レミィ・シュアル

 レミィ・シュアル。

 そう名乗る少女は突然現れてはにこやかな笑みを浮かべ続ける。

 一方で―――


「我にも春、来たり……ッ!」

「(ユージン、これは怪しい勧誘か誘致だと思うの、絶対にモテ期とか一目惚れとかそういう枠じゃないと思う)」


 天を仰ぎ、感涙してみせるユージンとヒソヒソとポケット越しに蹴るリュナ。

 自己紹介をされた時の反応にしてはかなり差異があるように思えた。


「さぁお嬢さん、どこへ行こうか? レストラン? 海の見える丘? 綺麗な夜景が見える時計台? 今なら淑女の味方くんはお財布の紐が緩くなっちゃうぞぅー?」

「あれれ、ナンパ? やだなー、どこ行っちゃう? 私は気に入った男の子だったらどこでも行けちゃうタイプたぜ☆」

「(だから! やめろって! 言ってるじゃんッッッ!!!)」


 婚約者がいるというのに、鼻の下を伸ばすユージンはなんともだらしない。

 とはいえ、実際に婚約者という実感が湧かないのだから女の子に靡いてしまうのも無理はないかもしれない。

 ポケットの中に小さな二百年を生きる女の子がいるが、そこは割愛。

 決してボディに差があったからとかそういう理由ではないはずだ。


「(っていうか、早くアリスのところに行くんじゃないの? メスに寄り道して取り返しのつかないことになったら、歴史に残る恥として教科書載っちゃうよ!?)」

「(おっと、そうだった。つい立っているだけでは絶対に寄ってこない可愛い子ちゃんだったから)」


 ユージンは軽く頬を叩いて伸ばしていた鼻を戻す。

 そうだ、今は来たる春なんかよりも守らなければならない者がいるのだ。


「えーっと、先輩でしたよね? 申し訳ないですけど、ちょっと俺先を急いでまして」

「えー、もうちょっと話そうよ……って言いたいところだけど、ウチはそこまで礼儀知らずじゃないさ」


 レミィは一歩横へズレると、小さく手を振ってユージンの道を開ける。


「すみません、せっかく話してくれたのに」

「にししっ、君は噂とは違って礼儀正しい子だったんだね~。気にしなくておけ、元より私が勝手に声をかけちゃったんだからさー」


 しかし、レミィはにっこりと笑った状態でユージンの耳元に口を近づけた。

 そっと零れる甘い吐息と少し高い声がユージンの耳に響く。


「じゃあ、またどっかで話そうね、可愛い後輩くんっ♪」


 これが歳上の余裕というものだろうか? 転生前を含めると長い人生を歩いてきたユージンですら思わず耳を押さえて顔を真っ赤にしてしまう。

 小悪魔のようだ、そう印象付けるのに時間はかからなかった。

 レミィはそう言うと、ユージンの反応に構うことなく大きく手を振って廊下を走り去っていってしまった。


「あ、嵐のような小悪魔も、それはそれで乙なものが……」

「……ユージン、あとで色々お話がある。主に異性関係とか一つ上の先輩に対する挙動とか、パートナーがいる人間がしちゃダメな発言とか」

「それ、全部一括りにしちゃダメなの?」


 とりあえず、今の一連の流れで物申すことがあるようで。

 ポケット越しに頬を脹らませるリュナを見て、ユージンは苦笑いを浮かべた。


「しかし、この前の一件が結構尾を引いている感じかね? まさか今絶賛話題沸騰中の芸能人に声をかける猛者がいるとは」

「本当に詐欺とかじゃないの? たまに貴族の人間が可愛い女の子の尻尾を追いかけ回して財布に穴が空いたってこの前、新聞に書いてあったし」

「なら女狐が入り込まないよう学園を徹底してくれよ。騙されたらリュナのせいってことで」

「女の尻尾にほいほいついて行くユージンが悪いと思いまーす」


 そんな軽口を叩きながらも、ユージン達はアリスを探して廊下を歩いて行く。

 どこにいるかは、正直おおよそも検討はついていい状態で。


「結局何を話したかったのか分からなかったし、どんな要件だったのかも分かんなかったな」

「そうだね」

「でもさ、ちょっと意外だなって思ったことがあるんだけど言っていい?」

「あ、奇遇だ。といっても、学園長の私にとってはちょっと嬉しい方面で意外だったって話だけど」

「じゃあ、せーので言うか」

「うん、そうしよっか」


 せーの、と。

 ユージンとリュナは顔を見合わせないまま一斉に口にした。


「「この学園にまさかな(ね)」」



 ♦♦♦



「いやぁー、あれが噂のクズユージンくんかぁー」


 レミィはユージン達と別れると、校舎の屋上へとやって来ていた。

 心地よい風が髪を靡かせ、ちょっとした青春の一ページに刻まれそうな絵のように映る。


「なんでさー、あんな人に聖女ちゃんは懐くかね? ハルトくんの方が健全だぜって言ってやりたいぐらいだよ」


 レミィの独り言は誰にも届かない。

 この場に誰もいないのはすでに確認済みであり、しっかり扉を施錠しておいたから。

 だからこそ気兼ねなく独り言を呟けるのだが、その表情は苦笑いだ。


「……私、もしかしたら死んじゃうかも」


 何せ―――


、彼。どんな生活を送ってきたらあの年齢で私以上に汚れちゃうのかにゃー?」


 その疑問には誰も答えない。

 そうさせたのは自分で、そういう場所にやって来たのも自分。

 だけど、今だけは少し……しっかりとした解答がほしかった。


「はぁ……大人しく聖女ちゃんにあの子を治してもらおうかなぁ。いや、でもそうしたら間違いなくあの子もウチも殺されちゃうし。この話を仮に受けなくても聖女に関わった時点で流石に反旗をって言われるよねぇー」


 そもそも、話を持ちかけられた段階ですでに牽制されている。

 受けなくてもいいが、連れてこないまま勝手に治したらそれは裏切りだろ、と。


「まぁ、あの子があっちの国にいる時点で治すんだったら連れていかなきゃならないんだ。結局、我を通すならどっちにしろやることは変わんないさ」


 裏稼業は大変だぜ───

 そう言って、レミィは小さく苦笑いを浮かべるのであった。


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