決闘の申し出

 ある日の昼休憩。

 極力誰かの視線がある場所を避けたいユージンくんは春風が吹き抜ける庭園で食事を取っていた。

 最近ではいつもの面子と化したアリスに、胸ポケットに入って睡眠を取っているリュナがこの場にはいる。

 そして今日は、珍しい来客が現れていた―――


「あれから、君が言っていたことをよく考えていたんだ」


 同性からの妬み、嫉みを一身に受けそうな端麗なイケメンフェイス。

 この作品の主人公であるハルト。

 ゆっくり、何かを告白するような表情で語る彼に、ユージンは真面目な表情で聞いていた。


「確かに、僕は一方的に決めつけていただけかもしれない」

「おう」

「君はもしかしたら今まで実力を隠してきただけで、本当は実力者の可能性もあった」

「うんうん」

「けど、今までの噂も、僕が見てきた君も「あり得ない」が先に出てしまうもだった」

「……そっか」


 いがみ合っていたはずの二人。

 先日の討論を経て、何か変わったのだろうか? 今はいがみ合う様子もない。


「僕はどちらが真実でどれが勘違いだったのか、あれから考えても分からなかった。ただ、一方的な偏見で語っちゃいけない。実際に皆を助けてみせた君には感謝して然るべきだと思う」


 そう、だから―――


「僕と決闘しようッッッ!!!」

「なんでやねん」


 関西的なツッコミが入ってしまった。


「実際に相対してみれば君の実力が分かるだろう!?」

「だからって実直すぎるだろ!? お前はあれか、見たことのないキノコがあったら食べて実証してみないと分からないタイプなのか!? ありがとう、おかげで椎茸は食用になったよ!」


 確かに戦ってみれば分かるのは分かるだろう。

 しかし、それで戦おうという話になるか? やめろよ面倒臭いんだからマジで。注目されるしブーイングされるし。


「やれたくねぇよ、一人でやってくれよ……俺は過重労働者なんか目指してねぇんだよ」


 帰れ帰れ、と。ユージンはハルトに向かって手を振る。

 すると、その時横にいたアリスがいきなりユージンに向かって顔を近づけてきた。

 端麗な顔立ちが眼前に迫り、甘い香りが鼻腔を擽ってユージンの胸が一瞬だけ高鳴ってしまう。


「ユージンさん、やりましょう!」

「やりましょうって……どうしてアリスが食い気味なんだよ?」

「ハルトさんが怪我をすれば魔法の研究が捗ります!」

「狂気」


 他人の怪我で実験をしようとする発言には性格の歪みを感じられた。


「いや、でもそれはアリだな……怪我をすれば直してアリスの治癒の研究ができるし、ハルトも満足して俺の下から離れてくれる。アリなのでは? 意外と猟奇的発言は的を射ているのでは?」


 考えれば意外と悪くない。

 労力とバッシングは間違いなく発生するだろうが、この際アリスの成長と今後の面倒事を考えれば一石二鳥に進化する可能性がある。

 ユージンの心が前向きに変わった。

 というわけで、ユージンはアリスから顔を離してハルトの方を向いた。


「片腕と片足ぐらいはなくなってもいいよな?」

「よくないけど!?」


 こっちもこっちで猟奇的な発言である。


「何言ってるんだ、それだとアリスのためにならないだろ」

「僕が腕と足をなくなったらどうして彼女のためになるんだ!?」


 治癒の魔法を持っていると露にも思っていないユージンは猟奇的発言に驚く。

 何せいきなり決闘から自身の人体に大きく影響される話に変わってしまったのだから。


「ユージンさん、欲を言えばもう少しほしいです」

「だそうだ」

「だそうだ!?」


 アリスはハルトに何か恨みでもあるのだろうか? 発言に悪意を感じる。

 その証拠に「だって、私はまだユージンさんのこと悪く言ったの許してないんですから……」という呟きが聞こえてきた。


「まぁ、決闘はしてやるよ。ありがたく思え」

「……今の話を聞いてありがたいなんて思えないよ」


 自分から持ち掛けた話ではあるが、なんとも微妙な心境になってしまったハルト。

 しかし、ユージンの実力を知りたいという好奇心が勝ったのか、ゆっくり頷いた。


「あと、できたらギャラリーがいないところでな。プライバシーさんは労わってやらないと拗ねて大事な時にやって来てくれねぇんだから」

「わ、分かった」


 ハルトはそう言うと、小さく「ありがとう」とだけ言い残してその場から去っていってしまった。

 やっと騒がしくなくなった……いや、騒がしくしていたのはアリスとユージンなのだが、その場に静けさが戻っていく。


「これでいっぱい練習できますね!」

「そうだな……って、どうしてそこまでやる気なんだ? 無詠唱で使えるぐらいなら、今の歳なら充分だろ?」


 学生の間で無詠唱なら、普通は満足してしまいそうなもの。

 ユージンは周りの環境と周囲の評判のせいで向上を目指したが、アリスには必要のないもののように思える。

 だからこそ首を傾げるのだが、アリスは小さくはにかんで答えた。


「私、孤児出身なんです。それで、いつかいっぱいお金を稼いで孤児院の皆にいい暮らしをさせてあげたいんです」

「……そっか」


 なんともアリスらしい理由だ。

 ユージンは微笑ましく感じ、思わずアリスの頭を撫でてしまう。


「優しいな、やっぱり。そういうやつは好きだぞ」


 伝わるのは温かい感触と温かいユージンの眼差し。

 それを受けて、アリスは―――


「……ユージンさんにそう言ってもらえると、とても嬉しいです」


 頬を染めて、少しだけ顔を逸らしてしまうのであった。

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