第4話 温もり

「ロングルドルフ、貴方のしっぽのお陰で調査許可が出ましたね」

「あのなぁ・・・」

「ふふふ」


バラの花弁のような岩の真ん中にある横穴を通り抜けた先は大きな洞穴が広がっていた。

オペレーターの軽口を聞きながらその斜面を軽快に下へと降りて行く。


「ふむ。思ったより穴は浅いようだけど、空間自体は広いようだ」


ヒュウゥゥとひんやりとした空気が上へと抜け、洞穴を見上げながら周りの様子を伺う。

探検家の報告の通り特に危ない場所は無いようである。


「では早速、鉱石を…」

と言うと同時に、ロングルドルフの目の前に生えるような形でコブ状の岩が有るのが見える。


まさかね、と思いながら表情を崩さずスッと膝を下ろし、暫しコブ状の岩を眺める。

岩はつるりとした表面で、鍾乳石のような形。


「…すぐに見つかった」

ロングルドルフは半ばあきれながら声を出した。




*****




「思ったよりも随分と早く見つかったし、早速現物を送りたいな」

つるりとした岩をなでながらロングルドルフが言う。


「では準備に入ります」


現物を調査本部の解析班へ送れば現地調査と並行でやり取りが出来るので、調査自体のメリットは多いのだ。


「いや、まず先住民に採って良いかの確認をするよ」

「そうでしたね。承知しました」


調査団が銀河団本部の管轄とは言え、生命体がいる星のモノを勝手に持ち出すのはご法度。

洞穴の前で声をかけてきた個体に確認してみようとロングルドルフは洞穴を後にする。




*****




「…という訳で、鉱物の現物を送りたいのだが悪いようにはしないし、どうだろうか?」


先ほど声をかけて来たと思われる一つ目の個体がぬっとロングルドルフの目の前に近寄る。


大きな個体のそれは目玉をぎょろぎょろと動かしながら

「なるほど、お主の話に嘘は無いようじゃ」

と言う。

続けて、

「それにあの石について、拒否する権利は誰にも無いしの…」

と小さくつぶやいた。


「?…、とにかく理解してくれて感謝する。何か分かったことがあれば知らせるよ」


(拒否する権利が無いとはどういう意味だ?)


言葉の意味も真意もわからなかったが、まぁいいやと切り替え、採掘の許可が出た事に安堵し、ロングルドルフは移送の段取りを始める事にした。


洞穴へ戻りオペレーターへ移送の許可を下りた事を伝える。


惑星上空に待機している彼専用の宇宙船から移送装置を下ろしてもらい、採掘した鉱石を入れ、調査本部へ送り出す。


(レイムリアまで1ケ月程で届くだろう)




*****




現物の移送後は現地の穴の形状や、鉱石の分布状況、数の把握などをメインに進めた。

こうして、調査、時々一つ目玉の相手をこなしながら3ケ月が過ぎた頃、オペレーターから調査班よりメッセージが届いたと報告があった。


「メッセージを出してくれ」


ロングルドルフが腕輪型の端末から岩肌へ画面を投射させると、優しそうな犬人の男性が浮かび上がった。


「やぁ、ロン!現地惑星時間では久しぶりになるのかな?

早速だが、二点ほど知らせたい事が有る」


犬人の彼はロングルドルフの育ての親でもあり、惑星調査団内では解析班に属するいわゆる偉いさんである。

とはいっても研究第一の彼に用意された長室の椅子は、就任式の当日に少し座った程度で使った形跡が殆ど見られない本当の意味でのお飾りの椅子だ。

どうやら調査団に入団した当初から使っている研究室のデスクが彼の城となっているようである。


そして「久しぶり」と嬉しそうに声をかけてきたが、時間感覚で言えばそれほど久しぶりの顔合わせでもない。だが親心とはそういうものだろう。息子同然のロングルドルフの元気な姿を見れば嬉しくもあり安堵するのだ。

こうして軽い冗談のような挨拶の後に、鉱石の解析状況を知らせてくれた。


「まず1点目。エネルギーの測定値にロンが出してくれた現地とは異なる値が出たよ。移送装置に不備が無い以上、どうやら移動中にエネルギーの性質変化があったようだ。

2点目は、この鉱石は2つか3つの性質が混ざって出来たものようだ。

とりあえず現時点で報告が出来るのはこの程度のものだが、この2点について何かヒントになりそうなものがあれば現地調査の上報告して欲しい」

「ふむ。測定値の変化と2つ以上の混ざった性質ね」


やり取りは短く簡単なものであったが、要点を簡潔に伝えてくる事にかけては育ての親である彼には敵わないなと思う。

もう一人の育ての親も淡白な人なのだが、彼女はどちららかと言えば内に情熱を秘めた人だ。

彼は見た目の柔らかさとは違い、鋭い言葉が多い。


育ての父親とのやり取りが終わりロングルドルフは鉱石を眺める。


「さて、現地で気になる事と言えば、鉱石と一つ目のこいつらは『形が似ている』というようなものだが、この線は無しだな」

「えぇと、確か貴方は生命体解析の反対派でしたね?彼らを解析の為にここから連れ出す気は無いという事ですか?」


「そういう事。同意が有れば良いとかそういう問題では無い」


調査団は惑星本部直轄の団体であり権限は大きいが、身体を隅から隅まで調べられる事が良い気分ではない事ぐらい自身の経験上知っている。


「しかし、エネルギーと生命の違いって何だろうなぁ」

と、一つ目の方へ目を向ければ

「…う~ん。私には難しい質問ですね」

と、ややため息交じりの声が返ってきた。


ロングルドルフは軽い気持ちを吐露したつもりだったが、有機アンドロイドである彼にとっては嫌な質問だったかもしれないと思い、少し後悔したが、オペレーターとの付き合いは長い。

どのアンドロイドよりも「個性的」な彼は、興味の無い話はそうそうに切り上げ、良いも悪いも無い。

自分の気分とか相手の気分がどうかもさえも興味が無ければ全く気にしないタイプである。


「そうだな。答えの出ない質問だったかもな」


的確で鋭い父と淡白だが情熱的な母、そしてそっけない距離感が心地よいパートナー。

遠い記憶の家族や国の人達の事を思い出せば焦燥感にかられるが、今を支えてくれる個性豊かな人達も同じように温かい存在だ。


一つ目のエネルギー体に近いという生命体と猫人である自分。

そして有機アンドロイドであるオペレーター。

一体何がどう異なるのだろうか。


何かが違っていても、「今」、「この場所」で、お互いに言葉や意志を交わして生きている。


「生きてるって面白いな」


しっぽを揺らしながら遊んでいる一つ目の彼らを振り返って見てみれば、何かの答えが有っても無くても、どんな答えであったとしても、素直に「生きている」としている自分そのものがまた面白いものだと、ロングルドルフはそう思っていた。

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