英雄と呼ばれた悪役

 この世界において、魔法とは『言葉』だ。

 詠唱という名の言葉を用いて世に事象として認識させ、目に見える形で顕現。

 具体的であればあるほど、意味を込めれば込めるほど世に生み出す事象は大きく、強力なものとなる。

 デメリットとしては詠唱を覚える、詠唱に込められた意味合いと長さによってセンスや魔力が求められることだろう。


 しかし、この世の魔法士———その中でも一握りの存在は魔法におけるデメリットをものともしない。

 それどころか、無詠唱という簡略化を超えて言葉を自身の体に組み込んだ。

 故に、言葉は不要。

 上に立つ者ほど詠唱という言葉に無駄を覚えてしまう───



(な、にが起こった……ッ!?)


 唐突に浮遊感を覚えた黒装束の男は内心パニックに陥っていた。

 今正に教師のいない間を狙って教室を襲撃し、ターゲットを見つけて攫おうとしていたところ。

 それなのに……自分の体が移動した。

 視界には澄み渡った青空と、獰猛に笑い自分の胸倉を掴んでいる少年の姿がある。

 しかしそれもすぐに終わり、直後に固い地面の感触が激しく襲い掛かった。


「がはッ!」


 地面に叩きつけられた男は痛みを堪え、すぐさま少年から距離を取った。

 それは暗殺者という裏に属する人間の反射だろう。横を向けば同行していた男も同じように距離を取っていた。

 そして、目の前の少年はというと―――


「ぶぶっ……べ、ぶはーっ! もう、やるならやるって言ってよ! 目が回るし体がビリビリくるんだから! オプション付きのメリーゴーランドに乗った覚えはないんだけどっ!?」

「悪い悪い、ご所望のアトラクションは現在運行中止なんだ。もしあれだったらポケットから出とけよ? どうせ俺がやるんだし」


 悠々。それでいて飄々。

 一切緊張感もなく、どこからか聞こえてくる可愛らしい声に反応していた。


「……踏まない?」

「そのサイズでその言葉を吐く相棒さんには正直に言おう……悪い、もしかしたら踏むかも」

「言っておくけど不老不死に片足突っ込んでるだけでまだ不老不死じゃないんだからね!? 死因が靴に踏まれて圧死とかお墓にコメディ風味の装飾つけてもらわなきゃいけなくなるじゃん!」


 少年のポケットから何やら小さな物体が飛び出す。

 するとその物体はすぐさま大きくなり、桃色の髪を携えた可愛らしい少女へと姿を変えた。

 さっきから一体何が起こっているんだ? 男は内心驚愕する。

 一方で、ユージンは大きくなったリュナを見ると、再び男達へと視線を向けた。


「さて、と」


 相手のことはよく分からない。

 よく分からないが、自分に話しかけてくれた優しい女の子がいる教室に突然現れた。

 どの角度から見ても善人には見えない。思考が『敵』だと即座に認識する。


「どんな理由があるかは分からねぇが、土足で踏み込んだ罰則ぐらいは受け取ってくれるんだよな?」


 その言葉が皮切りとなったのだろう。

 男の一人が詠唱を始め、もう一人の男が懐から短剣を取り出して肉薄する。


『我が願うは火の恩恵。焼き尽くすことのみを求め、世に熱を篭らせる』


 しかしユージンは詠唱を聞いても、ナイフが迫っても態度を変えない。


「おぉー、ちゃんと考えてるんだな。接近戦で相手の動きを妨害しながら遠距離で正確に攻撃する。シンプル・イズ・ベスト。派手だったらオシャレだと思っているジジイに教えてやりたいぐらいだ」


 一歩、一歩と近づいてくる。

 二対二。いや、手を出す様子もないリュナは傍観に徹しているため、実質二対一だろう。

 体格差もある、人数差もある。生徒という観点から見れば裏稼業に身を投げている男達の方が経験値もあるだろう。


(だけど……)


 だけど、だ。


(ユージンがこの程度の相手に負けるなんてそもそもあり得ない)


 リュナは不老不死に片足を突っ込み、歴史に名を残している魔法士だ。

 そんな人間がどうしてユージンの傍にいるのか?

 旧友だから? 唯一過去を知る存在だから? 転生というあり得ない事態の張本人だからか?

 いいや、違う―――だからだ。

 あの時自分を庇って助けてくれたのは、ユージンなのだ。


(上に座る魔法士は己の体に言葉を宿す)


 言葉を宿すことによって己の体自体が魔法となる。

 リュナの場合、己の体が『血』という魔法で構成され、魔力が尽きない限り際限なく詠唱なしで生み出し、操作できる。

 あくまでこれは一例だが、他にも極めた魔法士は己の体に言葉を宿す固有魔法オリジナルを持っていた。

 しかし、その域に到達できるのは両手でギリギリ数えられる程度のみ。


(ユージンはその域に腰を下ろしているの)


 男が迫ってくる中、突如ユージンの体が青白く光る。

 その光の動きはまるでのよう。


 リュナは小さく笑う。

 哀れに身の丈も知らない自分より歳下のガキを見て。


「さぁ、行くぞ乱入者」


 一歩、ユージンも同じように踏み出した。


「俺の固有魔法オリジナルは、ちょっと速いぞ?」


 ―――電気の速さをご存じだろうか?

 雷が音を置き去りする現象が示す通り、電気は音速をも超える。

 電気の速度は光と同等。秒速で30万km。

 そのような速さで地を駆けた場合、どうなるだろうか? 


 力とは速さと重さ。


 光速同等の速さと人一人の体重が合わされば何がどうなるのかなど想像に難くない。

 たった一歩。たった一歩踏み出して足を振り抜いただけで―――


「……は?」


 ―――人など容易に吹き飛んでしまう。

 その証拠に、魔法を詠唱していた男の横を物凄い勢いでもう一人の男が吹き飛んでいってしまった。

 詠唱が思わず止まり、呆けた声が出てしまうほど男は驚愕する。

 そんな様子を見て、傍観していたリュナは思わず吹き出してしまった。


「ふふっ、ばーか」


 これが英雄。

 侮蔑から尊敬へと実力と行動で変えてきた男。

 かつて自分がその背中を追いかけ、並び立っていたことを誇りに思っていたものだ。

 そんな人間にいち凡人が勝てる道理など、そもそも存在しない。


 ───英雄が己の体に刻み込んだのは『雷』。


 他者一切を寄せ付けさせないという、傲岸不遜から生まれた魔法。

 悪役ルーグが持っていた素質から生まれた固有魔法オリジナルだ。


「さぁ、あと一人」


 ユージンは全身に青白い光を纏いながら、もう一人の男を見やる。


「知らない間に終わるが……コンテニューとか考えるなよ?」


 そして、抵抗さえ許さない光の肉弾が、容赦なく男の体を襲った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る