新しいお友達

 第二部の物語は着々と変化していっている。

 それはユージンが悪役らしい振る舞いをしていないという点が大きく、他者に優しさを向けられるほどの実力を兼ね備えた結果だろう。

 そして、今から起こる一幕もまた……ストーリーにはなかったものだ。


「アリス」

「なんでしょう」


 誰もいなくなった教室で、ユージンは深刻そうな顔をしながら正面へと座るアリスに尋ねる。


「君は友達がほしいか?」


 その言葉に嘘偽りも茶化しもない。

 真剣に、それでいて訴えるかのように投げかけられる。

 それを受けて、アリスは息を飲みながらも真っ直ぐに応えた。


「ほしい、です」


 アリスは特待生という枠故に嫌われやすい。

 人懐っこい性格と優しい心のおかげで最近は話しかけてくれるような人間も増えてきたが、アリス的にユージンを馬鹿にする人はお断り。

 そのため、今の今まで友人とも呼べる人とは正面に座る男の子以外にはいなかった。

 ほしくないわけがない。せっかく学園に入れたのに、仲がいいお友達が少ないのは寂しいものがあるからだ。


「本当に?」

「はい」

「本当の本当に?」

「はいっ」

「本当に、君は友達がほしいのか!?」

「はい、ほしいです!!!」


 アリスの熱の篭った言葉にこちらも嘘偽りはなかった。

 だからからか、ユージンはフッと口元を緩める。

 すると、昂った気持ちのまま勢いよく立ち上がった。


「ならばその想いに応えてやろう! この人こそが、君の友達になってくれる人物だ!」


 そう言った瞬間に、教室の扉が一気に開け放たれる。

 そこから姿を現したのは、昨日ユージンの部屋にいたセイラであった。


「とくとご覧あれ───セイラ・シュリアガンさんです!」

「なにこの茶番?」


 タイミングよく入ってきてくれと事前に言われていたセイラは引き攣った頬を見せる。

 一方で、何も知らされていなかったアリスは瞳を輝かせながら両手で拍手をしていた。


「やっぱり、自己紹介は派手にやらないとと思ってな。人間、初めのインパクトが大事だろ? 飾りつけは間に合わなかったから、せめてムードだけでもどうにかしようかと」

「その声が聞こえながら廊下に立っていた私の気持ちが分かる?」


 さぞ恥ずかしかっただろう。

 ほんのりと赤くなった耳を見ればよく分かる。


「嬉しいですっ! 私の名前はアリスです!」


 アリスが立ち上がり、満面の笑みを浮かべながらセイラの手を取った。

 その姿を見て、セイラは耳から頬まで赤みがさし始める。


「なんなの、この生き物……めちゃくちゃ可愛い」

「だろ?」


 流石のヒロインも、メインヒロインの笑顔には何か心にくるものがあったようだ。


「ですが、どうして私とお友達になってくれるんですか? 面識はなかったんですけど……」

「それはあなたが───」

「ちょぉぉぉっと、待った!」


 セイラが言いかけた瞬間、ユージンがセイラの腕を引っ張ってアリスから離れた入り口へと向かう。

 そして、耳元に口を近づけてヒソヒソと小声で話し始めた。


「(な、なんで顔を近づけるのよ……!)」

「(アリスには可能な限り普通の学園生活を送ってもらいたい。だから、できるだけアリスには自分が狙われている要因を教えたくなない!)」

「(はぁ……なるほどね。じゃあ私がって話はオフレコってことで進めればいいわけ?)」

「(その通りだ。あいつも学園生活を楽しみにしていたから───)」


 そう言っていた時だった。

 ガラガラ、と。教室の扉がまたしても開かれる。

 姿を現したのは、この世界における主人公であるハルトだ。


「話は聞かせてもらったよ」

「聞くなよ」


 なんのために小声で話したと思ってんだ、と。

 ユージンはさり気なく流れるように舌打ちをする。


「っていうか、どうしてここにいるんだ、てめぇは? 生徒は全員帰っただろ?」

「いや、君との決闘の日時を伝えようと思って捜していたんだ。そしたら、ここでそんな話が聞こえてきてさ」


 このベストタイミングも主人公補正なのだろうか? ユージンが疑問に思っていると、ハルトは屈んで二人に顔を近づけた。


「(詳しい話は知らないけど、どうやら彼女を守らなきゃいけないみたいだね)」

「(平然と話に入ってくるんだな)」

「(もちろん。だって、し)」

「(…………)」


 これが主人公というものなのだろう。詳しい話も聞いていないし、一度殴られた相手であっても困っていそうなら放っておけない。

 ある意味、ユージンやセイラと似ている。

 しかし、それはあくまで事情を知っているから手を差し伸べているからであり、親しい人間が困っているからこそ差し伸べるものだ。

 騙されやすそうな性格だと思うが、これこそが無償の優しさと言っても差し支えはない。

 ようやく主人公らしさを見て戸惑うユージン。

 そこへ、セイラが耳打ちを始めた。


「(せっかくだったら、ハルトにも協力してもらったら?)」

「(はい?)」

「(ハルトだったら腕っ節も問題ないでしょうし、あの子に何かしようなんて思わないでしょ)」


 二人はどうやら知り合いのようだ。

 まぁ、二人共生徒からの人望も人気も厚いのであれば当然かもしれない。

 だが、それは現時点で何も関係がな───


(いや、待てよ……案外アリなんじゃ?)


 ストーリーもシナリオも覚えていないが、本来はメインヒロインと主人公が出会い、仲を深めて進んでいくもの。

 確かに、狙われる聖女から身を挺してまで守ろうとしたハルトが原作通りなら、きっと協力的にアリスを守ってくれるだろう。

 一人より二人、二人より三人の方がアリスを守れる可能性は高まる。

 ハルトのことは正直何も知らないし、突っかかってくるため気に食わないが……その点だけは信用できるはずだ。


 しばらくユージンが考え込むと、意を決したかのように頷いた。


「(あい分かった。肉壁として協力してもらおう)」

「(肉壁!? い、いや……守るならちゃんと前に出て命をかけてでも守るけどさ……)」


 そうと決まれば、と。

 ユージンは立ち上がって先程からこちらを見て首を傾げるアリスに向かって言い放った。


「というわけで、新しくアリスのお友達になってくれるハルトくんだ」

「え、嫌です」


 ―――そういうことで、アリスを守る人間が更に増えたのであった。


 なお、ひっそりと心に傷を負った男の子の姿が教室にあったのだが……それはもはや関係のない話だろう。

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