お部屋でパーティー

「というわけで、再会やらうんちゃらかんちゃら名目はいっぱいあるけど、とりあえず───」

「「「乾杯っ!!!」」」


 その日の授業が終わり、日が沈み始めた頃。

 ユージンに割り振られた寮の部屋では、グラスが重なる甲高い音が響き渡った。


「あの……私もお邪魔してよかったのでしょうか?」

「細かいことは気にするな。なんせ世の中、知り合った記念とか仲良くなった記念とか出会って十日記念とかいっぱい名目なんか作りたければ作れるもんなんだから。まぁ、それで野郎が恋人に振り回されるんだけど」


 簡易的なキッチンに六帖ほどの洋室。

 貴族の人間からしてみれば狭いと思われるだろうが、ここはあくまで寮だ。これぐらいの部屋の広さでも平均的だろう。

 そんな部屋の床には、アリスがちょこんと行儀よく正座で座っている。


「ユージン、この日のために酒を用意したぞ。熟成のワインじゃ!」

「おぉ、ワイン!」


 そして、ベッドの上に腰を下ろしているのは桃色の髪とゴシックな服装が特徴的なリュナ。

 片手にはワイングラスとボトルが握られており、本当に楽しみにしていたのか、嬉しそうな表情が浮かんでいる。

 ユージンの方もいかにも高そうなお酒に目を輝かせ始めた。

 ちなみに、この世界での成人は十五歳。入学基準がそもそも十五歳なこの学園に入っているということは、皆酒が飲めるお歳頃なのでセーフである。


「ユージンさん、明日も授業があるんですからね。ほどほどにしないと!」

「細かいことは気にするなって言っただろ? 大丈夫、遅刻なんてしないさ……教室で寝れば」

「ここでしっかり寝てくださいね!?」

「かっかっか! お前さんは評判が既に地を這っておるんじゃ、今更遅刻の一つや二つは構わんじゃろ!」

「ハッ! 言われてみれば確かに……」

「教育者としてダメな発言ですっ!」


 もうっ、と。豪快に酒を煽り始めたユージン達を見てちびちびとジュースを口にするアリス。

 賑やかなのはいいことだが、明日の心配が浮かんでしまうのは、人がだらしない方向で騒いでいるからだろう。お酒とは恐ろしい。


「まぁまぁ、こういう時に盛り上がらない方が嫌だろ? たとえば真顔で「俺ってめっちゃ嫌われてるんだけどどうすればいい?」とかさ」

「ま、まぁ……お祝いの席で深刻な人生相談を受けるよりかはマシですけど……」

「妾はユージンのこと、好きじゃぞ!」

「ぴやっ!?」

「黙れ酔っぱら……ってお前、まだ一杯目だろう!? 昔はもうちょい強かったじゃんって辛ァ!?」


 口に含んだ酒が今更ながら辛いことに気がつくユージン。

 慌ててリュナが頬を真っ赤にして抱きかかえているボトルを奪い、裏面のラベルを見る。

 すると、そこには『度数98%』としっかり書かれており───


「もはや水分がねぇ……ッ!」

「よくこんなお酒をガブガブ飲んでいましたね……」


 どうしてもっと早く気が付かなかったんだと、二杯目をつごうとしていたユージンは悔いる。


「ユージン……ふへへ、ユージン♪」

「やめろ酔っ払い抱き着くな! 昔の思い出を肴に語り合おうという約束は何処へ!?」

「は、破廉恥ですっ! 懺悔してくださいユージンさん!」

「顔を真っ赤にするぐらいなら引き剥がすの手伝ってくれませんかね!? 今の状況は客観的に間違いなく児童ポルノに引っ掛かるッッッ!!!」

「……児童?」

「おいおい待て待て待て! なんで宙に槍が浮かんでんだドわァ!?」


 赤黒い槍の雨がユージンに向かって降り注ぐ。

 自殺自傷覚悟の戦法に驚きながらも、ユージンはリュナを抱えたまま飛び退いた。


「もうっ、床はちゃんと私が直しておきますから、早く離れてくださいね」

「え、今の一連を見て俺の心配はないんっすか?」


 そう言って、穴が空いた床を治癒の魔法で再生させていくアリス。

 明らかな才能の無駄遣いだなと、酔っ払いを引き剥がしながらユージンは思った。

 そしてその時、ふと寮のインターホンが鳴った。


「ん? 誰だよこんな時間に? まさか週刊誌の取材?」

「……どーせうるさくて苦情がきたんじゃろぶつぶつ」

「有罪判決が下されたら実刑が重いのってきっとリュナだと思うの」


 アリスは床を黙々と再生中で手が離せない。

 かといって学園長であり現在酔っ払い状態のリュナが出るわけにもいかず、ユージンがドアを開けなければならない。

 少しばかり面倒くさいなと思いながらも、ユージンは部屋の扉を開けた。


「はいはーい、人気絶頂中のアイドルのサインなら明日に───」

「ちょっと」

「……へ?」


 すると、そこには何故か部屋着姿のセイラの姿があった。


「……え、お前も俺のサインいるの?」

「別にほしくて来たわけじゃないわよ!?」


 では一体なんの用で? そう思ったユージンだが、すぐさま別の可能性に気がつく。


「ハッ! もしかして度数98%のお酒がほしくて……」

「あなた、そんなの飲んでたの? 体に悪いからやめなさい。せめて10%ぐらいにしとかなきゃ」

「それか、もしくはお前もパーティーに混ざりたかったからとか……」

「あまり遅くならないようにするのよ? 夜だし皆寝ちゃってるかもしれないんだから、カーテンはしっかり閉めて節度を弁えないと」

「…………」

「…………」

「…………」

「……何よ、黙っちゃって」

「……いや、なんというか」


 お母さんみたいだなと、素直にそう思った。


「んで、実際のところなんの用だよ?」

「あなたの……」

「ん?」

「あ、あなたの様子が明らかに違うから……」


 頬を赤く染め、どこか照れ臭そうな表情を浮かべるセイラ。

 誤魔化しているわけでもなく、本気で思っていた発言が恥ずかしかったのだろう。

 ユージンにはその様子だけで「心配で来た」のだと理解できた。

 だからこそ、ユージンは思わず頬を掻いてしまう。


「……ユージンくんにはもったいない婚約者さんだな」

「何か言った?」

「いいや、なんにも。まぁ、とりあえず中に入れよ。取って食うわけじゃないし、廊下で立ち話っていうのもなんだろ?」


 そう言って、ユージンはセイラを中へと促す。

 一瞬迷ったような反応を見せたセイラも「……分かった」と、おずおずと部屋の中へと入っていった。

 すると───


「うわぁぁぁっ! 本当に小さくて可愛いですよね! スリスリしちゃってもいいですか!?  いいですよね!? しますけど拒否は認めないですけど!?」

「なんでお前さんがあの流れであの酒を飲むんじゃ、度数分かっとったじゃろう!? だから……っておい、妾の服に手を突っ込むな抱き着くなッッッ!!!」


 中では頬を真っ赤にして焦点が合っていないアリスがいつの間にか頬の熱が引いたリュナに抱き着いていた。もちろん、発言通り遠慮なく頬擦りもしている。

 それを見たセイラは、思わず固まってしまう。


「……どういう状況なの、これ?」

「俺にもよく分からんが、美少女のくんずほぐれつっていいと思うの」


 しかし、少し目を離した隙に何があったのだろう?

 ユージンは少し興奮気味にそんなことを思った。

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