レミィVSユージン

 ユージンの固有魔法オリジナルは初見殺しと言っても過言ではない。

 人間の動体視力で追える速度には限界があり、光速で動き回る人間に対処できる動作も不可能に近い。

 その気になれば、ユージンは誰かが声を発した言葉でさえ届かないように逃げることもできる。

 他者がそれをできないように、音速ですら超える力というのは強大かつ無慈悲なものだ。


(こ、これが……あのユージン)


 それを傍から見ていたハルトは呆然としていた。

 一度目に初めて負けた時はいきなりすぎてあまりよく覚えていなかった。

 しかし、今回は改めて目の当たりにする───ユージンという少年の力を。

 一歩踏み込んだだけで抉れてしまった直線上の地面が、ハルトの気持ちを表しているかのようであった。


 もし、あの日言った自分の言葉が実現して、ユージンと決闘をすればどうなるか?

 そんなの、言うまでもないじゃないか。


「これでいいですか?」


 ユージンは手を下ろしてレミィにそう口にする。

 確かに、傍目から見れば勝負は一瞬にして決したとしか思えない。

 けど───


(情報サンプルが少なすぎる……ッ!)


 だからもう少しだけ、抗おう。

 レミィは拳を握り締めて一つユージンに向かって振るった。

 なんの現象も生み出していない拳。ユージンは一瞬疑問が湧いてしまったが、そこいらの女の子が殴る拳などさしてダメージはない。

 だが油断は禁物だと、身を捻ることによってレミィの拳を躱す。

 その時だった───肩口から


「まだ、終わらせないよッ!」


 ほんの少し。ユージンの思考が止まる。

 チラりと視線を向ければ、自分の体から少し大きな木が生えてきていた。

 まるで、肩口から根を生やして顔を出してきたかのように。


(抜くか? いや、根が体に入ってきている。今のところ何も痛みはないが……抜いたあとに自分の体にどう影響するのか分からないな)


 とはいえ、ユージンは冷静そのものであった。

 それは過去に英雄として過ごしてきた人間の経験故か、それとも些事だと割り切っているからか。

 基本、形として残る世の事象は全て術者の魔力に影響する。

 永続的に残したければ魔力を流し続ける必要があり、原型を留めたければ魔力を調整するしかない。

 逆に言えば、魔法士さえどうにかすれば魔法は消えるもの。


 この木は、本当にレミィが「参った」と言えば些事にしかならないのだ。

 故に、ユージンが取る行動は───


「倒す、一択」


 光速で振り下ろす拳は人体を容易に潰してしまう。

 そのため、速度を極力落とした状態でユージンは拳を振り下ろそうとした。

 しかし、何故か


「根ざしている限り、君はもう動けないよ! さぁ、ここからどう来るのかなユージンくんっ!」


 なるほど、と。ここぞとばかりに自分を殴り始めたレミィを見て思う。

 生やしてしまえば必勝の一手。恐らく、彼女の固有魔法オリジナルはそういうものなのだろう。

 刃物でもあれば完璧だ。無抵抗の相手の首を即座に刈り取れるのだから。


(確かに、これは強い……)


 まるで肩だけではない───地面に自分の足が根づいているようだ。

 感覚で分かる。動けない要因は自身の体全てが大きな根によって地面に固定されているから。

 いくらユージンが速くとも、動けなければそれまで。

 いや、厳密に言えば違うだろう。、無理矢理根づいた自分の体と地面を切り離す選択を取らなければならない。


 これがヒロインの中でも初期段階最強のキャラクター。

 成長した主人公にやられはするものの、個では最も苦戦を強いられる相手。

 ストーリー通り進行していたのであれば、レミィがこの時期で負けることはなかっただろう。


 だから───


「えっ?」


 レミィは呆然とした。

 何せ、いきなり自分の視界からユージンの姿が消えたのだから。

 そして、背後から優しく……肩に手が添えられる。


「大したもんだよ、本当に。流石は固有魔法オリジナルを持つ魔法士だ」


 背後を振り向けない。

 何せ、それより……先程までユージンのいた足元が血で濡れていたのだから。

 そこから、その事実から顔が離せなかった。


「ま、まさか……無理矢理動いたの!? まで!?」


 ユージンの取った行動は至って単純。

 音速を超える速度によって生まれた力で自分の体を動かすための『勇気』を持っただけ。

 感覚で言えば、鎖に繋がれた状況で肉が削がれることすら恐れず走り出す行為に近いだろうか?

 自分の体を犠牲にする───簡単なようで、まったくをもって簡単ではない。


「なら聞くが、あのまま無抵抗でやられ続けろってか? 今は手合わせだが、戦場なら心臓に剣を突き立てられてお終いだぞ?」

「そうだけど……ッ!」

「それに、自分の体を犠牲にしなきゃ……守りたいものなんて守れないんだ」


 ビシィィィィィッ! と。

 レミィの体に激しい電流が走る。

 焼けただれるほどではない、体全てが麻痺するまでに留められた電気。

 それを受けて、レミィは力なくその場に倒れてしまった。


「そういった勇気は生憎ともう持ち合わせているんだ。だから、口にする言葉は決まってるよな?」


 微かな力で見上げたユージンの体は、全身から血が零れていた。

 どこかが失くなっているとか、炎症を起こしているとか、そういうものではないが……明らかに重症だと言える見た目。

 にもかかわらず、目の前にいる男は……飄々と、笑みだけ浮かべていた。


(あぁ……これは無理だよね)


 一度目も負けて、二度目も負けた。

 ある程度必要な情報は手に入れられたとしても───


「まい、った……かな」


 こんな化け物に勝てるか。

 レミィは内心、そう悪態ついた。

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