第9話 彼女の思い

注)

痛みや辛い気持ちの表現が入ります。

カイロニアの囚われていた女性側の視点のお話なので、第9話を飛ばして本編を進めても構いませんので、よろしくお願いします。



*****



いつものように集落から少し離れた岩の窪みに魚の卵を見に行く。

隠れるように連なるそれらを見れば、私とは違う生き物なんだと興味が湧く。


かつて…といってもそう遠くない昔、私達は「リク」と呼ばれる場所に住んでいたそうだ。

そこでは水は「リク」よりも下にあり、「リク」は「ソラ」と呼ばれる上にある何かと水との間にあった。

そして時には「ソラ」から水が落ちてくるらしい。


なんて不思議な世界だろう。



岩の窪みを後にし、穏やかに揺れる水流に身を任せながら、家へと戻るべくふわりと泳ぎ始める。


ふと見上げればキラリと何か明るいものが見えた。


(っつ!!)


その瞬間、左足に何か鋭いものが刺さり、痛みに全身が震える。

足に棒状の何かが突き刺さっている。


混乱の中、足を引っ張られ急激に体が持ち上がる。


(痛い、痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい)


「おぃ、上げたぞ」


痛みと苦しさに意識が途切れる直前、急に身体が重くなり、肌を覆う水の感覚とは異なる何かに包まれ、私達とは違う何かの何かが聞こえたような気がした。




*****




ふと目を覚ませば、再び全身を痛みが覆う。


(つぅぅ…)


痛みに意識が暗闇へと変わる。


何かが遠くへ遠くへ消えて行く。




*****




ふと気が付くとぞわぞわと嫌なものが全身を這う感じがする。


「起きたようだ」


何かの何かが聞こえる。

そこへ意識を集中すると(起きたぞ)と聞こえたような気がする。


何が起きたのだろう?


「それは上手くいったのか?」

「これから実験を重ねる」

「まぁ、知能は低いようだが身体能力は悪くない。水中でも使える良い手足にはなるだろう」


何かの何かと重なるように声が聞こえる。


それとは何だろう?

うまく行く?

実験?

良い手足?


思考に目を向けると痛みがぶり返えしてきた。


(っぅぅぅ…)


そしてまた痛みに気を失ってしまった。




*****




あれから何度も体をいじられたように思う。


何度も意識を手放し、起きて再び痛みを味わう。


それらを何度も何度も繰り返したせいか、徐々に痛みを感じなくなってきた。


その代わり彼らの「真意」のような何か。それは纏わりつくような嫌な感じの何かで、それが私の体を撫でるような感じに覆われ始めた。


その撫でるような感覚に目を向ければ、彼らの考えている事なのか、思いなのか?

何かの切れ端のようなものを感じて、それを頼りに伝い進めば、その奥底に果ての無い欲望があり恐れ慄いた。


(嫌だ、怖い、怖い、怖い、怖い)


奥底のほの暗い何かに触れた恐怖と不安の中、私の中の何かが崩れて行くような気がした。



そしていつの間にか、欲望の底で蠢く報復や野心のようなモノで体を埋め尽くされる感覚を覚え、それらが私の一つになると、その意味すら分からなくなってしまった。




*****




ある嵐の日、人間達はこの研究所から城館へ避難した。


自分達以外に人がいないと思っているのだろう。それなりに貴重な研究成果を残したまま簡単な戸締りのあと出て行ったのだ。


(杜撰なやつらだ)


それに研究の成果も内容も私には分からないだろうと、目の前でべらべらとしゃべるような頭の悪い奴らだ。


私はある時から彼らの話す内容が理解できるようになった。

良かったな、お前たちの研究は進歩しているぞと、言ってやりたいが黙っておく。

そう思えば何だか可笑しくてフフフと笑ってしまった。


(時が来れば色々と教えてやっても良い)


窓の無い真っ暗な部屋の中、簡素なベッドの上で力を抜いて仰向けになる。

その時、ふと懐かしい気配を捕まえた。


(なぜ彼が?)


心臓がドッドッと急に音を立て始める。

その時、彼が私の意識の端を捕まえたように感じた。


懐かしさに震える。


(ここよ!私はここに居る!!)


咄嗟にそう伝えれば、彼の意識が動く。


彼の重い二つの足がゆっくりと歩み始める。そしてすぐに駆けだす。

雨粒を全身に受け、冷たい空気が肺に入るのが分かる。


(彼が来る!)


私の胸をずきりとした痛みが走る。


心臓がドクドクと脈打つ。

彼が駆ける毎に変わる音と匂いを感じている。

私の周りの空気も揺れている。


言いようのない興奮と彼の不安の混じる思念との間。喜びなのか混乱なのか。

私の頭に血が上る。


やがて温室の傍に彼を感じた。

温室の中を彼が動く。

転がりながら地下まで落ちたのか?体をする感覚の後に、彼の気配がグッと近づいた。


這うような彼の思念が部屋の前までやって来る。


(ここよ!)


私は大きく声を出す。


私の声なき声でドアが破られ、彼が転がり込んできた。


彼だ!


廊下の逆光で彼の姿が浮かぶと自然と涙がこぼれ、視界がにじんだ。

なのに彼が涙目の私を見たのがわかる。


私の中で、貴方が私で、私は貴方になった。



身体はもう痛くないよ。

今までずっとこうして耐えてきたの。慣れたものよ。

うん、良く分からないの。でも色々な事が沢山あったの。


ここは昔私達が住んでいた地上と呼ばれる陸地。


そしてこの場所は、人を兵器へ作り替える研究所。

時々私達を引き揚げ、身体に装置を埋め込み、改造しているの。

そうね、私の思念が貴方に届いたのは、多分ここに埋め込まれた装置のせいだわ。



それよりも…

この嵐…風と呼ばれる空気の動きと、降り注ぐ雨水せいで、ここにいた奴らは向こうにある城館へ行ってそこから出る事は当分無いはず。


だからね…


(今がチャンスよ)


と、彼に強く伝えた。



嵐に乗じて、ここの人間達の研究成果と財産を奪う。


そうよ。

彼らもそうやってここへ持って来たの。

だから私達も同じようにどこかへ持って行けば良いわ。


彼が一瞬ひるんだように感じたけど、私が彼にやさしく触れて大丈夫よと諭せば、

(そうだね)

と言って微笑んでくれた。



きっと一族のみんなも私の思いを分かってくれる。


私達は私達以外を上手く使って、生きて行けば良い。

だって私達以外もそうやって生きている。


これが水の外の世界のルール。



それに、世界はもっと美しいらしい。



だから…

色々な星を巡ってみようか…

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