは出来ない。必死になって幾人かを助けながら緑蔭を探す。狂った戦士達が、目についた者を手当たり次第に攻撃している。誰よりも早く飛べる壮羽だからなんとかかいくぐっているが、とても他の者では無傷ではいられまい。
上空で会った烏天狗達は、壮羽を追うことを諦めて、もうこの場を離れただろう。
良い判断だ。子ども一人のために、二人も命を危険にさらす必要はあるまい。そのまま、死んだものとして報告してくれれば、壮羽としても助かる。
目の前で、子ども二人が、狂戦士に襲われて悲鳴をあげている。壮羽は、弓を引いて矢を放つ。射抜かれて武器を落とした狂戦士が、こちらを向く。
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