ドレスを買いに

 学園では申請を出し、門限までに帰宅すればいつでも外出することができる。

 外は国の中心でもある王都がすぐそこにあり、学生達もよく足を運んでいる場所だ。

 そのため、外に出てみると何度かチラチラと生徒の姿が見受けられる。


「それで、どこに行けばドレスとか見繕えるわけ?」


 王都の街中を歩きながら、ユージンが横を歩くセイラに尋ねる。


「なに、あなた知らないの?」

「うん、知らん」

「今まで一回ぐらいはあなたもタキシードを見繕ってもらったでしょ?」


 セイラがユージンにジト目を向ける。

 貴族であれば誰しもドレスやタキシードを見繕うものだ。それが伯爵家ともなれば機会も多く、利用していないなんてあり得ない。

 王都は流行りの最先端。普通の貴族であれば、一度は遠方でも利用したことがあるはず。

 とはいえ、転生した悪役ユージンくんが百年後のお店など知るわけもなし。

 なので、転生したとも言えないユージンは慌てて顔を逸らした。


「い、今まで他の人に頼んでたから……」

「ふぅーん……まぁ、あなたならパーティーにもあまり誘われなかったでしょうし、何回かぐらいなら使用人にお願いするのも分かるわね」


 分かってもらえて嬉しいが、何故か涙が出そうになったユージンくんであった。


「わ、私、そういうお店に行くのが初めてなので場違いか心配です……」

「大丈夫だ、アリスの可愛さなら宝石で小太りしたマダムに負けないから」

「そうね、アリスの可愛さなら派手こそオシャレだと思っている馬鹿貴族よりも勝ってるわ」

「圧勝だろうな」

「圧勝でしょうね」

「もうっ、もうっ! ユージンさん達はそうやって私をからかって!」


 ポカポカと、頬を膨らませながらユージンの肩を叩くアリス。

 痛くもないし、その姿がむしろ嘘ではないことを証明しているのだが、あえて口にはしなかった。


「今から行くのは、私が何度かお世話になっている店よ。お茶会なんかでよく他の子が口にするから行ってみたんだけど、思いのほかよかったわ」

「……何を持ってよかったって判断なんだろうか? 生地? それともコスパ?」

「きっと耐久性のことだと思いますよ、ユージンさん」

「今の発言だけで、今日は私が引っ張っていかなきゃダメだって分かったわ」


 ドレスに耐久性を求めてどうするのか。

 はぁ、と。セイラは小さくため息を吐く。


「そういえば、あなたはタキシードとか持っているの?」

「ユージンくんは着飾らなくてもイケメン具合いが滲み出てる男の子」

「つまり持っていないのね」


 正確に言えば持っているかもしれないが、部屋には見つからなかったという表現の方が正しいだろう。


「まぁ、俺もこの機会に買っておくかなぁ。アリスがかぼちゃの馬車とドレスを手に入れたんだったら、十二時過ぎても傍にいられるよう参加した方がよさそうだし」

「ユージンさんも来てくれるんですか!? それならとても心強いです!」

「まぁ、絶対に変な目で見られるが……頑張ろうな、アリス!」

「はいっ! 陰口叩かれてヒソヒソと馬鹿にされてもめげずに頑張りましょうね、ユージンさん!」

「あなた達でのパーティーってどんなところなのよ……」


 拳を合わせて気合いを入れる二人を見て頭を押さえるセイラ。

 何やら保護者臭が感じられる。


「パーティーの時はちゃんと私も一緒にいてあげるから……だからやめて、こんな往来でそんな悲しい発言は───」

「ママ!」

「ママ!」

「そっちの方が恥ずかしいんだけれど!?」


 やはり保護者臭が感じられる。


「あ、もしかしてセイラが行きたい場所ってここでよかったか?」


 そうこうしている内に、綺麗なドレスがガラス越しに並んである店を発見した。

 すると、セイラがまず先にと中へと向かう。


「えぇ、そうよ」

「どうしましょう……緊張してきました」

「大丈夫よ、アリス。女性ものが多いから、きっと肩身の狭い想いになることはないわ」

「え、俺は?」


 野郎のことは特に気にしないのか、ユージンの言葉をセイラは軽くスルーして腕を引く。

 アリス以上に入ることへの抵抗が増えてしまったが、ユージンはなくなく促されるまま同じように足を踏み入れた。


 中は意外と棚の豪華さに比べて商品が少なかった。

 恐らくオーダーメイドを中心に売っているお店なのだろう。ところどころにあるのは生地と、サンプルのドレスだけであった。

 そして───


「あれ? ユージンくん達じゃん!」


 一つの生地の近くに見慣れた少女がいるのを見つける。

 その少女は艶やかな長髪と学生服のスカートを揺らしながらユージン達の下へ近づいてきた。


「レミィ先輩じゃないですか」

「にゃはろー! アリスちゃんもセイラちゃんもにゃはろー!」

「「にゃはろー??」」

「こら、お嬢さん方。そこはにゃはろーって返しなさい」


 もっと普及してほしい挨拶に、ユージンは真顔で指摘を始めた。真剣度合いが凄まじい。


「レミィ先輩も来ているということは、私達と同じでドレスを……」

「そうそう、今度の桜花祭用にね! 新しく仕立てようと思うんだー!」

「へぇー……レミィ先輩なら綺麗ですし、ドレスを着たらもっと綺麗になりそうですね!」

「およ? アリスちゃんは変わらず嬉しいこと言ってくれるねぇ〜! ういうい、可愛い後輩だぜ、君は〜」

「ちょ、ちょっとレミィ先輩!?」


 レミィがアリスに抱き着いて頬擦りを始める。

 その光景を見ているユージンは───


「女の子のスキンシップって百万ドルの絶景と同じぐらいだと思うの」

「似たようなセリフを聞いたことがある気がするのだけれど……とりあえず、婚約者のいる横で鼻の下を伸ばすのはやめなさい」


 大変満足そうに頷いた。

 なお、横にいるセイラはジト目を向けているのだが……それはまた気にしないでおこう。

 とりあえず、今はこの絶景を脳内フォルダに保存しようと、ユージンは目に焼きつけるのであった。

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