最後まで離れられなかったヒロイン
『ふへへ……可愛いです。マスコット枠で一等賞ですー』
『うぅ……私、もう子供ポジから抜け出せなくなっちゃった……』
多幸感満載な表情で抱き締めながら撫でるアリスと、さめざめと泣き始めたリュナは部屋の端っこへ移動する。
邪魔されたくない、もう抗う気力すら湧かないというお願いしてもないのに二人きりの空間を作ってしまった美少女達を放置して、ユージンはとりあえず赤い飲み物をセイラに手渡した。
「はい、とりあえず飲み物」
「度数98%なんていらないわよ」
受け取ってはくれなかったみたいだ。
「どうしてもてなされる立場の私が罰ゲームを受けなきゃいけないの……違う飲み物とかなかったわけ?」
「いや、これしかまともに出せる飲み物がなくてな」
「だったら別に―――」
「アリス用に用意したジュースぐらいしか」
「なんでそれを出すって選択肢がなかったのよ?」
ユージンの中ではアルコールよりもジュースの方がランクが低かったようだ。
とりあえず、まともにもてなそうという気持ちがあるのか不思議である。
「……あなた、本当に変わったわよね」
ユージンが今度こそとジュースをグラスに注いでいると、唐突にセイラがそんなことを言い始めた。
完全に不意だったからか、思わずユージンの肩が跳ね上がってしまう。
「べ、別にそんなに変わってないだろ!?」
「だって、女の子を部屋に連れ込んで何もしていないじゃない」
「違和感の持たれ方よ」
どれだけクズだったんだろう? 同じような勘違いを昔されたような気がする。
故に「このゲームって女にクズな部分は共通なのか? やめてくれよ」と、お空の創作者様に愚痴を吐いた。
「正直、ここに来るまで結構身構えてたんだからね? 今まで抵抗してきたの、もう忘れた?」
「……あの、なんかすまん」
「ふんっ、今更ね」
そう、今更すぎる話だ。
今まで散々周囲に迷惑をかけておいて今更更生しようなんて虫のいい話。
だからこそ、ルーグの時は苦労した。同じような言葉を吐かれながらも努力し、英雄とまで呼ばれるようになった。
罪悪感はある。こんな可愛い女の子にそんなことを言わせてしまって。
しかし、それと同時に無関係な話なのだ―――だからこそ、もう昔のような更生はしないと決めた。
「そうだよ、今更だよ。別に改心したつもりもねぇし、どうこうもするつもりもねぇ。手を出さないのは単に出す気がないって話だ」
「……そっか」
開き直ったと捉えられそうな本心を口にすると、何故かセイラは小さく口元を綻ばせた。
なんでここで笑うんだろう? そう疑問に思ったが、同時に「この子のことを全然知らないな」ということが湧いてしまう。
かといって率直に尋ねるわけにもいかない。
訓練場での試合の時も同じようなことで傷つけてしまったのだ。同じ轍を踏むものか。
「やっぱり、変わったわ」
「そう思うんなら、そう思っとけば?」
「えぇ、そう思っておく。ただ、もっと早く変わってほしかったとは言わせてもらうけどね」
突き刺さる。自分のことではないはずなのに、何故か。
だが、こういう痛みを受けているのはきっと婚約者と呼ばれている彼女もだろう。
誰が悪いのかと言われれば間違いなく転生する前のユージンだ。中身のユージンとセイラは悪くない。
ただ、加害者がいない以上誰かが矛先を向けられる必要がある。
こういうのがあるから嫌なんだ、と。ユージンはもう一度内心で愚痴った。
だからからか―――
「なぁ、嫌だったら俺との婚約を解消するか?」
「そういえばそんなことを言ってたわね」
「すぐには無理かもしれないが、家に戻って親に土下座でもする。お前だってこんなクズユージンと婚約なんて嫌だろ? 風評的にも心情的にもさ」
本人の意思もあるが、外聞もある。
クズユージンは学園中でも言われているほど広まっており、社交界で知られないわけがない汚名。
そんな人間の妻というだけで、いくらセイラ自身が魅力的でいい人であろうが馬鹿にされる可能性があった。
だからこれは望まれる話。
まったく無関係で自分のせいではないが……これはユージンなりの贖罪だ。
しかし、セイラはさも興味がなさそうにもらったジュースを口にする。
「別にしなくていいわよ」
「いや、だって―――」
「私はあなたを一人にはできない」
セイラの言葉に、ユージンは思わず驚いてしまう。
「いきなり様子が変わったこととか、いきなり剣の腕が上がったりとか、いきなり丸くなったとか聞きたいことはいっぱいあるわ。実際、もう私がいなくても一人にはならないんでしょう」
そう言って、セイラは部屋の隅を見る。
そこにはアリスとリュナの姿があった。
「どうしてあの二人がユージンと知り合いなのかも分からない。けど、あの様子を見る限り……あなたはもう一人じゃないんだって分かる」
「…………」
「それでもね、まだ見捨てられないのよ。幼い頃からあなたのことを知っている私としては、最後の最後の綱でいてあげたいって思っちゃう。今ここで婚約を破棄したら、どうしようもない時にあなたが一人になっちゃうでしょう?」
―――これがセイラというヒロイン。
最後の最後まで攻略できず、最後の最後まで
大人びているようで、誰よりも面倒見がよく……元のユージンを知っている優しい女の子。
そんな少女の存在など、ユージンは覚えていない。
辛うじて覚えていたのはメインヒロインぐらいで、自分とセイラの間に一体何があったのかすら頭の中には残っていなかった。
それでも、今こうして目の前に現れ、接していると自ずと理解させられる。
「……ほんと、俺にはもったいない婚約者だ」
「そう思うんだったら、今度から大事に扱いなさいよね」
「肝に銘じておくよ」
だから、ユージンは思わず笑ってしまった。
こんな自分を見捨てないでくれている、大人びたヒロインを見て。
「そういえば、なんであなたと学園長が一緒にいるのよ?」
「これには水溜まりよりも深い理由があってだな」
「全然深くないなら話しなさい」
「……さーせん、ノーコメントでおなしゃす」
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