第6話 後悔
「決断?それに今、『ナッタの王子』と言ったか?
…ナッタ
かつてこの銀河にあった小さな惑星の名。
その星にあった故郷の国の名。
そして彼の名は、「ミィ・ナッタ・ロングルドルフ」
ミィ・ナッタ・ロングルドルフとは、「ナッタを総べる冠の王子」を意味する。
*****
今より10年前、ラウルス銀河団の最端に惑星「ナッタ」と呼ばれる猫人の国があった。
ナッタは一族の王がその国を総べる平和な惑星国であったとされている。
そのナッタの王宮はかつて無い大きな轟音と、振動に覆われていた。
彼らナッタの人々は気が付かなかったのだが、惑星外の何者かにより攻撃を受けていたのである。
「王子!お急ぎ下さい!脱出用のポッドまでもうすぐです!」
近衛の隊長に促され幼い王子と王女は緊急用の脱出ポッドのある場所へと向かう。
幼い妹の手を取り、崩れ落ちる王宮の振動が這う床を必死に走るのは、6歳になるナッタの王子である。
父と母から無理やり剥がされ、大きな不安を持っているのであろう王女は兄の手を離さずに付いていく。
廊下で行きかう兵に誘導されながら、単身ポッド…とは超小型の一人乗りの宇宙船であるが、これが5台ほど設置してある部屋へと入る。
この小型の船は、かつてこの星へやってきたナッタの人々が載っていた船の探察機であり、銀河団へ国へと正式に認められた際に、緊急用の連絡機として改良したたものだ。
既に発射の準備は出来ている。
小さな手で兄の手をぎゅっと握り、一人で行くのは嫌だと王女はくずる。
王子はギュッと握られた王女の手をもう一方の手で多い、彼女の顔に穏やかに話しかける。
「俺もすぐに行くから」
じっと見つめる兄の目を信じ、王女は
「約束だよ…早く来てね…」
と涙を浮かべながら兄に約束をねだる。
そっと妹の背中を返せば、近衛の隊長が王女をポッド内へ誘導する。
外から扉が閉じられ、隊長が頷く。
「準備よし!王女様のポッド出します!」
ドォォォォォン!!
響き渡るのは発射音の騒音か、崩れる宮殿の騒音か。
王子は轟音の中に「おにいちゃん」と叫ぶ妹の声が聞こえたような気がした。
「さぁ、王子も早く!」
近衛の隊長は王子をポッドへと促す。
「…いえ、父上の元に戻ります」
揺れる足元を見て王子は言う。
「なっ!何をおっしゃいます!」
近衛の隊長が叫ぶ。
「私は王子です!国を捨て逃げる事は出来ない!戻って民の避難に向かいます!」
隊長の目を見つめ幼い王子は覚悟を決めて言い放つ。
ドォゴォン!!!!
大きな直撃音と突き上げるような振動が起き、二人は床に膝をつく。
揺れる足元の中、近衛の隊長は幼い王子を見つめ、その両肩に手を置き強く伝える。
「さぁ、王子時間がありません。先ほどのお言葉だけで十分です。
良いですか?ロングルドルフ王の名と意志を守れるのはあなた様だけなのです。どうか我らナッタの国を無くさないで下さい」
自身の君主である王が、我が子を銀河団の直轄地である恒星レイムリアへ避難させるように指示をした事。
その事でナッタの行く末に暗いものがあると感じた近衛の隊長は、せめて一族の王の子だけでも無事でいて欲しいと願い、強く諭したのである。
聡い王子は父と近衛の隊長の言動に良くない何かを感じ、素直にその思いを受け入れ、ポッドへと押し込まれた。
こうして幼い二人の兄妹はナッタの星より外へ放り出され、巨星レイムリアで落ち合うはずだった…のだが…。
小さな緊急用ポッドの窓から王子が見たのは故郷の惑星から漏れ出た光と、その光が散った後に残る真っ暗闇の宇宙空間だった。
暮らしていた故郷の星も、先に出た妹の船も、「何もかもが無かった」のである。
*****
いつでもこの時の事は鮮明に思い出せる。
それは彼の後悔でもあった。
もしもあの時、
近衛の隊長を押し切っていたのなら。
父と母の元へ戻ればもう一度会えていたのだろうか?
もしもあの時、
妹にきちんと別れの言葉を伝えていたら。
自分は嘘つきにならずに済んだのだろうか。
それよりも。
もしもの時までに、正しい答えを選んでいたら。
ナッタは失われずにすんだのだろうか?
「ナッタの王子よ…
未来や過去に囚われる。それは決断とは言わぬ。
お主の機が熟す時、『行くか戻るか』の選択は必ずやって来る」
「…」
深く静かな声に気が付き、ロングルドルフは、その声の元である一つ目にゆっくりと焦点を合わせた。
「その日まで『この瞬間を生きて行く』
大切なのは、ただそれだけの事だ」
荒れた洞穴の中、一つ目もロングルドルフも互いに静かに見つめあっていた。
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