メインヒロインからの心配

「ユージンさんっ!」


 彼方へ黒装束の男達が消えてしまったそのあと。

 艶やかな金髪を靡かせる少女が慌てた様子で校舎の下にいるユージンの下に駆け寄った。


「どったのアリス? わざわざ教室から降りてきたの?」

「どったの? じゃありませんよ、どったの? じゃ!」


 駆け寄ってきたアリスは可愛らしく頬を脹らませる。

 明らかに不機嫌アピールでもしているのだろうが、小動物のような愛嬌が滲みすぎてまったくをもって怖くもなんともなかった。

 しかし、それもすぐにユージンの服についた土を見て変わっていく。


「怪我していませんか!? どこか痛いところとか、頭が悪いところとか!?」

「心配してくれてありがとう、アリス。ちなみに最後は単に馬鹿にしただけかな?」


 きっと焦って言葉足らずになってしまっただけだろう。

 こんな優しい子が「頭が悪くないですか?」などと馬鹿にするわけがないと信じたい。


「馬鹿にしたくもなりますっ!」

「まさか本当に馬鹿にされていたとは」

「だって、どうしていきなりこんなことしたんですか!?」


 グッ、と。アリスが可愛らしい顔立ちをユージンに近づける。

 その勢いと何かしらの圧を感じて、ユージンは少し身構えてしまった。


「いきなり窓から飛び降りて、変な人達と戦って……私、すっごく心配したんですから!」

「い、いやですね……負ける気なんてさらさらなかったわけですし、あのままだとアリスが危ない目に遭うかもしれなかったですし。ほ、ほらっ! 実際問題怪我なんてしてないってばよ!?」

「そういう問題じゃないんですっ! たとえそうであっても、心配になってしまうんです! ユージンさんはまだ学生さんなんですから!」


 ひとしきり言いたいことは言い終わったのか、アリスはユージンの胸に手を当てて一つ溜め息を吐く。


「はぁ……一応念のため治療させてください」

「外傷なしの健康体に包帯巻いたら過剰治療になると思うんだが」

「いいえ、そんなことはしなくても大丈夫です」


 そう言った瞬間、アリスの手から淡い緑色の光が溢れた。

 胸の奥がポカポカと温かくなっていくような感覚。薄っすらと男達を蹴った時に生じた痛みが消えていく感触。

 ユージンは顔に出さず、内心で驚く。


(これは治癒の魔法……しかも無詠唱!?)


 治癒の魔法は『再生』。

 物体の損傷と消耗を一まで復元させる希少中の希少な魔法。

 多くの魔法士が憧れ、求め、あらゆる場所で重宝されるもの。

 流石のユージンでも理解できる。こんな魔法を詠唱を用いず使える人間など―――


「メインヒロイン爆誕……」

「ふぇっ? 何か言いましたか?」


 第二部のメインヒロイン。

 治癒の魔法を求め、各国各組織から狙われ作品の中心にいる少女。


 それはのちに聖女と呼ばれる存在———彼女は、正しくその子だ。


「あちゃー、主人公よりも先に関わっちまったよ。いいのかな? いいんですかね? これは神が与えた試練とかじゃなくて可哀想な俺に優しい女の子を出会わせようっていう神様の優しさってことでいいんですよね!?」

「もうっ、何を言ってるか分からないですけど……はいっ、もう大丈夫ですよ」


 アリスが胸を一つ叩くと、淡い光は消えていってしまった。


「でも、ありがとうございます。皆さんを守ってくれて。私はとても嬉しかったです」


 にっこりと、アリスがユージンに向かって微笑む。

 その笑顔は思わず見惚れてしまいそうになるもので、別に「アリス以外を守ろうとしたわけじゃない」と言うつもりだったのに口から出てこなかった。

 これがメインヒロインの笑顔。主人公が惚れこんでしまうのも無理はない。


「しかし、ユージンさんってお強かったんですね! 私、途中から何が起こったか分からな―――」

「そろそろいいかの?」

「ひゃっ!?」


 リュナが横から声をかけると、アリスが肩を思わず跳ねさせる。

 ユージンのことが心配すぎて傍にいるリュナに気がつかなかったのだろう。

 加えて、相手が学園長だということで更にその驚きもプラスだ。


「が、ががががががががががが学園長様!? ど、どうしてここに!?」

「どうして、と聞かれてものぉ。初めからここにおったのじゃが」

「すみません、本当に気がつかず!」


 アリスが慌てて頭を下げる。

 その様子を見て、リュナは面白かったのか笑い始めた。


「かっかっか! よいよい、それほどユージンが心配だったということじゃろ! それだけで妾が怒るなどあり得んよ!」

「ぷっ……くくっ、ぷっ。マジで人前だと口調が変わりやがった。違和感が半端ないのによく背伸びしたお子ちゃまって誰も思わなかったよな。朝に始まる教育番組で流れた方がよっぽど違和感ないって」


 そして、ユージンも笑い始めた。

 だからからか―――


「よいよい、って……ぷくくっ。同年代の子供の前で背伸びしている日常の一幕のようにしか見えぶべらっ!?」

「ユ、ユージンさんっ!?」


 虚空から現れた拳に殴られた。

 地面に崩れ落ちるユージンを見てアリスは驚くが、これは明らかに自業自得である。


「何か言ったかの、お前さんや?」

「ぶぶっ……なんでもありませんです、ぶぶっ」


 一発で頬が腫れあがったユージンは大人しく謝罪。

 親しい中にも礼儀あり。それをしっかりと学んだ少年であった。


「学園長様はユージンさんとお知り合いなのですか? その、仲がいいように見えましたので……」

「まぁ、知り合い……かのぉ? なんて表現すればいいんじゃ?」

「度し難い関係でいいんじゃない?」

「度し難い!?」

「その言い方じゃと変な風に捉えられんかのぉ!?」


 頬を真っ赤にさせる純情少女アリスちゃん。

 間違いなく変な風に捉えられてしまったようだ。

 そのおかげでリュナも顔を真っ赤にしてしまうのだが、ユージンはさして気にする様子もなかった。


「それにしても、さっきから気になってたんだけどさ」


 頬を擦りながらユージンが突然、思っていた疑問を口にする。


「どうしよっか、これから」

「これから?」

「ほら、あれ」


 そう言って、ユージンは上を指差す。

 アリスもリュナも先の方へと顔を向けると、そこには窓から顔を出してざわついている生徒達の姿があった。


『お、おい……今の見たかよ?』

『見たけど、全然何をしたのか見えなかった。いきなり変な人が吹っ飛んでいっちゃってるし……』

『あの無能がなんであんなに強いんだ? 俺、目がおかしくなったのかな』

『いやいや、クズユージンが強いわけがないじゃないか!』

『っていうより、どうして学園長も一緒にいるの? あの二人ってどういう関係?』


 信じられないと、下にいるユージン達のところまで届く声。

 それを受けて、ユージンは満面の笑みを浮かべた。


「できれば穏便に学園生活を送りたいユージンくんですが、果たして無事に送れると思いますか? 視聴者の皆さんに意見をお伺いしようと思います!」

「無理じゃろ」

「あはは……しばらく噂されそうだと思います」

「……ですよねー」


 とはいえ、その満面の笑みもすぐに崩れ去ったのであった。

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