ヒロインと手合わせ

(って、ユージンくんを呼び出したのはいいけど……)


 チラッと、レミィは後ろに視線だけ向ける。

 そこには先程出会ったユージンと、ハルトの姿であった。


『なぁ、なんでお前が了承しちゃうわけ? いくら美少女のお願いでも、残業に新しい仕事を受け入れるキャパはないんだけど?』

『僕との決闘前に君の実力が見ておきたかった』

『せめてその本音を取り繕えよ。そんで詫びてお前が相手しろよ。同僚に仕事押し付けるとか典型的なDQNか』


 ことの経緯は、ユージンに自分が「手合わせしたい」と言ったこと。

 なんでそんなことを言ったのか? それは―――


(聖女ちゃんに手を出す前に、騎士ナイトくんの実力ぐらいはちゃんと把握しておかないとねー)


 レミィは自分でも用意周到な方だと思っている。

 何事も進めるためには石橋を何度も叩き、可能性と危険性を考慮して確実に一点を狙う。

 自分が固有魔法オリジナルを持つ魔法士だろうが関係ない。

 もし聖女に手を出し、相対した場合はどうなるのか? 得意な魔法を向けられた上でどう逃げられるのか?

 今の段階で聖女であるアリスを狙ってもよかったが、追いかけられた挙句に倒されてしまえば意味がない。

 故に、事前に情報収集を行うのだ。


(ウチでも相手にならなかったら、もう一人の魔法士にお願いすればいいさ。結局、ウチが生き残って確実に手に入れられる方法があればそれに越したことはないんだぜ☆)


 しばらく歩いていると、後ろからユージンから声がかかる。


「あのー、先輩。どこに向かってるんですか、これ?」

「ん? 固有魔法オリジナルを持っている者同士が戦っても周りに迷惑がかからない場所さ」

「おい、ハルト。こういうところを見習えよ」

「僕だって次はちゃんと場所ぐらい選ぶ!」


 どうして二人が戦うことになっているのかは分からない。

 しかし、今はそんなことを気にしていても仕方がなかった。


(できるだけ、情報を集める。ためならなんだってしちゃうよ)


 しばらく歩くと、校舎がある場所から反対にある外壁まで辿り着いてしまった。

 暗く、それでいて人気も何もない場所。広々とした場所は人が滅多に来ないからか、整備があまりされていなかった。

 確かに、この場所であれば少しワンパクをしても誰も気づかないだろう。


「着いたよー! ここならギャラリーさんの目もないし、プライバシーさんから色々守れるよね♪」

「いや、まぁそうなんですが……なんだろう、先輩の笑顔が酷く重たく感じるこの感覚は」


 きっとやりたくないから故だろう。

 楽しみだと言わんばかりに目を輝かせるハルトとは大違いだ。


「期待しています、先輩!」

「仮にも同級生だろうが、味方はこっちだろ。美少女に鼻の下を伸ばしてんじゃねぇよ、うぅん?」

「いひゃいいひゃい、ほっぺがひぎれる……ッ!」


 苛ついたユージンがハルトの頬を思い切り抓った。

 その様子がどこかおかしく、レミィは思わず笑ってしまった。


「ははっ! いいね、君達やっぱり面白い! まぁ、時間も限られてるし……早く始めよっか」


 レミィがうるさい心臓の鼓動を悟られないよう、ユージンから距離を取る。


「ルールは相手が「参った!」って言うまでにしよっか。気絶するぐらいまでやってもいいけど……」

「手合わせでしょ? なら別にそこまでしなくてもいいんじゃないですか? 美少女を眠りにつかせたとかなれば、夜な夜な眠られなくて白馬の王子様を目指したくなりそうです」

「その時は、優しいキスで起こしてね♪」

「もう気絶まででいいと思う」


 美少女とのキスは面倒事を遥かに上回ったようだ。

 しかし、すぐさま鼻の下が伸びたユージンは頬を叩いて気持ちを入れ替える。


「一応改めて聞いておきますけど、そもそもどうして俺と戦いたいんですか? ぶっちゃけ、ここのハルトでもいい気がしますが」

「そりゃ、固有魔法オリジナルを持っている生徒なんて滅多にいないしね。教師だって一人しかいないし、もっと上を見ればこの箱庭の中には学園長しか持っていない。好奇心が煽られるのは当然だと思うぜ?」


 もちろん、嘘である。

 ただ聖女の騎士ナイトの実力を見て、今後に生かそうと思っただけだ。

 だが、そんなこと言うわけがない。

 自分でも整っている方だと自覚している顔で、レミィはにっこりと笑った。


「……まぁ、気持ちは分かります」

「でしょ?」

「どうせそんなに時間はかからないんだ。これ以上駄々をこねるより美少女とのダンスを楽しんだ方がいいな」


 ユージンは横にいるハルトに目配せをして、下がるように促す。

 それがようやく始まりだと理解するのに、さして時間はかからなかった。


「じゃあ、このコインが落ちたら始めってことで」


 そう言って、レミィは懐から取り出したコインを放り投げる。

 何回転か。放られたコインは弧を描いてユージンとレミィの間へと落下していく。


(さぁ、噂の悪名高い君の実力を見せておくれよ!)


 そして—――カツン、と。乾いた音が響き渡っtジジッ。

 ジジジジッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッ!!!


「……へ?」


 落ちた。そう、認識していただけのはず。

 激しい風がいきなり吹き抜け、辺りの地面が一気に抉られたと―――そう感じていた時、何故か姿が映った。


「言っておきますけど」


 正面に現れたユージンはゆっくりと下ろす。


「初見で俺を倒せる相手って、それこそ前の勇者しゅじんこうしかいないんっすわ」

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