魔法講義
「実は、アリスの魔法が治癒なんだ」
「なんだって……ッ!?」
主人公を論破したその日の放課後。
ユージンは運動服に着替えた状態で横に立つリュナにそう口にする。
一方でリュナはアリスの魔法を聞いてこれでもかというぐらいに驚いた表情を見せた。
そして、すぐに何か考え込むようにブツブツと呟き始める。
「待って、でも治癒の魔法は希少だけどそこまで驚くことじゃないよね。特待生で入るぐらいだし、隠れた才能があっても不思議じゃ―――」
「ちなみに無詠唱」
「嘘だよね!?」
リュナがもう一度驚く。
それほどまでに治癒の無詠唱は希少であり、魔法士として頂に座っているリュナですら信じられないものだ。
「だからさ、もしかしたらこの前の襲撃者ってアリスを狙った人間じゃないかなーって。宝石がそこら辺に転がっているって分かったら貪欲な人間は急いで取りに来るだろ?」
「も、もし今の話が本当だったら聖女の再来だよ……話は確かに合うけど、未だに信じられない」
―――聖女。
勇者が魔王を討伐する際に現れた教会所属の少女。
その存在は多くの人間を癒し、どのような傷でも治してみせたという。
第一部では主人公が魔王を討伐したが、聖女が現れたのはその前……つまり、過去に討伐しようと試みた際に命を落とした。
以来、主人公が魔王を討伐してから一度も聖女が現れることはなかった。
でも、もし今聖女が現れたら? しかも、どこにも所属していないごく普通の平民が聖女だったとしたら?
人類共通の敵がいなくなった今、各国がほしがるのも無理はない。
聖女がいるだけでどれだけの恩恵を受け取ることができるかなど、再生の力を見れば一目瞭然だ。
「まぁ、そこら辺の審議は実際に見て判断ってことで」
ユージンは軽く手を振った。
すると、いつの間にか訓練場の入り口に姿を現していたアリスがトテトテと可愛らしく駆け寄ってくる。
「ユージンさん、今日はよろしくお願いします!」
「おう、よろしく」
どうやらアリスは魔法を学びたいらしい。
学園の授業でも魔法は学べるが、あくまで講師として立っている人間は魔法を熟知した者。
魔法を極めた者が目の前にいるのであればそちらにお願いしたいというのは、向上心がある生徒であれば普通の考えだ。
「あれ? 学園長様も一緒なのですか?」
「う、うむ……一応、妾も魔法を極めた吸血鬼じゃからの」
「わぁっ! ありがとうございます! これほど贅沢な授業は中々ありません!」
目を輝かせるアリスに、頬を引き攣らせるリュナ。
眼前にいる少女が聖女の生まれ変わりだと知って反応に困っているのだろう。
「放課後の時間は貴重だし、さっさと始めるか。できればギャラリーのいない時間に終わらせたいしな」
そんなリュナを無視して、ユージンは軽く腕を振った。
すると、天から青白い雷が降り注ぎ、訓練場の地面に軽い穴と焦げ臭い匂いを生み出す。
「きゃっ!」
「俺の
なるほど、と。
いきなり降り注いだ雷に驚いていたアリスは真剣に顔を向ける。
「普通、魔法って言うのは詠唱から無詠唱、そして
「わ、私は一応無詠唱で魔法が使えます!」
「そう、だからアリスはもう一歩上の段階に進める権利を有している。今思えば、無詠唱以上の講義なんか学園にはないだろうな。退屈になって俺に話を持ってくるわけだ」
向上心のあるアリスがユージンに教えを乞う理由。
至って単純な話で、講義の内容が退屈すぎるから。
無詠唱は
学生がその域に手を出せるわけもなく、まずは詠唱から熟知させるよう講義は組まれていた。
アリスが飛び抜けて才能があるだけ。
それも―――
「治癒の魔法は希少だ。だから俺もいまいち教える内容に自信はないが、まずは治癒の魔法に何があってどんな種類があるかを見つけるところから始めよう」
「どうしてですか? 私、今はちゃんと一つ使えますけど……」
「上に行くなら
アリスはまたしても納得したのか首を縦に振る。
ユージンの言っていることをちゃんと理解しているようだ。
「というわけで、さっき俺が壊したそこの地面を直しながら試行錯誤してみてくれ。とりあえずはそこからでいいだろ」
「了解です、ユージンさんっ!」
アリスは可愛らしく敬礼すると、そのまま壊れた訓練場の箇所まで走っていった。
そして、淡い光を手のひらから生み出すと、みるみる地面が先程の光景へと戻り始めていく―――
「嘘……ユージンの言ってることが本当だった」
「だろ?」
「……確かに、誰かが情報を掴んだなら犯行動機も頷ける。外聞関係なしに学園を襲った理由の信憑性も高い」
リュナが真剣な表情でアリスを見守る。
「できればさ、アリスには普通に生活してほしいんだよ。だから―――」
「分かってる、ユージンがそう言うんだったら特別私は何もしない。これからは一緒にいて守ってあげた方がいいと思うけど」
「……助かるよ、相棒さん」
話が早く、こちらの意図も想いもしっかり汲み取ってくれる。
流石は相棒。過去から傍にいてくれた少女だ。
打ち明けてよかったと、ユージンは内心で安堵する。
「でも、おかしいよね」
「あ? 何が?」
「だって私は学園長だよ? そういう力が合ったんだったら私の耳に届かないわけがない」
確かに、言われてみればそうだ。
本人が隠し通そうとしている気配はない。であれば、どこかで露見したはずだ。
しかも、入学するにあたって確実に試験では魔法を使うのだから。
「特待生で入った理由はよく分かる。けど、特待生になった理由なんて私は『魔法面で優秀だったから』っていうことしか聞いていないもん」
「つまり―――」
リュナは横にいるユージンに向かって少し深刻そうに口にした。
「試験官が漏らしたよね、確実に。聖女の再来を隠して入学させ、どこにも逃げないよう襲撃のステージを用意したんだと思う」
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