接点編

第3話 一つ目の何か

ここは、ラウルス銀河団にある巨星レイムリアの恩恵を受けるあまたの惑星の一つ。

名も無い、とある小さな無人の惑星である。


乾いた大地から大きくせり出した岩肌の中腹に、海の色とも空の色とも言われるターコイズブルーのジャケットを着た青年が張り付いている。


ほんの数分前に彼の左手にある腕輪型の端末から「貴方なら船に戻るより、登る方が早いでしょう?」と聞こえたのだが、「この程度なら登った方が早いか」と端末から発するオペレーターの声と重なるように独り言を言い、そのまま目の前の崖を登り始めてしまった。


青年とはいえ小柄である事。

体はクリーム色の柔らかな毛で覆われており、耳は特徴的な三角形。


加えて体の割に長くて細いしっぽを揺らしている事から、どうやら彼は「猫人」と呼ばれるヒト型人種のようである。




*****




彼が登る岩山は300mはあろうかという大きいものだが、ものの数分で登り切りる身の軽さのままに猫人の青年は頂きに手をかけた。


そしてこの勢いのままに身体を持ち上げた時、目と鼻の先にぬっと現れた大きな一つ目の何かと目が合い、至近距離で見つめあうような形になってしまった。


「ウワァァァァァァァァァァァ!!!!!」


からりと晴れ渡る大空の下、青年の叫び声は乾いた大地の遠くまで響き渡った。




*****




「なぁ、オペレーターさんよぉ。

この星に生命体が居るのなら早く知らせてくれないか?」


夕焼けも終わろうかと言う頃、登り切った崖の上で胡坐をかきながら猫人の青年は左腕の端末に話しかける。


「失礼しました。少々言い訳になりますが、彼らは生命体というよりもエネルギー体に近いので確認が遅れました」

「エネルギー体に近い…とは?」


猫人の青年の周りに先ほど出会った一つ目の何者かが数体、ウヨウヨと浮きながら漂っている。

この一つ目玉の何者かは鍾乳石のような形で、約30cm程の大きさだ。

色はやや暗めの赤みが強い褐色である。


この一つ目玉の何者かの一体を目の前で掲げ、しずしずと見つめながら

「こうして触れているのに?」と彼が問えば、「我々と次元感覚が異なるのでしょうか?」と腕の端末から曖昧な返事が返って来た。


ヒト型人種はエネルギー体に直接触れる事は出来ない。

なのではエネルギー体に近いとは言え彼らは生命体なのである。


と、見た目のイメージよりも柔らかな感触の何者かをポイっと空中に放り投げ、

「まぁ、彼らの事は後でいいや」と猫人の青年が言えば、

「調査対象の鉱石と彼らの関係は不明ですしね」と端末から似たような温度の言葉が返って来た。


「そういう事。とにかく、鉱石の発見を最優先だな」


どうやら彼らにとってこの一つ目の何者かは興味も調査も対象外のようだった。


「はい!このまま3時の方向に進んで下さい。ロングルドルフ、あなたなら小一時間ほどで目的地へ着きますよ」

「了解!」


ロングルドルフと呼ばれた青年は、腕輪型の通信に現在地と目的地、その他の情報を表示させオペレーターの指示に従う。


「さて!行きますか!」


これから夜へと変わる灰と青紺のグラデーションの空を見上げ、軽く頷くと、崖の上から眼下に広がる大きなすり鉢状の底面を目指し、ゆっくりと歩きだした。




*****




「…」

「…」

「…なぁ

オペレーターさんよ、何でこいつらはついてくるんだ?」


半ば呆れながらロングルドルフが問えば、先ほど出会った一つ目の何者か達は、彼の周りをふわふわと漂いながらその様子を見ている。


大きな目玉でジッとロングルドルフの顔をのぞいているのもいれば、左腕にある腕輪型の端末をのぞき込むのもいる。

彼の足元には足の動きをじっと見つめているものも居るようだ。


「あはは!随分となつかれていますねぇ!」

「っ…(怒)!!」

「あっ!ありました!この窪みの奥にある穴から入れるようです!」


軽くあしらわれたロングルドルフは苛立つように息を少しばかり吐き出したのだが、オペレーターは平然と聞き流し付近の説明を始めた。

どうやらオペレーターは空気の読める図太い性格のようである。


「そこにバラの花弁のように岩が重なった形状のものがあるでしょう?

その中央から中に入れるようです」


ロングルドルフが言われた通りに岩肌を見ると、人が一人通れそうな横穴が開いている。


「ここを調査した惑星冒険家の話では、この奥にエネルギー反応のある鉱石を発見したとの事でした。

ただ彼は、鉱石の発見に価値を見出すタイプの冒険家では無かったようで、見つけた鉱石の発見者は自分の名前で良いが、採掘やら詳細の報告及び研究自体は調査団の方で進めて欲しいと連絡を寄こしてきたようです」

「なるほど」

「ま、この惑星は辺境にある小さな星ですから、彼の冒険心を満たすものが他にあったのでしょう」

「まぁね。単独でやって来た冒険家なら、採掘道具はあっても移送装置までは持って来ないだろうしね」

「えぇ、そうですね」


「それに…」


(冒険家という名の人探し…って場合もあるだろうしな…)




*****




「そこで何をしている?」


オペレーターと岩肌の入り口で話し込んでいたら、気配のない背後から低い声が聞こえてきた。


ロングルドルフがぎくりと振り返れば、一つ目の中でも大きめの個体がこちらを見ている。


「ほぅ、違和感を感じてみれば猫がおる」


周りにいたものより目力のあるその個体は、ロングルドルフの顔をじっと見つめ出す。


「あぁ、俺はラウルス銀河団の惑星調査員だ。ここで鉱石の調査をさせて欲しいのだが」

「そうか…お主…ナッタの。いや、それより調査とな?」

「!!」


ロングルドルフは自分のミドルネーム…正確に言えば彼の失われた出身星の名前だったのだが、ナッタの名が出た事に警戒心を抱き、背中の毛がぞくっぞくっと逆立ったのを感じた。


「…」

「…」


互いをじっと見つめ緊張感の漂う中、程なく一つ目の何者か達がふわふわと動き出した。


そしてここぞとばかりに静止しているロングルドルフの耳やしっぽひっぱり揺らし、遊び始めた。


「…まぁ、何も言わずとも我々の若い奴がお主を気に入っとるようだしな…」

大きめの個体がやれ仕方が無いとばかりに答えれば


「コラー!今大事な話をしているんだぞ!!」

と、ロングルドルフがシャー!っと猫なりの威嚇を飛ばす。


しかし一つ目の何者か達はロングルドルフの威嚇には気にも留めず…と言うより、全く気にもせず、びよんびよんとしっぽを揺らし遊び始めた。


「ほっほっほっ、調査の合間にでも仲良くやってくれ」

大きな個体の眼差しは温かいものに変わったようだ。


(まったく…子供の遊び相手かよ!)


気落ちしている半眼のロングルドルフをよそに

「良かった!ロングルドルフやりましたね!交渉成立ですよ!」

と、喜びの声を出すオペレーターは、やはり空気の読める図太い性格のようである。

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