『嫌い』は嫌い
突然の乱入者は学園の方で調査を進めるとのことで一旦幕を下ろした。
学園長が主導で動き、衛兵達と一緒に動機と経緯を明らかにする。
そのため、今日一日胸ポケットにいたリュナは一時離脱。授業も教室を移して再開することになった。
そして、主人公であるハルトも復帰でき、ようやく一日の授業が終わる。
「ふぁぁっ……」
皆が帰り支度を始めていく中、ユージンは席から立つことなく窓をボーッと眺めていた。
本当ならさっさと帰宅して色々あった頭の中を整理しようと思っていたのだが、立っただけで周囲がざわめき始めるという体験をしたため、中々席を立てずにいる。
改めて、クズユージンくんのクズっぷりを実感したユージン。
まぁ、ざわめきの理由の一つに先程の事件が関係しているのだが、結局居心地の悪い結果になるならと気にせずにいた。
今回はもう周囲の評判や噂など気にしない。
前のルーグの時は一生懸命このあとに鍛錬や善行に勤しんでいたが、もうやってられるかこんちくしょう。
「ユージンさん」
皆が帰るまで時間を潰していたユージンの下にアリスがやって来る。
「おぉー、どうした? さっきまで色んな人から声かけられてたが、もういいのか?」
「はい、皆さん今までと違って何故かお話してくれましたけど、今ちょうど終わりました」
噂されるだけで誰も話しかけてこないユージン。
特待生というだけで嫌われているアリス。
ユージンとは違って、アリスは偏見とステータスで妬まれているだけだ。中身が優しいという面をしっかり見れば、すぐに誰とも仲良くなるはず。
どうしてこのタイミングで声をかけられるようになったかは分からないが、声をかけられたということは少なくとも「親しくなろう」という想いが相手にあるから。
羨ましいとも思いもありつつ、友達ができそうなアリスを見て逆に喜びも生まれた。
「よかったじゃねぇか」
「はい、話しかけてくれたのはよかったです」
「そっか」
流石はメインヒロインだ、と。ユージンは笑みを浮かべる。
アリスにとっても、友人ができることは喜ばしいはずだ。
はず、なのだが───
「なぁ」
「なんでしょう?」
「……なんでお目目のハイライトが消えてるわけ?」
目の前に映る彼女の目は綺麗さっぱり光が消えていた。
心優しいはずの少女の瞳がすこぶる冷たい。
ユージンくん、背筋が凍る。
「先程、皆さんから心配されたんです」
「おう」
「「あのクズユージンの近くにいると狙われちゃうよ、離れた方がいいよ」って」
「そうなんだな」
「「胸揉まれるよ」とか「スカート捲られるよ」とかも言われちゃいました」
「うんうん」
「……そんなことしていたんですか?」
「待て待て待て、可愛いお嬢さんがそんな冷たい声を出しながら首に手を添えるんじゃない」
ユージンは慌てて伸びてきた腕を掴む。
力の差があるはずなのにまったくビクともしないのが不思議だ。
「ふ、不埒ですっ! 穢れています! 懺悔してくださいっ!!!」
「落ち着くんだお嬢さん! 本当に懺悔させる気があるなら首から手を離そう! このままじゃパトラッシュと一緒に天国で懺悔しなくちゃいけなくなる!」
冷たい声から一変、我慢しきれなかったのか頬を真っ赤に染めながらついぞ両手まで使い始めたアリス。
このままだと、首が絞められるのも時間の問題だ。
「実は、これには深いわけがあるんだ」
「……聞きましょう」
真剣な顔で否定するユージンを見て、アリスはようやく手を離して横に腰を下ろす。
本当に中身のルーグは何もやっていない。転生前のユージンが勝手にしていたことで、身に覚えがないのが本音だ。
しかし、転生したなどと荒唐無稽な話を信じてくれるだろうか?
リュナはルーグを知っていたから納得してくれたが、アリスは今日知り合ったばかりの女の子だ。
弁明しようにも内容に効力がなさすぎる。
(どうする? このまま弁明できないと今度こそパトラッシュと一緒に雲の上にご旅行だぞ?)
必死に頭を悩ませるユージン。
ついぞ、上手い言い訳が思いつかなかったので諦めることにした。
(仕方ない、ここは不埒ではないと証明するために言葉を並べるとしよう。そうすればこれ以上怒られはしないだろ。問題なのは下心があって変な行為をしたことなんだから)
そして、ユージンは意を決して真剣な表情を浮かべたまま───
「アリス」
「はい」
「聞いてくれ。俺はただ、今後のために女性の生態について調べていただけで、決してやましい感情があってのことではぶべらっ!?」
教科書で殴られた。
「はぁ……もういいです。今度からはそんなことしちゃダメですからね? 女の子だって、好きな人とじゃないとそういうことは嫌がるんですから」
「ぶぶっ……最近のお嬢さん方は意外とツッコミが暴力的なのですね、ぶぶっ」
たった一発で頬が腫れ上がってしまったユージンは涙目になる。
自分の知り合いは中々ツッコミにキレのある者ばかりだなと、少し悲しい気持ちになった。
「それより、私が怒っている理由は別にあります!」
「え? 今の一連が最大の理由じゃないの?」
「違います! 皆さん、ユージンさんを馬鹿にすることです!」
本当に怒っているのか、頬を膨らませて不機嫌オーラを放つアリス。
こっちの方が可愛げがあるのはご愛嬌。先程の方が怒っているような気がしなくもないが、ツッコミを入れるのは野暮だろう。
「確かに、破廉恥なことをしていたみたいですけど……話してもないのに、馬鹿にするのは間違ってます。ユージンさんは優しいんです、私達を助けてもくれました。それなのに、「無能」やら「クズ」やらいっぱい……!」
「でも、友達はできそうで嬉しいんだろ?」
「人の悪口を言う人は嫌いですっ! 話しかけてくれたことは嬉しかったですけど、友達にはなりたいとは思いません!」
話しかけてくれたことは嬉しいが、友人になりたいかと言われれば首を横に振る。
どうやら、初めにした会話は空返事だったようだ。今のアリスの言葉に籠った熱を聞けばよく分かる。
「特にあのハルトっていう人は最低です……! すぐ離れた方がいいとか、僕と一緒にいた方がいいとか、あいつが助けてくれたなんて嘘だとか、君も大変だったよねとか、知りもしないで……!」
「……主人公さん、大丈夫っすか? 好感度著しく下がっているように見えますけど」
「思わず顔を殴ってしまいました!」
「……顔は大丈夫じゃなさそうだな」
怒りは収まらないのか、アリスの拳の震えは治まる気配がない。
怒ってくれるのは嬉しいが、主人公を嫌ってしまってもいいのだろうか? そんな疑問が胸の内を占め始めるユージン。
すると、アリスは立ち上がって唐突にユージン腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっとアリスさん!?」
「行きましょう、ユージンさん! 私達の親睦を深めるために街へお出掛けですッッッ!!!」
「親睦を深めようとするノリじゃないっす、先輩!」
とはいえ、そんなユージンの主張もアリスの耳には届かなかったようで。
ユージンは抵抗できないままアリスに腕を引かれながら教室を出て行くのであった。
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