???①

 あるところに、一人の女の子がいました。

 その女の子はとても優しく、おおらかで、責任感が強かったのです。


「うん、いいよー! 困った時はウチになんでも相談してくるがいいさ! ウチは困った人を見捨てられないタイプの女だからね!」


 とはいえ、決して純粋だと言い切れるわけではありませんでした。

 少女が育った村は貧しく、ほどよくこの世の黒い部分も見えてしまう場所だったからです。


 孤児院に生まれながらも温かい環境で育った少女とも違う。

 手の付けられない婚約者があてがわれても、優しさを維持し続けられる場所があったり関係があったりするわけでもない。


 窃盗は起こる、言い争いは起きる、戦争のド真ん中になったこともあれば国から見捨てられたこともあった。

 確かに、大きな点から見ればこんな辺境にあって小さな村など大きな街に比べれば手を差し伸べる価値はないだろう。

 莫大な税金を納めているわけでもないのだ、優遇する理由が国としても見当たらない。

 それでも―――


「はっはっはー! どうだい、ウチは凄いだろー? こういうところがお姉ちゃんの凄さだぜ☆」


 少女は黒く染まろうとはしませんでした。

 ……いや、厳密に言えばすでに黒く染まっていたのかもしれない。

 何せ、少女の頭にはと思っていたのですから。


「姉ちゃんすげー!」

「ねぇねぇ、また絵本読んでよ! 私、レミィちゃんの読んでくれる絵本好きー!」

「勝負しようぜ、姉ちゃん! 今度こそ負けねぇから!」


 毎日のようにこんな場所で笑顔を向けてくれる子供達。

 自分の容姿に嫉妬してしまう母親とも違う、娘であるはずなのに色目を向け始めた父親とも違う、子供だからといって暴力を振るおうとする村の人達とは違う。

 この子達こそ、自分の唯一の拠り所。

 少女にある優しさと正義感は常に目の前にいる子供達へと向けられていました。


「それにしても、姉ちゃんはすげーなー。もう魔法を無詠唱で使えるんだろ?」

「およ? なんだいなんだい、ウチのこと褒めてくれてるのかい?」

「私もお姉ちゃんを褒めるー! お姉ちゃんは凄いぞー!」

「にししっ、可愛いやつめ! そうだぞ、お姉ちゃんはこう見えてなのだ!」


 天才と言われればそうなのかもしれない。

 少女と呼んでも差支えのない年齢でありながらもすでに魔法を無詠唱で扱い、村では誰一人相手にはならないほど実力がある。

 しかし、陰ながら努力していることを子供達は知らない。

 いつか、この力でいっぱい稼いで……皆でこの村を離れて、幸せな生活を送るんだ。

 それだけを夢にして、目標にして努力し続けてきた。


 そんなある日だった―――


「おいっ、邪魔だ退け!」

「なんでここに帝国の騎士が現れるんだよ!?」

「戦争をやるなら他所でやれよ、クソッタレが!」


 村が戦場と化した。

 なんで、この場所を戦場にするんですか? そんな思いを抱きながら、燃え上がる村を見て少女は涙を流した。

 子供達はどこだろう? いや、それよりも―――


「……ここ、ウチの居場所なんだけど」


 子供達と過ごした場所が……唯一の拠り所である子供達がいる場所なんだよ?

 それを、壊しやがって。


「クソ、ぶっ殺してやるからなクズ共がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 それから、少女は我を忘れて暴れ始めました。

 魔力が尽きるまで魔法を撃ちまくり、拾った剣で騎士を倒して。

 固有魔法オリジナルを身に着けたのもこの時であった。


 ―――結局、全てが終わった村には歪とも呼べるほどの植物が覆い、辺り一面に転がる死体が目立っていた。

 全てが終わった、子供達はどこだろう。

 そう、少女は村の人が逃げ出してしまった中で一人、黙々と歩き回った。


 そして、ようやく見つけた。

 と、思ってしまったのが悪かったのだろう。


「ね、姉ちゃん……アミが、アミがァ!」

「と、止まらないよ……血が止まらないよ」

「ちくしょう、俺達同じ国の人間だろ!? なのに、なんで殺そうとするんだよ……!」


 自国であるはずなのに、自国の騎士に斬りつけられた。

 しかも、剣に何かを塗っていたのか……傷口を塞いでも血は止まらず、一向に目を覚ます気配がなかった。


(あぁ……どうしよ)


 少女は絶望しそうになりました。

 涙など流れず、ただただ膝から崩れ落ちて天を仰ぐのです。

 そうしても何も変わらないのに、拠り所が壊れてしまったというのに。

 その時だった―――


「もしよければ、私の国で治しましょうか?」


 少女の前に、黒いローブを羽織った女性が現れたのは。


「もちろん、タダでとは言いません。あなたには我が国で存分に働いてもらおうかと思います。主に黒いところで。その代わりと言ってはなんですが、ここにいる子供達の衣食住はしっかりと保証しましょう」


 ―――少女はとても優しく、おおらかで、正義感の強い子です。

 しかし、それはあくまでのみ。


「あ、ははっ……うん、いいよー。なんでもやってあげる」


 少女は笑う。


「黒い部分でも白い部分でもなんでも持ってきなよ。子供達のためにならなんだってやってあげるからさ☆」



 ―――これは、本来語られるはずだった物語。

 すでに変わってしまったストーリーでは決して語られることのない、物語である。

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