第10話 分岐

カイロニア達の全員が一斉にロングルドルフに飛び掛かる。


その気配を咄嗟に感じたロングルドルフは、飛び出したカイロニア達を躱すべく、棍を構えたまま体を低く落とす。

小さくしゃがみ込んだままに地面をグイっと蹴り上げ、突き上げるように飛び出せば、その背面から一つ目の大きな個体がロングルドルフより先に飛び出した。


キュィィィィィィィィーーーーーーーーーーン


耳鳴り似た、しかしそれよりも遥かに高い金属音のように乾いた音が周囲に響き渡る。

そしてその響きに答えるように空間に亀裂が入り始める。


パシ・・・ピキ・・・ピキピキピキ・・・・


飛び出したロングルドルフが棍を突き上げれば、その先端をカイロニアが掴む。


「フフフ。子猫が一匹オレ達のイザコザに巻き込まれて・・

行方・・不明に・・なり・・ま・・

した・・って・・のも・・・悪・・くない・・

シナリ・・オ・・だ・・ろ・・・」


カイロニアの声が緩やかに流れ始める。

周囲にピキッ、ピッキっとヒビのような音が広がり、目の前の空間がまるで鏡のように割れていく。

その割れ目のようなものが広がれば広がるほどに、流れて行く時間は緩やかになって行く。


カイロニアは掴んだ棍を引っ張り、ロングルドルフを引き寄せ、爪を突き出す。

その爪先を目の前まで引き付ければ、ギュイッと体をひねり、掴まれた棍を引きはがす。


その様子が映像のコマ送りのように緩やかに展開されていく。


そしてそれが映画フィルムの一コマであるかのように少しずつ分かれて行き、その他のシーンも同じように分かれると、バラバラと千切れ始め、ひび割れと共に周囲へ散って行く。


そして、それらの千切れた画面の一つ一つがコマ送りのように進み、やがて崩れるような形で小さく粉々になって行くのをロングルドルフは


「何だ!これは?何が起きている??」


今までカイロニア達と構えていたはず。


状況の飲み込めなさに呆然とし、ガクリと力が抜ければ、ぐにゃりとした地面に片膝をついて目の前を呆然と眺める。


「夢を見ているのか?それとも幻を見ているのか?」

崩れる景色を見ながらそう呟けば、


「お主が見ているのはもう一つの世界だ」

と一つ目は言う。


その声に驚き振り向けば、ロングルドルフは洞穴では無く、ぐにゃりと上下の捻じれた一本道の真ん中で、カイロニア達では無く一つ目の大きな個体と向かい合っている事に驚愕する。


「もう一つの世界だと?」

理解の進まぬままに新たな質問を重ねる。


「そうだ、もう一つの忘れられる世界だ」

「忘れられる世界?それはどういう意味だ?」


パリーーーーーーーンッ!!!


ロングルドルフ達の足元の更に下、ぐにゃりとした道の下で一段と高い音が響く。

ロングルドルフの耳を高音が駆け抜ける。


「…当初、カイロニア達に戦う意思は無かったはずだ。それはお主も同じだったはず。そして我々も同じだったのだ。だからこの道から外れるのだ」


足元の下の景色や一つ目の背後に見える映画のコマのような光景に目を向ければ、パラパラと崩れ落ちて行く様子が見える。


「誰も望んでいない、あちらの世界はこれから徐々に消えて行く」


やがて崩れた景色の中から、暗闇が広がり、その中には小さな光の粒が輝いている。

その様子はまるで星空のよう。


宇宙空間のようなそれは隙間から現れ、次第に広がって行く。


「…では、消えゆく世界が見えるというここは何処だ?」

ロングルドルフがごくりと息を呑めば

「…通り道」

と、一つ目が遠くを見つめるように言う。


その一つ目の視線を追えば、ぐにゃりと捻じれた道が遠くまで続いている。


「まぁ、次元ゲートとも言われておるそうだが」

「次元ゲートだと⁉」


次元ゲートとは、いくつかの並行世界を行き来する為にある『門』のようなものだと言われている。

門へたどり着き、そこから行きたい場所へ行けば望み通りの未来が手に入るとも言われている。


ただしこれはおとぎ話のようなもので、誰もたどり着いたものは居ないし、そのような場所は実在しないとされているのだが…。


「他の者が言うそれと、我々の思うそれが同じかどうかは、私にとって関係のない話だ」


(此処は、そなたらの思う都合の良いものでは無い)


一つ目は静かに思う。


ただ…お主が棍を構えカイロニアが飛び出し、互いに望まぬ戦いを後悔したその時、分岐の時は熟し、此処への扉が開いた…と見て良いのだろうが。


それに我々の見る道は一つだったとしても、他の者が見る道がこの道だとは限らない。

道は幾重にも存在する。


だが見える道は一つであり、その他の可能性は存在しない。


ならば、それら可能性であったものは調和された更なる道の一つとなり収まる場所へと収まる。


「我々は望まない未来を見る事はしない…お主にもそうあって欲しいと切に願うがの」


そう言いながら一つ目は宙を進み始めた。

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