第30話 聖剣の持ち主


 気を利かしてダークドラゴンが迎えに来てくれなかったら、俺たちは脱出できなかった。


「ありがとうな」


 ドラゴンの背中を撫でながらつぶやく俺の心境は複雑だった。

 まさか、多種族同盟軍にナサヤちゃんがいるとは思わなかった。


 誰よりも優しくて、賢くて、貴族様と養子縁組して早々に孤児院を出て行った子。


 最後の言葉は今でも鮮明に覚えている。



『タカくんのこと迎えに来るから。待ってて』



 忘れようとしても忘れられない言葉だ。


 あの地獄のような場所で唯一、俺に優しくしてくれた人からの言葉は呪いとなって俺を縛りつけた。


 結局、俺は16歳になるまで孤児院を出て行かずに育った。


 ナサヤちゃんのことを信じたかった。


 だけど――



「来なかったくせに。嘘つき」



 またしても人間に裏切られた。


 俺は何もしてないのに。

 ただ突然、転生させられただけで、元の世界に帰りたいだけなのに。



「ツダ」

「ごめんな。一人で行かせなければ、こんなボロボロにはならなかったよな」



 不安そうに見上げるシュガに金平糖を差し出す。

 すると、シュガは首を振った。



「いいの。助けに来てくれたから」

「俺は嘘はつかないよ」



 そうだ。

 嘘に塗れた俺だけど、肝心なところで嘘はつきたくない。



「その人がダグダって鬼人族?」

「あぁ。戦闘できる体じゃないから、このまま何事もなく魔王国に戻れればいいな」



 ここまでの経緯をダクダに話していると彼は勢いよく頭を下げた。



「うちの馬鹿息子がすまん。そのような無礼を受けたにも関わらず、危険を承知でわしを助けに来てくれたとあっては、どのような言葉で感謝を伝えれば良いのか想像もつかない」

「いいよ。俺はあんたにやってもらいたいことがあるから助けた。それだけだ」



 そんな雑談をしている時だ。

 滑空していたダークドラゴンが金切り声を上げた。


 緊急事態を知らせる合図だ。



「ツダ、何か来る!!」

「これは――――っ!?」



 ドラゴンの背中から顔を出して眼下を見ていたシュガの手を引き寄せた直後、シュガのいた場所が閃光に貫かれた。



「聖魔法……勇者か!?」



 ダークドラゴンの翼と体の一部を貫いた聖なる砲撃魔法が連射される。



「捕まれ、離脱する!」



 最後の力を振り絞るように、高度を上げるダークドラゴン。

 しかし、速度は遅く、背後からの攻撃魔法を避けることはできなかった。



「くそ! 俺が盾になる。お前らは下がってろ!」



 立ち上がろうとするも、ダークドラゴンが旋回してしまい、足元がおぼつかない。



 こいつ、わざとやってるのか!?



「おい! やめろ! このままだと死んでしまう!」



 叫んでもダークドラゴンは無言で飛び続けるだけだ。

 片翼は半分以上を失い、横腹からは出血が続いている。それでも飛び続けた。



「シュガ!」

「もう捕捉したっ!」



 シュガと視覚をリンクすると、ちょうど多種族同盟軍と魔王軍がぶつかり合う最前線にいる男がロックオンされていた。



「こいつか……」



 とんでもない距離があるのに一度も外すことなく、攻撃魔法を撃てる人間だ。


 まさか、こいつが前線を崩壊させて鬼人族を一時的に帰還させるきっかけを作った奴か?


 凝視していると男が光る何かを頭上に掲げた。



「シュガ、拡大できるか?」

「やってみる」

「いや、あれは……聖剣っ」

「え?」

「"勇者の一撃"が来る!」



 ここにいる全員は闇属性。

 つまり、究極の聖なる魔法である勇者の一撃には耐えられない。



「シュガ、そのまま見ていられるか?」

「はっ。誰に口きいてるのよ」



 膝は震えているが、シュガは最後まで目を離さなかった。


 だから、弾丸の大きさまでサイズダウンさせて、射出速度を限界まで高めた黒炎弾を放つことができた。


 危険を承知の上で俺たちを乗せてくれたダークドラゴンの存在が消滅する。


 俺はその消えゆく瞳を見て、謝ることしかできなかった。



「これからどうする!?」



 足場を失い、落下していくダグダからの問いには答えられなかった。

 この期に及んでプランBなんかない。


 このまま地面に叩きつけられるのを待つか、最後まで足掻くかの二択だ。



「当たったか?」

「掠っただけ。でも、黒炎が体を焼いてるからしばらくは大丈夫かも」

「よく見せてくれ」



 拡大された勇者は消えない黒炎を気にしつつも、またしても剣を掲げようとしていた。



「あれは黒曜石……? まさか、聖剣ゼラ!?」



 拳に力が入る。

 爪が食い込み、手のひらの中でヌルッと滑った。



「もう一発いくぞ。あいつだけはここで仕留める」

「え!? いいの!? 人間殺すの!?」



 何をそんなに驚くことがある。

 俺は鬼人族を名乗って、既に5人も手にかけている。


 それなのにシュガの驚き方は演技っぽくなかった。



「魔王様にとっての脅威となりうる。それに……」



 それに、奴は俺から聖剣を奪った男だ。



 あいつが居なければ、俺は勇者になれたのに。


 魔王国に出向くこともなく、厄介事にも巻き込まれなかったのに――



 落下までの時間がない。

 俺は魔力を固め、黒炎弾を放った。


 2発目の"勇者の一撃"が向かってくる。

 俺たちの落下速度を計算した上での砲撃。このまま落下すれば間違いなく直撃する。


 俺は死を覚悟しながらも、親指の魔法具に込められた簡易飛行魔法を発動させた。


 シュガは自分の翼で飛べるから問題はない。

 ただ、魔力を消耗しているから長時間は困難だろう。


 俺の魔法具もダグダを抱えたままなら数秒しか飛べない。



「……片足と引き換えか」



 つま先が砲撃魔法に触れそうになる直前、上空から放たれたブレスが勇者の一撃とぶつかって爆散した。



「クシャ爺」



 間一髪で老龍クシャリカーナに回収された俺たちは超速度で離脱し、魔王国領内に入った。



「……ありがとう、師匠。最後のは肝を冷やしたよ」

「貴様らしくないゾ。アレは勇者の一撃なんかではない」

「いや、あれは聖剣だった。間違いない」

「聖剣を持つ者が必ずしも勇者とは限らナイぞ」



 何を言ってるんだよ。

 聖剣に選ばれたから勇者なんだ。


 でも、もしもクシャ爺の言う通りなら。


 聖剣ゼラが認めたのはあいつじゃなくて俺のままだったりするのか――


 いや、今はそんなことよりもだ。



「ダークドラゴンを一匹失った。ごめん、師匠」

「奴は自ら志願したのダ。そして見事にやりきった。鬼人族は十分な戦力になる。本望だろう」



 そう言われても納得できなかった。

 俺がシュガと一緒に行動していれば。もっと早くダグダを救出できていれば。もっと魔法の練習をしておけば。

 そんな後悔が押し寄せてくる。


 人族にとってダークドラゴンは敵だ。


 俺は敵の一匹をほふったんだ。

 多種族同盟軍にとって有益な行いをしたから俺は正しいんだ。


 そう自分に言い聞かせようとしても、俺たちを庇ってくれたダークドラゴンの瞳が脳裏に焼き付いて離れない。


 俺が殺してしまった。



「ツダ……」



 シュガも何か言いたそうにして口をつぐんだ。

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