再確認
第二部の舞台は学園。
剣術、基礎教育、魔法といったオールジャンルで学べる学園で発生するイベントは多種多様。
加えてヒロインも一部とは違い、全員がここに集結するので滅多に場面転換や年月のスキップ機能もない。
そして、ここは全寮制。
如何に貴族であろうとも平民と同じく学園が用意した寮で過ごすことになる―――
「しかし、またいちから学生をするとはなぁ」
学園長室から出たユージンがぼやく。
現在は授業真っ只中……なのだが、学園長室でリュナとだらだらぐだぐだと話し込んでいたものだから時間が中途半端になってしまった。
そのため、今は現状をしっかりと把握するために学園を徘徊している。
「まぁ、世の中誰しも一度は若い頃に戻りたいと思うことがある。プラス思考で考えるのであれば、年寄りが嫉妬してしまいそうな貴重な体験をしていると思おておる方が気も楽じゃろ。いつか「あの頃は本当に楽しかった」と遠い目をする奴らにマウントを取れるぞ?」
「…………」
そして、ユージンの方には親指サイズの人形———もとい、リュナが乗っている。
リュナの魔法は主に血液の操作だ。
液状の血液を固形に変形、動かすことも意志を乗せることも可能であり、付着している血液から自身の体を移動させることもできる。
これこそが二部まで続いたヒロインの中でも最強クラスの魔法士。
おかげで可愛いマスコットが喋るという世にも奇妙な現象が起こり得ている。
「それにしても俺がいきなり斬りかかられた理由が、女子生徒に「スカートの中身を見せろ」って言ったからだとは。思春期時代の勇気ってこんなにも逞しかったか? もしかしなくても目の前に人参を吊るされたら戦場でも喜んで行きそうだな」
「かっかっか! まるで昔のルーグみたいじゃのぉ!」
「…………」
綺麗に整備された庭園をユージンは歩く。
「なぁ、寮ってどっちだったっけ?」
「あっちじゃな」
「…………」
ユージンは歩く。
「俺の部屋大丈夫かなぁ?」
「大丈夫じゃろ。もし足りんものがあったら遠慮せずに言うがよい。妾が用意してやる」
「…………」
ユージンは、歩く。
「これから何するかなぁ」
「特に何もせんで平和な学園生活でも送ったらどうじゃ? 前のお前さんは忙しなかったからのぉ」
「…………」
ユージンは、歩———
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うぉ!? い、いきなりどうしたんじゃ?」
―――こうとしたが、ついぞ我慢ができなかったのか叫び始める。
肩に乗っていたリュナは驚き、思わず落っこちそうになってしまった。
「その口調! 本当に慣れないんだって頭の違和感半端ない! 可愛い声でおばあちゃんしないでくれる新手のプレイかなんかですか!?」
「し、仕方ないじゃろ! 戻したくとも今はこっちで通しておるし今更戻して子供扱いされたくないし!」
「いいじゃん可愛いままで! 威厳とか大人っぽいとか捨てちまおうぜ! どうせ喋り方どうこうでそのお子ちゃまボディは大人ボディへと進化しないんだからぶべらッ!?」
レディーに対して失礼な発言をしたユージンの頬に何故か虚空から現れた赤黒い拳が突き刺さる。
大きく仰け反るまでで踏ん張ったのは流石は英雄と言ったところか。
「……私だって好きでこんな体になったわけじゃないもん」
「に、二百年以上も続くコンプレックスだもんな」
「私だってもっと「ボンキュッボン!」なボディほしかったもん! サクラみたいに着物からポロリとか、お風呂場で「リュナちゃんって体凄いね……ポッ♡」とかやってみたかったんだもん! R18なんかとっくに超えてるのに全年齢対象じゃないと世界に足を踏み込めないとか理不尽だと思うんだよッッッ!!!」
「……なんかごめん」
「……もういいよ」
リュナが小さい体のまま頬を何度も叩く。
小さい体故だろう。まったくをもって痛くない。
「でも、ルーグ―――ううん、ユージンがこっちの方がいいならこっちにする」
「俺的には今の方がいいかなぁ。ほら、こっちの方が昔みたいで俺は好きだし」
「……なら二人っきりの時だけね」
ほんのりと、人形サイズのリュナが頬を赤く染める。
角度的に首を横に向けないと見られないユージンは前を向いていたため、貴重な可愛い姿は見られなかった。
―――すると、不意に長いチャイムが鳴り響く。
「授業終わったみたいだね」
「そうみたいだな。今となってはこのチャイムですら懐かしいと思えるのが不思議だよ」
「授業に出てみたらもっと懐かしい気分を味わえるかも。自分で言うのもなんだけど、ここの学園の授業は結構充実してるんだから」
「へぇー、そりゃ楽しみだ。夜になったら「今日は懐かしいことだらけだった」みたいなこと吐いて感傷に浸らせてもらうよ」
「お酒用意しておかないとね」
「やることが昔話を語るジジイなんだけどその話乗った」
へへっ、と。二人は顔を見合わせて笑みを溢す。
その時であった―――
「おいっ、クズユージン!」
背後からいきなり声がかかる。
ふと思わず振り向いてしまうと、そこには肩口まで切り揃えた黒髪の少女と、何やら怒りが滲む表情でこちらを見てくる金髪の少年の姿。その顔はここに来たばかりのユージンですら見覚えがある者であった。
「……誰?」
「確か、この子はハルトくんだったかな? 成績優秀で、教師の人達もすっごく気に入ってる子」
「ふーん、やっぱり俺とは正反対の主人公様ですか」
記憶が間違っていなければ第二部の主人公。
恐らく後ろにいる女の子はヒロインの誰かなのだろう。もう年月が経ちすぎて仲がよかったリュナしか思い出せなかったが。
「もしかして授業が終わって真っ先にやって来たのか? いやー、凄いな。もはやユージンくんは手を振ったら黄色い歓声が上がるアイドルさんだ」
「押し掛けのストーカーって困っちゃうよね。今すぐ衛兵呼んで被害届出してくる?」
「悪評込みの総合的な判断を下せば間違いなく捕まるのは俺だろうな」
さて、どうするべきか。
別にもう主人公と関わろうとも謝罪して改心しようとも思っていない。
元より、自分はやってないし関係ないのだ。
それであらぬ因縁をぶつけられても困る。そういうのはもう一回だけで充分だから。
「まぁ、とりあえず適当にあしらって―――」
そう言いかけていた時。
唐突に赤黒い何かがユージンの横を通り過ぎた。
そして、それは───
「ば?」
───容赦なくハルトの顔面へと突き刺さる。
「ばべるごぶちゃべ!?」
「ハ、ハルトくん!?」
少年は庭園の端まで吹っ飛んでいき、少女が慌てて駆け寄った。
その様子をユージンは開いた口が塞がらないまま眺める。
虚空には、自分が殴られた時と同じ赤黒い腕が浮かんでいた。
「あの子ってあなた様の生徒でいらっしゃいますよね?」
「うん、でもあの子ユージンを「クズ」って言ったし」
「自分の生徒なのに私利で拳を叩き込める容赦のなさ、マジでぱないっす」
「行こっか」
「……そうね、行きましょ」
ユージンを馬鹿にされることが嫌いなこの学園の長。
流石の悪役も引き攣った頬が戻らない現状ではあったが、とりあえず面倒事になる前にリュナに促されるままその場をあとにするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます