第5話 カイロニアの移住

「ロングルドルフ大変です!早く起きて下さい!!」


いつものように洞穴の中で睡眠を取っているロングルドルフに、オペレーターが慌てて声をかける。


「ん…??なん…だ??」

まだ夜が開ける前だ。

寝起きの悪い彼は、ぼんやりとした意識で曖昧な返事をする。


普段とは異なる声色のオペレーターに反応した一つ目の生命体達が、ロングルドルフの周りに集まる。

その内の数体はロングルドルフの耳を引っ張り、彼を起こそうとしている。


まどろみの中、ぼんやりと意識を掴もうとする。


「ロングルドルフ!!惑星外から別種の生命体が近づいています!」

「っ!!」


その声に一気に覚醒し、がばりと起き上がる。



急いで洞穴から抜け出し、まだ明けぬ暗闇の空を見上げれば、複数の船の明かりが見える。


「数が多い!これは移住規模の船団数です!」


ゴゥゥゥゥンと風を切りながら近づく船団の数はざっと見ても数十機。

後続があるのだろう、オペレーターは急いで詳細を確認する。


ものの数分で小さな星の広い空は、鈍く唸る船の駆動音に覆われていった。


「…移住船?いや、貨物船に見えるな…。となると、積めるだけ荷物を積み込んできた『本宅的なお引越し』という訳か。オペレーター、彼らの詳細はわかるか?」


移民となると、元の星に住めなくなったが故の民族や国ごとの移動を指す場合が多い。

主に災害や戦争、病気や住環境の大きな変化などが理由に挙げられ、その場合、財産よりも人や動物など生きている者の移動が優先となるだろう。

ロングルドルフが言う「お引越し」とは移民に対しては嫌みな言い方になる。つまりやむを得ない事情や不慮の出来事から起きた移民では無い可能性を指す。


それに短距離の荷物を載せる貨物船は、速度が出ない代わりに積載量が多い。

つまり移住に特化した船なら、人を乗せる上に長時間、長距離の移動に耐えうる必要があったり、移動が早く出来たりする事も考慮する。


そうなると、船の強度や船内環境から考えて貨物船で移住先へ向かう選択は「0」に近い。


と言うのも、そもそもラウルス銀河団は抱える惑星の数が多い。

故に惑星をまたぐ長距離の移動は、銀河団直轄の定期便を使うのが普通なのだ。

ましてや民族毎や国単位など、多くの人の移動となると、計画を立てて元の惑星と移住先の惑星の間に特別な便を用意する。

時には銀河団の警備を付けて人の安全や健康を優先する。


因みに定期便や特別便は列車のような連結スタイルである。

先頭に船頭機と呼ばれる駆動や制御がメインの機体を用意し、それに人や荷物を載せた船や駆動装置の無い箱車を繋げる。


これは余談だが、ロングルドルフが鉱石を送った移送装置は定期便に繋げないタイプの単独運航機であり、超小型の運搬船とも言える。

エンジンのついた小包が移動すると言えば分かりやすいだろうか。

これもかなり珍しいタイプの船と言える。


話を元に戻す。

つまり「貨物船で船団を組む移住」とはかなり珍しい。


となると…。


(比較的移動距離の少ない惑星からやって来たか、そもそも船自体を使い捨ての感覚でやって来たか?若しくは移住の手続きを取らず、安価な船で取りあえずの目につく財産の全てを持ち出した…いう可能性も見える)


銀河団内の法に触れる…という事はないだろうが、それでも不穏なものが読み取れる。


思案に暮れるロングルドルフの耳にオペレーターの声が入る。


「彼らの詳細は…。はい、船に識別コードがありました。えぇと…カイロニア生命体。彼らは特定の惑星を持たないようですね。短期間で移住を繰り返しているようで、現在まで109個の惑星を喪失させています」


「!

ひゃ…109は…多すぎる…」


ロングルドルフの顔から一気に血の気が引く。


惑星の喪失とは主に惑星環境の破壊や、大きな戦争で人が居なくなる事、もしくは埋蔵するエネルギーの枯渇からの惑星の維持が困難な場合を指す。

惑星の維持が困難な理由としては、人工惑星の無計画な運用などがあるが、天然の惑星でも同じように調査不足、もしくは無計画なエネルギー運用があった場合、そうなる事が多い。


人類史上これら惑星の喪失が今の今まで一度も無かった…という訳では無いのだが、目の前で自分の星の消滅を見ていたロングルドルフにとって、惑星の喪失という言葉が告げられた事も、失われた星の数も聞き流せない話である。


「これはマズイ奴が来たのでは?」


怒りからなのか、受け入れ難い話だからなのか…?

ロングルドルフの口から感情の無い声が出る。


この星は生命体の居ない、つまり「無人」と見られていた星である。

ロングルドルフがたまたま出会った一つ目の彼らがエネルギー体に近い原始的な存在とはいえ、この星でそれなりに暮らしていたとなると、惑星荒らしとも言えそうなカイロニア達と上手くやって行けるはずが無い。


難しい顔をするロングルドルフに一つ目の中から大きめの個体が語り出す。


「問題はない。事が起きたのなら機は熟す。その時、我々は決断する」



そう告げられ、ロングルドルフは腕を組み夜空をゆっくり這う船団を見つめる。


(カイロニアのやつら、鉱石目当てでここに来たのか?)


鉱石の調査は続行するが、事と場合によっては生み出したエネルギーの使い方や惑星環境の変化についても報告する可能性も見えて来た。


「一つ目達は時が来れば、何かしらの決断をするようだが…。本当に厄介なやつが来たな」




*****




こうして言いようのない不安の中、カイロニア達はこの星へやって来た。


ロングルドルフの推測の通りカイロニア達の目的は、調査団が研究している貴重鉱石のエネルギーであった。


鉱石が調査中という事は、保存の指定も、使用権すら正式に認められたものは無い。

つまり現時点で言えば、一つ目の住んでいる惑星に「貴重なエネルギー源と成りえる鉱石が有るようだ」と言うだけの話なので、この星に住んでいる者に「それを使うな」と禁止する事は難しい。


移住の話もこの星は無人の惑星とされていた様子から、既に許可は下りているのかも知れない。

だが貨物船でやって来た事や、何度も移住を繰り返している様子から、カイロニア達が移住の申請を行っているのは怪しい。




…程なくして、カイロニア達は鉱石からエネルギーを取り出し、ありとあらゆる物を生み出していった。



乾いた大地に街が生まれ、交通が整備され、空には小型の気球船が飛びかう。

小さな惑星は、瞬く間に人の住む機能が備わっていく。

こうして惑星の全土に人の手が加えられた。


乾いた大地とそり立つ崖山ばかりだった星は、ある意味で大きく発展したと言えるだろう。




だが、この星の繁栄は短いものとなった…。




元々小さな星である。


それに『貴重』と言われるものをエネルギー源としたのだから予想は付くだろう。そもそも数が少ないのだ。

よって、カイロニア達の生活を長期間支えるには、心もとないものでもあった。


やがて洞穴にあった鉱石の全てが採られ、使い尽くされてしまう。

ロングルドルフ達の鉱石調査が終わりきる前までに…である。




*****




「わずかな数の鉱石を無計画に使ったんで、既にエネルギーを枯渇させちまったようだ」


鉱石調査を開始し、育ての父親からメッセージが来たのは開始から3か月後。

そこから程なくカイロニア達はやって来た。

そこから約1年半。


あっという間の繁栄と衰退である。


影が見え始めたカイロニア達の都市を後に、貴重鉱石が掘りつくされた抜け殻のような洞穴の中へ戻る。

一つ目の生命体達もここに集まっているようだ。


集まっている一つ目達の中に居る大きめの個体に声かける。

「タチの悪い事に…」

「あぁ、若いのが連れていかれたようだ」

と、乾いたように見える目玉が発掘の跡を見つめながら答える。


このところ、一つ目の中でも小さな個体がカイロニア達に連れ出されている。


「あんた達がエネルギー体に近いって事がばれたのか?どちらにせよ対策が必要では?」

人手を欲しての誘拐…では無いだろう。悪い方へと想像が付く。


そもそも惑星調査団に人種間の交渉を取り持つような人権を扱う権限は無い。しかし調査団は銀河団の直轄団体である。

何かしらの手助けは出来るだろう。

ただ、調査団は「惑星管理の無干渉条約」があるので、政治的な情報の持ち出し…つまり調査以外の報告や手助けはロングルドルフの勝手な判断で行う事は出来ない。


調査員は対象物以外に対しては傍観者であり、必要以上に関わらない事。居ない者として振る舞う事で惑星の出入りが認められている。


「フ…」

一つ目の大きめの個体が息を漏らす。


「?」

彼はロングルドルフの目を見つめ、こう告げた。


「お主は気が付いておらぬが、間もなく機が熟す。時が来れば我々は『行くか戻るか』を決断する。そうだろう?ナッタの王子よ…」

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