その後

 アリスと(※無理矢理)学園のお外へお出掛けをした翌日。

 転生してから二日目の生活が無事に始まった。


「(私、ユージンと一緒にお酒飲みたかった……!)」


 現在、学園の敷地内にある訓練場。

 そこでもはや定位置となったユージンのポケットにて、スモールサイズのリュナが悲しそうな表情を浮かべていた。

 というのも、初日に「一緒にお酒を飲んで昔話をしよう!」という約束をしていたのだが、乱入者が現れたことによってその処理にリュナは追い込まれてしまったのだ。

 そのせいで、リュナは仕事が忙しくないはずなのに仕事に追われ、昨晩のお楽しみはなくなってしまった。


「(すまない、俺がちゃんとゲームのストーリーを覚えていればミステリー本もびっくりな爽快痛快早期事件解決をお見せできたのに)」

「(……何言ってるかよく分かんないけど今日は飲む)」

「(ういっす)」


 ブツブツと仲睦まじい会話をしている間、訓練場に乾いた金属音が響き渡る。

 今は剣術の授業。一対一の模擬試合で教えていくようで、何組ものペアが真ん中で木剣片手に試合をしていた。


「(んで、手掛かりは掴めたのか?)」

「(ううん、全然。せっかくユージンが殺さず生かしてくれたのに、起きた瞬間に人生諦めちゃったの)」

「(いつの時代も暗殺者は自殺願望でもあるのかね? もっと自分を大切にした方がいいってお母さんから怒られちゃうぞ)」

「(怒られるならお空の上でだね)」

「(報われないし悲しい話だよな)」


 本当にどんな話だったかな、と。ユージンは腕を組んで頭を悩ませる。

 リュナの言動から考えるに、彼女はアリスが聖女であることは知らないようだ。

 ということは、世間的にもアリスは聖女としてバレていない。もしくは覚醒していない。

 情報提供をしてもいいのだろうが、後者だった場合「なんで分かるの?」と言われるかもしれないため、迂闊には口にできなかった。

 何せ、ユージンが転生したのは今回が初めてだとリュナは認識している。

 ゲームではそうなってて! なんて言っても流石に信じてもらえない。


(まぁ、といってもアリスの治癒の魔法を見せればリュナなら信じてくれそうだが)


 聖女として覚醒しているしていない云々はともかくとして、先の一件がストーリーのイベントであることは間違いない。そう覚えてもいないのに思っているのは、二回も転生した男の勘と流れ故だろう。

 だとすれば、襲撃者が聖女であるアリスを狙ったと考えるのは妥当。当然ストーリーのシナリオを覚えていないユージンは何故知られているのか分かってはいないが。


(どうするべきだ……?)


 言うべきか言わぬべきか。

 言わなければ犯人が捕まらないし、言ってしまえば「聖女を狙った犯人」だと分かるものの、荒唐無稽な話を説得させなければならない。

 加えて―――


(アリスがせっかく特待生で学園に入ったっていうのに環境を壊すのもなぁ)


 リュナに話せば間違いなくアリスの対応は生徒だけの枠には収まらなくなる。

 隔離か、教会へ報告するか、はたまた混乱の種を追放するか。


(……いや、リュナはそんなことしねぇ)


 ユージンがお願いすればきっとリュナは知りながらも普通の生活を送らせてくれるに違いない。

 それは長年の付き合いだからこそ確信が持てるものであった。

 故に、ユージンは悩んだ末に打ち明けることにした。


「(なぁ、リュナ。実は―――)」

「ユージンさん!」


 しかし、ちょうどいいタイミングで木剣を持ったアリスがユージンの下へやって来てしまう。


「(ん? 何か言いかけた?)」

「(……んや、なんでもない)」


 あとで言おう、と。

 ユージンは胸ポケットにいるリュナに小さく微笑んだ。


「ユージンさん、聞いてください……って、学園長様!? ど、どうしてこんなに小さいんですか!? っていうか、なんでユージンさんの胸ポケットに……!?」


 こちらも何か言おうとしたみたいだが、胸ポケットからひょっこりと可愛らしい顔を見せるリュナを見つけてしまい驚く。

 確かに、滅多に会うことがない学園長がいち生徒の胸ポケットに入っていれば驚くだろう。


「妾はユージンと一心同体じゃからの」

「そうなんですか!?」

「んー……相棒さんであることは間違いない、かな?」


 転生する前のルーグを知り、転生してもサポートしてくれる理解者。

 一心同体までとはいかないが、仲がいいのは間違いない。


「ぶすーっ!」

「……どったの、アリスさん? そんなリスみたいに頬を脹らませて不機嫌アピールしてるが」

「ぶすー、ですっ!」

「やだ、この子すっごく可愛い」


 小動物以上の愛くるしさを感じて、ユージンの胸がキュンキュンした。

 流石はメインヒロイン。破壊力が抜群である。


「羨ましいです! 私もユージンさんと仲良くなりたいです!」

「……そのセリフは主人公に向かって吐いた方がいいんじゃねぇかなぁ」


 嬉しいのは嬉しいが、ユージンは誰もが嫌われる悪役。

 そんな人間に寄るなんてストーリー上大丈夫なのかと、今回はストーリー無視フラグ無視周囲無視を決め込んでいたユージンですら心配になってしまう。


「それで、お前さんは何か言いかけなかった―――」

「わぁ~! こうして改めて見ると小さくて可愛いですねっ!」

「小さくなってるだけで可愛くないもん! おっきくなったら凄いんだから男の子が鼻の下伸ばして何度もチラ見するぐらいのボンキュボンなんだからッッッ!!!」

「リュナ、素が出てるぞ」


 言葉を遮られ、愛でられたからだろう。リュナはポケットに入ったまま頬を脹らませて憤慨する。

 二人きりの時だけと言っていた素の口調が思わず出てしまうぐらいには憤っているのが分かった。


「まぁ、リュナが可愛いのは置いておいて」

「ダメだからね!?」

「それで、何か言いかけてただろ、アリス?」

「あ、そうでしたっ! 次、ユージンさんの番ですよ!」


 そう言って、アリスは持っていた剣をユージンに手渡す。

 久しぶりの剣の感触。元より魔法士として活動していたため、剣を握るのも汚名を晴らすために鍛錬していた時以来だ。


「了解、行ってくるよ。その前に、リュナを預かっておいてくんね? きっと俺のポケットが乗り心地悪いアトラクション化しちゃうからさ」

「分かりました!」

「ちょ、ユージン!?」


 リュナの声を無視して、小さなゴシックな服を摘んでアリスに渡すユージン。

 受け取ったアリスは嬉しそうな表情を浮かべており、小さな頭を指で撫で始めた。

 嫌そうに「私、学園長なんだよ!?」と口にするリュナですら無視しているぐらいだから、アリスの頭には相手が学園長だということが消え去ってしまっているようだ。

 その様子を見ていたユージンは苦笑いを浮かべると、そのまま訓練場の真ん中へと向かう。


『珍しいな、あのクズが授業を真面目に受けているなんて』

『最近、なんか様子変わったよね。座学もちゃんと出てるし』

『どうせ今だけだろ。それに、今更真面目になろうとしたところで遅いって』


 歩いていると周囲からそんな声が聞こえてくる。

 見るとクラスにいる人間以外の生徒までいた。他クラスも含めた合同授業なのかな? と、ユージンは首を傾げる。

 更に周囲を見渡してみると、主人公のハルトはタイミングよく別の試合をしていた。

 だから絡んでこなかったのだろう。面倒な状況にならなくて少し安堵してしまうユージン。

 そして、自分の番ということで空いた空間へと足を踏み込む。

 すると―――


「あら、遅かったじゃない。クズのユージンくん?」


 目の前には赤い髪を靡かせる一人の少女。

 透き通った赤い双眸に美人寄りの端麗な顔立ち。立っているだけで一際異彩を放っているような美しさだ。

 そんな少女はユージンを見て挑発するような笑みを浮かべる。

 しかし、このような挑発を受けて苛立つユージンではない。


(こういう態度を面と向かって取られるも懐かしいなぁ。理不尽だって思うが、向こうからしてみても中身が変わったって知らないわけだし……ここは失礼な態度を取られても礼節を弁えてしっかりとした態度を見せなければ)


 やられたからといってやり返さない。

 それは悪役だったからとか周囲の評判を上げたいからとかそういうのではなく、単にこれは戦争ではなく手合わせ。

 相手を最大限尊重するのが武人の心得だと思っているからだ。

 故に、ユージンはにこやかな笑みを浮かべて綺麗なお辞儀を見せた。


「初めまして、ユージンです。どうかよろしくお願いします」


 すると───


「ば、馬鹿にしてるの……!? の私を忘れたっていうわけ!?」

「……へ?」


 ―――ということらしい。


「ぜ、絶対に許さない……なんか様子が変わったから少し心配してたのに、もう手加減なんかせずに食卓に並ぶハンバーグの材料にしてやるんだから!」

「……………それはミンチってことでおけ?」


 あ、ミスった。

 そう気がつくのに、さして時間はかからなかった。

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