守ってくれる人
さて、アリスはどこかな? と。図書館を出てユージンは廊下を歩く。
この世界での悪役の立ち位置は本当に凄まじい。歩いているだけでヒソヒソと話され、侮蔑の篭った視線を向けられながら距離を置かれるのだから。
『ねぇ、聞いた? なんかあの無能がこの前、学園にやって来た襲撃者を倒したんだって』
『俺、その時いたけどさ……凄かったぜ。何が起こったか分かんなかったんだもん』
『いやいや、気のせいでしょ? あの無能が何かできるわけないって』
しかし、それも先の一件によって少し変化した。
興味、驚きが含まれるようになり、あからさまな侮蔑も少なくなった。
とはいえ、まだまだかなり侮蔑しきった視線があるので鞭を向けられるのが好きな人間でなければ喜ぶことはないだろう。ルーグとしてのユージンであれば少しぐらい喜んでいたのかもしれないが、今は周りの反応無視一辺倒を貫いているので、そもそも何も湧いてこない。
「今言うけど、アリスを四六時中守るって結構大変だよ?」
周囲の生徒に見られない程度で顔を出すリュナが胸ポケットから口にする。
「まぁ、普段は俺が一緒にいるからなんとでもなるが、それ以外はなぁ……流石にお風呂まで一緒にいたら───」
「ナニカイッタ?」
「……こういう人間に怒られちゃうからな。紳士淑女の味方は別の方法を模索するよ」
ハイライトが消えた目を向けられたような気がした紳士淑女の味方は別の案を考える。
決して背筋に悪寒が走ったとか、過去に殴られたとかそういう理由ではない。えぇ、決して。
「私も一緒にいられたらいいんだけど、学園長としての仕事とか立場もあるから目を離さなきゃいけない時は出てくるからなぁ。それに……」
「それに?」
「あの子と一緒にいたら私は玩具にジョブチェンジしなくちゃいけなくなる……ッ!」
可愛い子大好きアリスちゃん。
その子と一緒にいるのは、何やらリュナにはトラウマ級の何かがあるようだ。
ポケットが先程からカタカタと絶妙に震えている。
「となると、できるだけアリスと一緒にいられて、かつ同性を探さなきゃいけないか……」
「あと、この話を口外しないような口の固い人で、誰かから身を守ってくれそうな強い人じゃないと」
「……俺の知り合いにいると思う?」
「優しい嘘と悲しい現実……どっちがいい?」
「分かるよ、その発言自体が悲しい現実なんだってことぐらい」
無条件で誰かを助けようとしてくれる優しい人。腕っ節も強く、義理も口も固い人間。
これだけでも難しいのに、クズなユージンにまともな人脈がいないことをプラスアルファすればほぼ皆無だ。
リュナの知り合いに頼み込んでもいいだろうが、基本的に大人を用意することになる。
四六時中ということは、年齢は学生が好ましい。
アリスに普通の学園生活を送ってもらいたいという大前提がある以上、本人だけでなく周囲にも勘づかれそうな相手だと厳しいものがある。
(さて、どうするべきか……)
アリスに自衛の術を学んでもらうか? いや、それだと時間がかかりすぎる。加えて、アリス無詠唱という段階まで行っているが、あくまで治癒。戦闘向きではない。
であれば、聖女だと知っている人間を潰して根源を断つか? いや、漏らした人間がすでに足を洗ってしまった以上、情報源の特定が難しい。加えて、襲ってきた相手はもう自死している。
特定するのであれば、新たに襲ってきた人間から聴衆するしかなくなるが、それだと一度はアリスを囮のように扱わなければならない。
親しい人間が傷つくことが嫌いなユージンはできれば避けたいと考えていた。
そして───
「……いや、一応いるにはいるか」
ある一人の人間が脳裏に浮かんだ。
「え、いるの? ユージンに? あのユージンに?」
「ばっか、繰り返すんじゃありません。俺のせいじゃないのに俺のハートがヤスリで擦られちゃうでしょ」
「で、でも……大丈夫? 最近は結婚詐欺とかオレオレ詐欺とか友人詐欺とか流行ってるみたいだし……」
「騙された前提で話さないでくれますゥ!?」
あの嫌われ具合いが凄まじいユージンに、そんな知り合いがいることが余程信じられないらしい。
親しいリュナから向けられる純粋な心配の瞳が胸をヤスリどころかバーナーで炙られているような気がした。
「……俺にだっているのにはいるさ。といっても、俺が何をしたわけじゃなくて元のユージンくんの知り合いなんだがな」
「……余計に心配なんだけど」
「大丈夫だ、多分な。何せこんな俺ですら見捨てられないぐらい優しい女の子ってだけなんだから」
そんな人いるんだ、と。
リュナは小さく呟いてポケットの布部分に顔を隠した。
(一回会ってるはずなんだけど……酒が回ってたか?)
ユージンは小さく首を傾げる。
その時───
「あ、いたいたー!」
ふと、正面から走ってくる人影が見えた。
美しいような可愛らしいような端麗な顔立ち。サラりとした茶色い長髪が特徴的な女の子。
笑顔を浮かべ、その足はユージン達へと近づいてくる。
「ねぇねぇ、君ってユージンくんでしょ!?」
目の前まできた少女はググッと顔を近づけた。
それに対してユージンはいきなりのことだったのか、思わず一歩下がってしまう。
「そ、そうだが……お前は?」
「あ、ウチのこと? ふふっ、さて誰でしょう───って言いたいところだけど、初対面でクイズ形式って馬鹿らしいよね。答えなんかフリップに書かれてないと分かるわけないんだもん」
少女は一歩距離を取って、襟首を整える。
すると、活発な笑みを浮かべながら小さく頭を下げるのであった。
「ウチの名前はレミィ・シュアル。君の一個上の先輩ですっ!」
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