優しい女の子
『ねぇ、クズユージンって今日あのハルトくんに勝ったらしいよ』
『え、嘘っ!? ハルトくんって学年で一番強くなかったっけ?』
『たまたまなんじゃない? じゃなかったらあの無能が勝てるわけないって』
などなど。
とりあえず二部の悪役として過ごすことに決めたユージンは今度こそは真面目に授業を受けようとしていたのだが、教師が来るまで色々と陰口を叩かれていた。
「(凄いね、私は滅多に生徒と関わらなかったけど、ここまで嫌われてるなんて思わなかった。遊んで過ごしていただけじゃこんなに嫌われないよ)」
今度は胸ポケットに姿を隠したリュナが小声で話す。
一方で、どこ吹く風なユージンは窓の外を眺めながら同じように小声で反応した。
「(チリツモってやつだろ? スカート捲りも五回、十回を超えれば可愛い女の子からのビンタ一直線だ)」
「(一回だけでもビンタものなんだけど。二回目が許されると思っちゃダメだからね?)」
「(へいへい、それは前のユージンくんに言ってくれ。今の俺はジェントルマン心を忘れない淑女の味方さ)」
「(……私、百年前にお風呂覗かれたことがある)」
「(おっと、この話はやめよう。無事に解決して事故だと表明できたのに掘り返されちゃ、お兄さんは味方がいない状態で針のむしろさんに放り投げられてしまう)」
周囲に味方がいないなど周りの様子を見れば分かる。
異様に自分一帯だけが空いた席、先程から止まない陰口、侮蔑するような視線。
ルーグの時もそうだったが、どうすればここまで嫌われるのか善良紳士淑女の味方さんは不思議で仕方がなかった。
「(っていうか、リュナは仕事しなくてもいいのかよ? 知らんけど、学園長って仕事がいっぱいあるんじゃねぇの?)」
「(ふふん、私を舐めてもらっちゃ困るよ! 私の魔法は
「(おぉ!)」
「(あとは春ってそんなに仕事がないんだよね。年度末にだいたい終わらせてるし、入学した生徒のことは基本教師にぶん投げだから)」
時期は四年間ある学園生活の中での春。
主人公やユージンが入学して間もない頃───つまりは物語の開始時。
リュナは本来、要所要所で主人公を助けてくれるヒロインだ。そのため、目立った動きはほとんどなく、本人の言う通りあまり仕事がない。
その結果が悪役と一緒にいる状況なのだが、原作者も流石にこのようなことは想定していなかっただろう。
それもこれも───
(それに、せっかくユージンに会えたのに離れ離れとかいやだもん……)
というのはもちろん口に出さないのだが、リュナの顔は頬に染る。
すっぽり収まるために解いた桃色の長髪と染まった頬の色がとてもよく似ていた。
「(そういやさ)」
リュナの想いなど気づかず、ユージンは言葉を続ける。
「(
「(同じクラスだったはずだよ。今はベッドで気持ちいい睡眠のお時間じゃないかな? まったく、新入生が早々にサボりだなんて困ったもんだね)」
「(寝かせた張本人さんがそんなセリフ吐いてると、現実に戻ったあいつは枕を涙で濡らしそうだな)」
主に腫れ上がった顔を見れば否が応でも現実を直視する羽目になるだろう。
殴った当の本人が「自分のせいではなくお前が悪い」と言っているのを聞けばなおさら嘆くに違いない。
「あ、あのっ!」
そう思っていた時だった。
ふと横から声をかけられる。
「お隣、失礼してもよろしいでしょうか……?」
艶やかな金の長髪。
リュナほどではないが小柄で、愛嬌と愛らしさ溢れる端麗な顔立ち。
透き通った瞳は琥珀色で、制服越しからでも分かるプロポーションは紳士の視線を引き付けてしまう。
そんな少女がおずおずといった様子でユージンの横に立つ。
その時のユージンの反応はもちろん、悪役らしく───
「(この世にも優しさってあるんだな……!)」
「(よかったね、ユージン……!)」
「どうして泣いているんですか!?」
自分のせいではないのに嫌われている状況。
それでも話しかけてくれる優しそうな少女。
ルーグと過ごしてきた時も『誰かが傍にいる』ことこそ嬉しく思っていたユージンは、勇気ある行動に涙を流さずにはいられなかった。
「気にしないで、お嬢さん……だが、俺の隣に座るのはやめた方がいい」
「ふぇっ? どうしてですか?」
「君みたいな優しい子が俺のせいで変な噂をされるのは、正直あんまりいい気はしないからな」
周りが忌み嫌っているのに一人だけ空気を読まずに近づく。
それが集団心理働く思春期の環境でどう思われてしまうのか? 誰であっても想像に難たくない。
しかし───
「ふふっ、気にしませんよ。それに、周りから嫌われているのは私も同じですので」
「はい?」
こんないい子がどうして? そう首を傾げていると、胸ポケットにいるリュナが疑問に答える。
「(一応この学園は貴族が大半でね。平民の子もいるのはいるけど、結構お高い入学金を払わないといけないんだ)」
「(うんうん)」
「(多分、この子は特待生枠の生徒だよ。平民の子からしてみれば「金を払わないで入りやがって」って思われるだろうし、プライドが高い貴族達からは「才能があるから調子乗ってる」って思われることが多い。自分より上って言われてるのと同じなんだもん。特待生枠は才能がある若者に与えられる免除制度だからね)」
「(なるほどなぁ)」
平民にとってはありがたいようなありがたくないような。
窮屈で生き難い世界だなと、楽観的なユージンは苦笑いを浮かべた。
「そういうことなら嫌われ者同士、周囲の陰口を肴に頑張ろう。まぁ、いつかは懐かしい思い出話に昇華するだろうさ」
「面白いことを言うんですね、あなたは。私はアリスって言います」
「嫌われ者のユージンだ。よろしく」
そう言い、少女───アリスは腰を下ろす。
改めて間近でアリスの顔を見たユージンはふと思った。
(ん? この顔どっかで……)
───そう思っていた時だった。
バリン、と。少し離れた教室の窓が突然割れたのは。
そして、そこから黒い装束を着た男達が姿を現したのは。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
『い、いきなりなんだこいつら!?』
『っていうか、どうやって入ってきたんだよ!?』
教室の中にいる生徒達は慌てふためく。
横にいるアリスも、突然のことに驚いた。
「ユ、ユージンさんっ!」
───しかしこの時、周囲の生徒だけでなくゲームの内容がうる覚えなユージンでさえ気がつかなかった。
これはイベントで、本来教室にいるはずの主人公が対処するはずだということを。
黒装束の男は物語の始まりに現れる者で、聖女を中心とした騒動の真っ只中にいる
この教室にいる見覚えのある金髪の少女こそが第二部のメインヒロインだということを。
周囲から別の理由で嫌われているメインヒロインと真っ先に話すのが
そして───
「あ?」
───イベントのキーである黒装束の男達も気がつかない。
この場にいるのは成長する前の主人公などではなく……英雄と呼ばれていた悪役だということを。
「おい、乱入者」
男二人の口から思わず疑問符が零れる。
何せ、教室に入り込んだかと思えばいきなり宙へと身を投げ出されていたのだから。
「この教室には俺にすら声をかけてくれる優しい子がいるんだ」
男は視界に入った人影を見て目を見開く。
具体的には、周囲からクズだと呼ばれている無能の少年の姿を見て。
「そんな子がいる場所を穢そうとしてんじゃねぇよ……さぁ、殺るなら外で殺ろうか」
第二部最初のイベント。
そこに参戦したのは主人公ではなく───誰もが嫌う
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