放課後のお誘い
「ねぇ、ユージン。ちょっと放課後付き合いなさいよ」
いつものように授業が終わり、帰り支度をしているとセイラがユージンの前へと現れた。
他クラスなのに珍しい。加えて、周囲の目がある状況で話しかけられるのも珍しい。
何せ、払拭作業をしていないユージンの悪名は健在。
今まで話しかけもしなかったセイラが、婚約者とはいえ話しかけてくるのはクラスをざわつかせるのには充分であったからだ。
「ふむ……剣の稽古ですか、姉さん」
「同い歳ってツッコミはしないわよ」
「ふっ、甘いなセイラ……その発言こそがもうツッコミなのだ!」
「……話が最近中々進まない原因ってあなたじゃないかしら?」
周囲のざわつきを無視して、セイラがジト目を向ける。
「いや、まぁ別に付き合うのはいいんだが……いいのか? そもそもこんな場所で話しかけてきても」
チラリと、ユージンは周囲を見る。
すると、一斉にクラスメイトが視線を逸らし始めた。
その仕草がなんとも怪しいもので……噂していたことが一目で分かる様子であった。
「別にもう気にしてはいないわよ。逆にあそこまで関わっておいて今更目があるところで話さないとか、それこそおかしいじゃない」
「んー……そう、なのか?」
「そもそも、婚約者だし」
「ハッ! そういえばそうだった!」
確かに、婚約者であれば話さない方が不自然。話しかけられることこそが自然。
何故その事実に気がつかなかったのかと、婚約者のありがたみにユージンは震えた。
「話は戻すけど、放課後に付き合ってほしいって剣の稽古か?」
いつの日か、アリスを守るために協力を申し込んだ際、剣の練習に付き合ってほしいと言っていた気がする。
放課後であれば訓練場を借りて気兼ねなくできる。
ユージンはそうなのだろうと勝手に予想していたが、セイラの口から出てきたのは違う言葉であった。
「今度、『桜花祭』があるのは知ってるわよね?」
―――桜花祭。
第二部が舞台の学園で一番最初に起こるヒロインとのイベントである。
入学してしばらくした新入生を歓迎するために、学園全体で夜会が開かれる。桜花祭とはそのパーティーのことだ。
襲撃の時が一番最初だと思うが、桜花祭はストーリーとは別軸。
ただ単純に『ヒロインルート』の選択といっても過言ではない。
メインヒロインのアリスを含め、ヒロインと桜花祭でダンスを踊ると、そのキャラクターの開拓される。
襲撃がストーリーイベントだとすれば、桜花祭は一番最初のヒロインイベントなのだ。
とはいえ、もちろんうろ覚えのユージンがそれを知るわけもなく―――
「いや、知らない」
そもそも存在を知らなかった。
「今日の授業で言ってたじゃない……」
そうなのか? と、ユージンは胸ポケットを確認するが、リュナの姿はなかった。
今はどうやら席を外しているようであった。
「はぁ……どうせふわふわした羊さんでも数えてたんでしょ。ダメじゃない、授業はちゃんと受けないと、あとあと苦労するのは自分なんだから」
「ママ」
「それで、そこに着ていくドレスを買いたいから付き合ってほしいの」
女のドレスを選ぶのも男の務め。
あい分かった、と。ユージンは腰を上げる。
しかし、その途中でふと何かを思い出した。
「そうだ、アリスも一緒に連れて行ってもいいか? 色々とあんなことやこんなことや『うふん♡』なことが―――」
「例の件ね、分かったわ」
「……可愛いお嬢さんは知らないと思うけど、ツッコミがないとボケって苦しいのよ?」
「ならセクハラ紛いのボケはやめなさい」
ユージンは肩を竦めながら今度は堂々と周囲を見渡す。
またしても皆が一斉に視線を逸らして「……嫌われてるのね」と少し心に傷を負ったが、頑張って気にしないようアリスの姿を探した。
すると、アリスの姿が教室の隅っこに映る。カバンに教材をしまおうとしていることから、ちょうど帰り支度をしようとしているのだと窺えた。
ユージンはセイラに一声かけ、一緒にアリスの下へと向かう。
「なぁ、アリス」
「どうかされたんですか、ユージンさん? それに、セイラさんも……」
「今からデートをしよう」
「ふぇっ!?」
真剣な表情で発せられた言葉に、アリスの顔が真っ赤に染まる。
「デ、デデデデデデートですか!?」
「そうだ、夕日の見える丘で肩を寄せ合いながら愛を囁くんだ。大丈夫、月の見える高台でも俺はいいぞ。「月は綺麗だNEXT ベッド・IN」もそれはそれで乙なものがぶべらっ!?」
しかしその瞬間、後ろから頭を思い切り叩かれた。
「何を変なことを言ってるのよ」
「口で先にご説教じゃダメだったんですかね……」
どうやらダメみたいだ。
「今から二人で街に行こうとしてたんだけど、もしよかったらアリスも一緒に来ない? ちょうど今度桜花祭があるでしょ?」
「なるほど、ドレスを買いに行くんですね! で、ですが……私、実は欠席しようかなと考えていたんです」
「何か予定でもあるのかしら?」
「い、いえっ、そういうわけではないんですけど……単純に、私が買えるドレスがなくて……」
確かに、アリスは平民生まれの孤児院育ち。
裕福とは言えず、貴族が中心で買い求めるドレスには中々手が出せないだろう。
セイラが着ていくように、皆がドレスの中で自分だけ学生服というのも肩身が狭い。
アリスが欠席しようとしてしまう理由はよく分かる。
「安心しなさい、ユージンが買うから」
「あ、俺なんっすね」
「そ、そんな! 申し訳ないですよ!」
「親睦の証だそうよ」
「あなたが言うんっすね」
この体は伯爵家のご子息。
転生してから身辺を整理していた時にそれなりにお金を持っていることも確認できていたので、今更ドレスの一つや二つ問題はない。
そう考え、ユージンは話に乗っかるようにアリスに言った。
「セイラの言う通りだ。俺はアリスと仲良くしたい」
「で、でも……」
アリスはそれでも申し訳なさそうな顔を浮かべる。
だからこそ、追い打ちをかけるようにユージンはアリスの肩を掴んで思い切り顔を覗き込んだ。
眼前の少女の顔がもう一度真っ赤に染まる。
そして—――
「受け取らないなら、ドレスはハルトに渡———」
「ありがたくいただきます」
とりあえず、ハルトに信頼の証を渡されるのは嫌だということが分かった一幕であった。
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