第6話 成長
「可愛いね。妖力で作ったのかい?」
店員の一人が西寧に声を掛ける。
小さなネズミほどの大きさの黒い虎。休憩室の机の上を走り回って消えた。西寧が、小さな虎を妖力で顕現させた。
「はい。妖狐が狐を顕現させると聞いて、うらやましくて。工夫して作ってみました。でも、小さいし、すごく疲れるので、一瞬しか出せません」
西寧は、ため息をつく。
これでは、役立てるには、まだまだ妖力が足りない。
虎精は、普通妖力は、自分の力の強化や覇気で威嚇する時に使う。商人である店員達も、荷物を運ぶときなどに妖力を使っている。こんな風に、妖狐の真似をして自らの妖力を具現化するような使い方をする者は少ない。だから、教えてくれる人もおらず独学でコツコツと練習している。
「そりゃ、妖狐の妖力と我々の妖力は、質が違う。まあ、伝説の白虎様なら何でも可能だけれども、我々のような並みの虎精では、妖力も足りない」
店員達が、子どもの遊びと、西寧の努力を笑う。西寧も苦笑いをかえす。大人たちの言う通り役立つようにするには、まだまだ鍛錬は足りない。妖力も足りない。だけれども、形を作ることは成功している。ならば、いつかできるかもしれない。
「おっしゃる通りでしょうね。でも、可愛いでしょ? 役立ちはしないかも知れませんが、少しでも長く出せるように、練習してみます」
西寧の言葉に、休憩室にいた大人が皆笑う。子どもっぽい遊びだと思ったのだろう。
ただ、雑巾一枚持って転がっていた少年は、店員達に一目を置かれる存在になり、店の陳列を手伝い、接客を任されるようになった。
「すごいね。君は」
常連客の明院は、西寧が、時が経つにつれて出世するのを、楽しみにしていると言った。面白い余興とでもとらえているのだろう。明院は、いつも、高価な服を着て高い物を買っていく。この黄虎の国の大臣の一人なのだと、店員が言っていた。
明院は、よく西寧に声を掛けてくれるが、西寧は、警戒していた。
気を抜けば、喰われる。
それが、明院に抱いた感想だった。
顔が笑っていても、目はいつも笑っていないのだ。優しい言葉を発していても、その目はいつも厳しい。冷酷な眼差し。あっさりと残酷なことを言う。
部下の男が、明院に失敗の報告をする場面を見た。明院は、振り向きもせず、ならば消えろとだけ言った。
「消えろ」
これが、単なる解雇を意味するのか死を意味するのか分からないが、部下の男は、青ざめて震えていた。その場に伏して動けなくなっていた。
明院は、部下には目もくれず、その場を立ち去った。少しの慈悲もなかった。
西寧は、ゾッとした。
その後で、何事もなかったように店に現れた明院は、微笑みすらたたえていた。
「キミの顔を見るとホッとするよ。無能は見たくもないからね」
ポツリと言った言葉に、西寧は何とか笑顔を作り、ありがとうございます、と答えた。何も見なかったフリをした。助けてやりたかったが、今の西寧には、まだその力は無い。今は、春を土の下でじっと待つ虫のように、耐えるだけ。
西寧は、明院を要注意人物として、細心の注意を払って接していた。
その日、西寧が明院の好みそうな物を紹介すると、その中から何点か購入して、明院は満足して帰っていった。退店する明院のためにドアを開け見送って帰ってくると、商人の娘が、仁王立ちしていた。
「ムカつくのよね。黒い虎」
商人の娘が、睨んできた。西寧が、認められるのが、面白くないらしい。たいてい、西寧に何か言ってくるときは、学校の成績などで親に怒られた時。特に、西寧が何をしたわけでもないことが分かってからは、西寧は、気にせず流すようにしていた。
「申し訳ありません。お気に障るようでしたら、目の届かぬところに控えておきます」
丁度いい、明院が帰ったところだ。緊張して疲れたところだ。控室で休憩に行って、そこで休憩中の店員と雑談しよう。西寧は、さっさと、娘の傍を離れようとする。どうせ、理由はとばっちりだ。変な言いがかりをつけられて、しなくてもいい苦労をするくらいならば、距離を取るのが、一番の得だ。相手にする必要はない。
「待ちなさい。話は終わっていないの」
西寧を娘が引き留める。気に入らないならば、関わらないで欲しい。モヤモヤする気持ちを抑えて、西寧は、娘を見る。
「なんでございましょうか」
ニコリと、西寧は笑う。
営業用の笑顔。本心は、全く笑っていない。
「気持ち悪い。笑わないでよ」
殴っては、駄目だよな。娘の言いがかりに、腹が立つ。あるいは、何か策を考えて陥れようか。明院の注文の品を娘が明院の前で壊すように仕向ければ、二度と店には来なく……いやいや、流石にそれは、可哀想だろう。やめておこう。西寧は、黙って娘の言葉を待つ。
「これ、解いてみなさい」
紙を一枚渡される。数字と記号が並んでいる。知らない記号がいくつかある。学校で習った物だろうか。学校には通っていない西寧には、初めて見る記号が分からない。分かれば、解けるのだろうが、知識が無ければ、解けるものも解けない。
「学のない私には、ちんぷんかんぷんでございます」
そう言って、娘に紙を返す。娘は、勝ち誇った顔をする。求めていた返答なのだろう。
「こんな物も分からないの。ノロマね。どうしてお父様は、こんなに間抜けな者が賢いだなんて思い込んでいるのかしら」
娘が、高らかに笑う。
西寧は、娘の神経を疑う。
経験が違えば、知っていることも違う。どうして自分と同じことを知っていなければ、馬鹿にしていいと思い込んでいるのだろうか。それでは、自分のできることしか成し得ない。自分と違うことを知っている人間を尊重して、より高度なことが出来るのではないのだろうか。
西寧は、やはりこの娘とは、気が合わないと感じる。
娘は、西寧を散々馬鹿にして満足したのか、そのまま店を出て帰って行った。
何しに来たのだろう? わざわざ、こんなことをしに?
西寧は、ますます分からなくなる。
商人の娘に言われてから、西寧は、学校の教科書を探した。店員に子どもの使っていたお古がないかを聞いたり、図書館や古本屋で尋ねたり。ゴミ捨て場も回った。
店員達には、お嬢様に揶揄われて悔しかったのだろうと笑われたが、違う。学校で習うのならば、恐らくは、知っていなければならない常識なのだろうと判断したからだ。
自分と価値観が全く違う者の言葉なぞ、気にする必要もない。そんなことを気にしているようならば、不吉の子として産まれた自分は、一歩も前に進めなくなる。
言いたいやつには、言わせておけばいい。
だから、今の自分の立場を、どん底だとは思わない。まだ、働ける場所を持っている。学べる余地がある。ならば、それを最大限利用して、一番得をするように動くだけ。
西寧は、小さな身を一生懸命に突っ張って生きていた。
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