成長する少年達

第4話 黄虎の国の西寧

 西寧は、陽明の渡した紙きれに書いていた、黄虎の国の商人に匿われることになった。


 黄虎の国は、武術に長けた青虎の国とは違い、貿易など商売の盛んな陽気な国。

 大きな歓楽街や、罪人や孤児を扱う奴隷商人もいる。利が優先される国柄。


 追っ手は、国外までは手を出さなかった。国外に出たのであれば、幼子一人、死んだも同然と考えたのだろう。国外に手を出すには、外交上の問題もあったのかも知れない。

 幸運なことに、商人は、西寧を、死んだ陽明の子と思っており、王子であることは知らなかった。知っていれば、青虎の国に高値で売りさばいていただろう。

 西寧は、その商人の家の下働きとして生活をすることとなった。

 西寧が、最初に渡されたのは、雑巾一枚。それだけが、西寧の財産だった。


 西寧は、自らが青虎の国の西凱王せいがいおうの子であることは、育ててくれた陽明に言い含められていたので知っていた。会ったことのない父。西凱王は、武勇に長けた英雄王と呼ばれている。

 こんなところで、商店の下働きをしている西寧とは、雲泥の差だ。

 もし、ここで西寧が西凱王の子だと名乗っても、鼻で笑われるか、何かの取引の材料にされるか。何の得にもならない。

 西寧は、本能的に、王子であることを隠して生活をした。


 誰かのおさがりのボロボロの服、何人もの大人が眠る部屋のすみに寝泊まりして、店のまかないの残り物が食事だった。

 六歳の西寧の仕事は、宝石から異国の雑貨まで扱う店の床や硝子を磨くこと。

 毎日、一生懸命働いても、誰も褒めてはくれず、黒い毛並みの西寧をみると、ゴミをみる目で嫌がり、唾を吐いた。西寧の綺麗にした床を、わざと泥まみれに汚してくるような者もいた。


 このままでは、遅かれ早かれ野垂れ死ぬだろう。陽明の願いは、叶えてやることはできない。

 西寧は、自分を庇って死んでいった陽明のために、王宮に戻り国王になる努力をしようと決めていた。

 だけれども、自分の手には、何もない。あるのは、雑巾一枚。それと自分の身一つ。

 



 幼い西寧は一生懸命に考えた。

 幸い、西寧をここまで育ててくれた陽明は、読み書きを教えてくれた。簡単な算術も、なんとか理解できた。

 西寧は、店の商品の価値を覚えた。

 高価なもの、価値のあるものは何か。同じような品でも、どちらが高いのか。宝石の偽物と本物の違いは何か。

 周囲の者に嫌がられながらも、しつこく質問して、少しずつ覚えていった。

 礼儀正しくしておくことで、攻撃してくる大人も減ると知って、客や目上の者の前では、自分のこと『俺』から『私』と呼ぶように変え、大人の真似をして、客に話す時の言葉遣いを覚えた。

 時間が空いた時に、ボロボロの服を洗濯して繕い、ましにみえるように工夫した。


「いらっしゃいませ。明院様」


西寧は、常連の客の名前を覚え、来店時に戸を開きながら一礼した。


「うん、君の顔を見に来たよ」


 常連の明院は、そう言って、西寧の頭を撫でてくれた。


「西寧君は、毎日がんばるね。頑張って働いている者をみるのは楽しいよ」


 明院は、幼い西寧によくそう言って、褒めてくれた。

 ボロボロの服を着る西寧に、古着だと言って服をくれたり、菓子を土産に持ってきてくれたのは、明院のような好意的な常連客だった。


 西寧は、客から頂いた菓子は、店員達に配って皆で食べるようにした。

 そうすることで、店員達と西寧は、仲良くなった。物をもらった時に、西寧は、どんな小さな物であっても覚えていて、その客と次に会った時には、この間はありがとうございますと、小さなお礼状を渡して礼を言った。

 常連客達も、ますます喜んで西寧に土産を持って行くようになった。


 相変わらず、毛並みを見ただけで意地の悪いことをしてくる者もいた。

 中でも腹の立つのは、商人の娘。

 西寧が物に触れると、触れるだけで穢れると嫌な顔をした。 


 ある日のやり取りもそうだった。

 店に来た商人の娘の肩に虫がついてたので、取ってやった。


「何するのよ。汚い」


商人の娘は、火が付いたように怒り出した。


「む、虫がついておりましたので。……ですが、手は洗っております」


「生理的に無理なのよ」


商人の娘は睨んできた。


 確か、西寧と同じ年頃の娘。


 何不自由なく学校に通い、何の工夫をしなくても、飢えることも命の危険もない。なのに、何が不満で西寧に攻撃してくるのか、さっぱり分からなかった。

 何か気に障るようなことでもしてしまったのかと悩んでいた。


「お嬢様は、昨日、お父様に、西寧がこんなことが出来るのにお前はそんなことも出来ないのか。と、叱られたのですよ」


店員の一人が、そう耳打ちして教えてくれた。


 迷惑な話だと西寧は思った。

 要は、とばっちりだ。娘が何を出来なくても、西寧には関係ない。

 西寧は、最大限突っ張って自分を大きく価値のある物に見せなければ、即日捨てられて野たれ死ぬ立場だ。親に大切にされた娘とは立場が違う。

 出来れば、打ち負かしてやりたい気もある。だが、経営者の娘と仲が悪い。それは、大きなマイナス点にはならないだろうか。西寧としては、こんな下らないことで波風は立てたくなかった。


 仲良くするべきなんだろうな…。

 同じような年頃の娘だから、今後も長い付き合いになるかもしれない。

 だけれども、同じ年頃の娘に好かれるには、どうしたらよいのだろうか。

 学校に行ったこともない西寧には、全く分からなかった。

 仲良くなった店員達に聞いてみたら、好きな女の子でも出来たのかと揶揄われた。

 西寧としては、それどころでは無いのに。


 分からないなら、仕方ない。

 解決しない問題をそのままにしておくのは、気持ち悪かったが、西寧は、この件は、捨て置くことにした。商人の娘は、あまり店に顔を出さない。これ以上関係が悪化することもないだろうと、高を括っていた。


 問題は、色々を山積みだったが、西寧の暮らしは、ここに来た時よりも、ずいぶんマシになった。

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