図書館で

 ユージンは比較的一人になりたいことが多い。

 外で昼食を取っていた時と同じ理由ではあるが、どうしても好き好んで噂される場所へ行こうとは思えないのだ。

 放課後は自室に戻って寝て食べての自堕落タイムを謳歌してもいいのだろうが、ある時ふとユージンは思った―――俺、百年後の世界のことあんまり知らなくね? と。


 というわけで、ユージンは放課後に一人、図書館へとやって来ていた。

 ちなみに、アリスは授業でお話しするようになった生徒達と少しお話してくるらしい。


「歴史的な資料があればいいんだが……」


 図書館というのはなんとも面倒臭い。

 昔からそうであったが、どこに何があって何を選べばほしい知識が詰まっているのか探さなければいけないからだ。

 こういう時にリュナがいればよかった。しかし、生憎と今はお仕事中。

 久しぶりに一人の時間を満喫しているわけではないが、誰もいない時間を味わっていた。


「世の技術はもうちょっと成長してくれないもんかね? 脳内のイメージを勝手にスキャンしてくれるとか……いや、そんなことになったら思春期男子のピンク色な妄想から生まれた検索結果が露出してしまう羽目に」


 そうなってしまえば、世の男子は女子から「キャー!」間違いなしだ。

 やはり画期的技術の背景にはデメリットが付き物。自力で探す気持ちが強くなったユージンであった。

 その時———


「わっ」

「わっ!?」


 いきなり背後から声をかけられたことによって、棚を眺めていたユージンの肩が思い切り跳ね上がる。

 振り返れば、そこにはクスクスとおかしそうに笑う赤髪の少女がいた。


「ふふっ、驚きすぎじゃない? あなた、意外とバラエティの素質があるわね」

「……褒めるのは嬉しいけど、まず詫びろよ。知ってるか? 驚かすと人の寿命は縮まるんだぜ? 名のある著名人ほど「命は大事に」って口酸っぱいんだから」


 セイラの姿を見て、ユージンはげんなりとする。

 一人の空間がなくなったことは嬉しいが、悪びれる様子もない態度には辟易してしまう。


「それで、どうしてあなたはここにいるの? 珍しいって言葉がいい具合に口から出そうなんだけど」

「そこまで言ってるんなら、もうお口から飛び出てるよ。俺だってたまにはお勉強に勤しむ時ぐらいだってある」


 セイラは離れる様子がない。

 ユージンの横に並び、一緒に眺めていた棚を見上げる。


「そっちは? お友達百人目指さなきゃいけないんじゃなかったっけ?」

「生憎と、百人なんか勝手に作れるわ」

「そりゃ羨ましいことで」

「思ってもないくせに……私だって、たまには図書館に来ることぐらいあるわよ」


 ユージンとは違い、周囲の生徒からの人気が凄まじいセイラ。

 流石はヒロインといったところだろうか。クラスが違うから普段をよく知らないが、どうやら彼女の中では友達は作るものではなく勝手に作られるものらしい。


「探しものがあるなら私も探すの手伝ってあげましょうか?」

「三人寄ればなんとやらってやつか。いいだろう、ちょっとした歴史の本を探しているんだが、手伝って―――」

「これでいい?」

「……三人寄ればっていうより、単に知識があるやつを連れてくればよかったのか」


 すぐさま見つけてくれたセイラに、ユージンは苦笑いを浮かべる。

 その間、セイラも近くにある本を手に取った。


「それじゃ、私はあっちで読むわね」


 そう言って、セイラはすぐさま背中を向け始めた。

 婚約者とはいえ、相手はクズで有名なユージン。一緒にいるところなど見られたくはないだろうし、一緒にいたくもないだろう。

 そう思ったユージンは小さく「ありがとう」と言いながらも少し寂しさを覚えた。

 しかし―――


「言っておくけど、別にあなたと一緒にいたくないわけじゃないわよ?」

「は?」

、本って互いに集中して読みたいじゃない?」


 ユージンの湧いた寂しさを感じ取ったのか、セイラは見惚れるような笑みを浮かべた。


「あの時言った言葉は嘘じゃないわ。あなたが一人になる時は必ず傍にいてあげるから―――勉強する時は、互いに集中した方が身になるでしょう?」

「……そんなに顔に出てたか?」

「ふふっ、寂しがり屋な婚約者を持って私も苦労するわね。また今度、時間ぐらい作ってあげるわよ」


 それじゃ、と。セイラはもう一度ユージンに笑みを浮かべると棚の角を曲がっていってしまった。

 見放されているわけでもないし、先程のセイラからは嫌われている様子もなかった。

 むしろ優しさと温かさを向けられているような気がして、ユージンの胸が少しふわふわする。


「……マジで今までのユージンは何やってんだよ」


 あんないい婚約者がいて、と。自分の中身に対してユージンは愚痴った。

 その瞬間、タイミングがいいのか悪いのか、ユージンの胸ポケットからいきなりふくらみができる。

 そして、人形のような可愛らしさを纏ったリュナがひょっこりと顔を出した。


「ユージン」

「ん? どったよ、リュナ? 今って仕事なんじゃ―――」

「やられた」


 少し悔しそうな顔を見せるリュナに、ユージンは首を傾げる。


「アリスの試験を担当してた試験官がいきなり姿を消しちゃった」

「……特定される前に足を洗っておこうってことか。なんともパパラッチを恐れる芸能人らしい人間だな」

「これじゃあ、話も聞けないよ。ごめんね、ユージン」

「気にするなって、おかげではっきりしたじゃないか」


 ユージンはせっかくセイラが見つけてくれた本を棚に戻すと、そのまま図書館の出口まで歩き始めた。

 この機会にちゃんと勉強しておきたかったが、この際仕方がない。



「さて、各種方面から再来の聖女アリスが狙われているとなれば、俺達の方針はタレコミで有名になった彼女を守ることだな」

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