第8話 カイロニアの過去
「この体格差を目の当たりして、しかもこの人数相手に歯向かって来るとは…。お前のような奴は嫌いでは無いが、これで事を収めようってのは無理な話だ」
馴れ馴れしい口調から一転し、カイロニアのリーダ格の個体がぎょろりとした目を細め、ロングルドルフを見下げながらこう言えば、棍を構えたまま、チッっとロングルドルフは舌打で返す。
そして何かを思い出したかのようにスッと目を細め、一呼吸した後、カイロニアのリーダー各の個体が告げる。
「そうだな。
少しだけお喋りをしようか」
構えた棍から半歩程下がり、顎下の棍が気になったのか、その辺りを細長い爪でカリッとかいた。
その様子を見ていたのであろうか、後方のカイロニア達がザワッと気配をゆらし、妙な緊張感へと変わる。
「先ほどのお前の嘘っぱちな質問に答えてやろう」
「…」
「お前はこの手のある一つ目を見て、『なぜそんな事をするのか?』と尋ねたが…
本当は分かっていたのだろう?どうするつもりなのか?」
一つ目を目の前に掲げ、ロングルドルフを見下ろしながら
「オレ達はこいつらからエネルギーを取り出す。生かしたままずっとな」
と嬉しそうに告げた。
「『なぜ』だと言ったが、こちらこそ何故だ。何故答えの分かりきっている質問をした?お前はオレ達で何を試した?お前はお前の物差しで何を測ろうとした?」
ぎょろりと目を鋭くさせて話を続ける。
「友好か?共存か?
そんな甘い答えが聞きたかったのか?それともお前の価値観を押し付けたかったか?」
「っつ!」
棍を構えたままのロングルドルフの後方にカイロニア達がぞろぞろと近づいてくる。
「そうだ。その通りだ。他種族を管理し、搾取するなんて…」
カイロニアのぎょろりとした目が光りなく鈍る。
「オレ達だって懐かしすぎて『おとぎ話だった』と思う位によくある話だろ?」
その濁った眼に何かを浮かべれば、静かにそう吐き出す。
「さて、脅しか何か知らんが、構えを取るだけで先に手を出さなかったのは悪くない判断だ。たが、お前の負けだ」
そう言って先ほどかいた顎下のコブを細い爪で指す。
「そうだな、最期くらい教えてやろうか。オレ達はここに特別な装置が入っている」
「…」
「オレ達の『おとぎ話』の産物だ」
「おとぎ話だと…?」
「フフフ、子猫に聞かせるにはぴったりだろう?」
カイロニア達の中で深く底に沈んでいた過去の記憶がよみがえる。
*****
そこはラウルス銀河団の中でもひと際大きな惑星であった。
この惑星は数千年程前、惑星連合の主惑星となるほどの力を持った星でもあったが、大きくなり過ぎたせいであろうか、連合内で次第に権力抗争という名の争いが起き、内部争いによる戦いで散ってしまった。
しかしその内紛時代の終わり、次代の覇権を目論むある団体が争いのいざこざの中、財宝や戦術や技術、研究内容を集め、ある島へと隠した。
その島は大昔の貴族が住んでいたと呼ばれる場所で、大きな湖に白い城館とローズガーデンと呼ばれる美しいバラ園があった。
そしてバラ園の中でも湖の近い場所に、温室を改良した研究所があった。
この研究所、表向きはバラの品種改良などの植物の研究所であったのが、実際はそこで人型兵器の開発や研究を行っていた。
カイロニア達はその研究所の傍にある湖の中で飼われていた。
元は密林のジャングルのような惑星の水辺に住んでいたのだが、ここへ連れてこられ、水中でも適応する体へと変えられてしまい、湖の底に押し込められたのである。
比較的穏やかで知能の低い人種であったカイロニア達は、言葉による意思の疎通は殆ど無く、慎ましやかに自然に近い営みで暮らしていた。
…とされているが、知能が低く、言葉の少ない人種というのは少し違う。
つまり意思の疎通が多種族にとって「聞こえない」というだけの事であり、意思の疎通が少ない訳でも、知能が低いという訳でも無い。
彼らも他の人種のように、豊かな情緒のやり取りを行っていたのである。
ある嵐の夜、カイロニアの中でも若い男が湖の底から湖面近くに浮上してきた。
「決して水面へ近づかないように」…という注意、これは時々行方知れずになる個体があったので、それを忘れた訳ではなかったのが、嵐による水の濁りと揺れ、湖面がザワザワと弾ける様子に興味を向けてしまったからである。
そして荒れる水から地上へ這い出てしまった。
彼はここへ連れてこられたカイロニアの4世であった。
湖の底で生まれ、かつて我々は地上で暮らしていた…という話を曽祖父から聞いてはいたが、彼自身、水の無い世界に出た事は無かった。
地から離れる事のない手足、重い体、身体を激しく打つ雨、切り裂くような空気の流れ。
嗅いだことの無い樹木やバラの香り、舞い飛ぶ赤い花びらに、どよめく遠い空。
おとぎ話にあるような世界の中で、身体の中を一気に何かが駆け抜ける。
その混乱の中、ふと、かつて行方知れずになっていた幼馴染の意思をつぶさに感じた。
それは彼らが言葉として使っている音の無い声であり、思念と言ってもよいだろう。それが発されている場所へと進む。
重い二つの足でゆっくりと歩み始めれば、すぐに駆ける事が出来た。
雨粒を全身に受け、冷たい空気が肺に入り胸が痛む。
心臓がドクドクと脈打ち、駆ける毎に変わる音と匂い。空気の揺れを感じる。
言いようのない興奮と幼馴染の恐怖の混じる思念との間で、気分の高揚だろうか混乱だろうか。頭に血が上る。
やがて割れた温室の窓から幼馴染の思念を追って建物の奥へと進む。
見つけた地下への階段を転げ降り、その転げ落ちた姿勢のまま、這いながら思念が強く感じる部屋の前まで進む。
ゆっくりと立ち上がり、ドアに手をかけると、幼馴染の思念が自分を捉えたのが分かった。
その声なき声に頷き、数歩下がりドアへ体当たりをする。
ドアと共に部屋へと転がる。
顔を上げれば行方知れずになっていた幼馴染と目があう。
その目に涙を浮かべる彼女をうつす。
身体は大丈夫なのか?
今までどうしていた?
何があった?
ここはどこだ?
彼女に触れ、多くの疑問と答えを声なき声…「思念」によって取り交わす。
ここは人型兵器の研究所。
時々水から引き揚げた我々の身体に装置を埋め込み、改造している。
触れない限り届かないはずの思念が届いたのは、彼女の中に埋め込まれた装置のせい。
この嵐でここの人間は城館から出る事は無い。
だから「今がチャンス」だと彼女は言う。
カイロニア達は、知能が低い訳では無い。
カイロニア達は、情緒のやり取りが出来ない訳では無い。
そしてカイロニア達は、見た目以上に身体能力が高い。
嵐の中、二人で湖へ向かう。
水を介し彼女がカイロニア達全員へ思念で伝える。
「時が来た!今だ!」と。
嵐が去る頃。
残ったのは、荒れたバラ園と割れたガラスが飛び散る温室。
そして無人の城館。
湖面はキラキラとそよ風に揺れていた。
我々は忘れない。
彼女の受けた仕打ち。
彼女の思い。
そして手に入れた装置が、我々を「個人の個」から「集団としての個」へと進化させた事を。
*****
「昔、昔ある所に、人で兵器を作りたい頭でっかちの奴がおりました…ってやつだ。まぁ、端的に言えば人型の兵器だなんて違法だが。需要があるんだろうな、この手の商品は」
カイロニアの濁っていた目に光が戻り始める。
「…だから身体能力の高そうな小民族を拉致って、そいつに何かしらの手を加えれば…例えば顎下に何かの装置を埋めたりすれば、簡単に思い通りに動かせる兵器が作れるだろうってだけの話だ」
「っつ!!」
「だから、まぁ、そういう事だ。そして…」
― 全員で一人残された可哀そうな子猫を親元へ送ってやろうか ー
カイロニア達の全員が一斉にロングルドルフに飛び掛かる。
「オレ達は意志の疎通が出来る!ここにいる全員にな!」
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