第31話 トライデント


 人族からの追撃もなく、魔王国のオーガ族の居住区上空まで運んでくれたクシャ爺はゆっくりと着陸した。


 規約があり、普段は降りてこないダークドラゴン族に臨戦態勢で臨むオーガ族。

 その中心にはシャナダの姿もあった。



「ダークドラゴン族が何の用だ!」

「ほざくな、小僧。ツダ、口の利き方を教エテオケ。不愉快ダ」



 ブレスの一発でもお見舞いするのかと思ったが、老龍クシャリカーナはそのまま飛び立ち、俺たちだけが残された。



「お前ら……。オヤジ!?」

「この馬鹿者がッ!!」



 と、ぶん殴りそうな勢いのダグダだが、足もガリガリで肉は削がれ、まとも立つことも歩くこともできない。


 シャナダはゾンビのような足取りで近づき、お化けにでも触れるような手つきで、ダグダの腕に触れた。



「オヤジ……っ!」



 熱い抱擁を交わすかと思ったが、ダグダは渾身の頭突きで応えた。



「わしのことなど放っておけば良かっただろ! どうしてツダ殿にこんな危険なことを頼んだ! 彼らを見ろ! 心身共にボロボロだぞ!」

「……それは」



 視線を逸らしたシャナダの顔は悲痛に歪んでいた。



「だってよ。オレたちは家族だろ。何十年も前に捕えられたとしても忘れられねぇよ」

「なぜ自分で来なかった」

「……………………」

「飛べないからか? 怖じ気づいたか? それともわしの代わりに一族をまとめているからか?」



 シャナダは反論も言い訳もしなかった。

 確かに危険な依頼だった。


 今回は俺が人族のスパイで、シュガとダークドラゴンの協力があったから救出作戦が成功しただけだ。俺たち以外では成り遂げられなかっただろう。


 ダグダの監禁場所なんて絶対に見つけ出せないし、人族の包囲網を抜けられるとも思えない。

 極めつけはあの勇者だ。



「それにツダ殿に食ってかかったそうではないか」

「それは、勘違いして。一本角モノホーンでもないくせに偉そうな態度を取るから」

一本角モノホーン?」



 不思議そうなつぶやいたダグダが俺を振り向く。

 そして、シャナダに視線を戻して、やっと息子の変化に気づいた。



「お前、角はどうした?」

「折られたんだよ、そいつに」



 恨めしそうに俺を指さして睨む。


 あれは仕方なかった。

 俺はここにいる全員を殺すつもりだったから、シャナダの角がなくなった後のことなんて考えてなかった。



「ガハハハハハハハッ」



 大口を開けて笑うダグダにオーガ族も鬼人族も困惑している。



「この力を目の当たりにして一本角モノホーンなど。ツダ殿、失礼するぞ」



 手招きするダグダに近づくと彼は俺の髪をかき分けた。



「見ろ。ツダ殿は三本角トライデントだ。そもそも鬼龍族なのだから、我らと同格に扱うことすらおこがましい」



 は!?

 三本角トライデント!?


 俺に角なんかない。

 だから、一本角を偽装するためにカチューシャをつけていた。


 それが破壊されたから証拠隠滅のために一族を根絶やしにしようと考えたら、ドラゴンの力が使えたというわけだ。


 ダグダは俺の額に一本、左右の側頭部に一本ずつの角が生えていると指摘した。

 場所的にはちょうどカチューシャがぶつかる部分だ。


 ここ最近、カチューシャがジャストフィットしない感覚だったのは、この角にぶつかっていたということなのか?


 もしそうなら、俺は鈍感すぎないか?



「シュガ、俺の角は元々生えていたのか?」

「う~ん。3つのこぶみたいなものがあるな、とは思ってたけど角ではなかったよ」



 シュガが言うなら間違いない。

 俺の角は鬼人族のダグダとの長時間に及ぶ接触によって発生したと思っていいだろう。



「額の角は鬼人族のもの、側頭部の角はダークドラゴン族のもの。紛れもなく鬼龍族だ。二本角ディアホーンのお前では最初から勝てる相手ではなかったということだ。今では角なしか。自業自得だな。これを機に自分の愚かさを猛省しろ」



 ダグダは容赦なかった。

 自分の息子が角なしにされたというのに俺を咎めるどころか、息子を𠮟責したのだ。



「ツダ殿、数々の非礼をお詫びする。そして、わしを人族の国から助け出してくれたこと心より感謝申し上げる。わしにできることなら、なんでも言ってくれ」



 ここからが問題だ。

 上手く話を進めないといけない。



「まずはダグダ、あんたには以前と同じようにオーガ族と鬼人族を束ねて欲しい」

「わしで良いのか? 鬼人族よりも高位であるツダ殿が率いた方が魔王国のためになるのではないか」

「角なしのシャナダはもう戦力にならない。そして、幻魔四将げんまよんしょうのオルダも消滅した。あんたもその体では戦場には出られない。だから、必要な時は俺が前線に立つ」

「それは我らとしてもありがたい話だが……」

「これを読んで欲しい」



 俺は魔王レイラルーシスから預かっている辺境伯についての資料をダグダに渡した。



「そこに書いてある役目をお願いしたい。俺は魔王様の文官だ。あんたを推薦するのは訳ない」

「今の魔王はこのような小難しいことを考えているのか。だから、我ら一族がこんな田舎に居住区を移されたというわけか。話を聞いておいて良かった。誤解するところだったわい」



 ダグダはレイラが3代目魔王に就任するよりも前に人族に捕まっているから、レイラのことはもちろん、居住区が変わったことも知らない。


 この男がレイラの考えを理解して、オーガ族や鬼人族に説明してくれれば話が早くていい。


 あと鬼人族でまとも戦えるのはシャナダと一緒に前線から戻ってきた数人だけだ。

 前線に戻ったところであの勇者に倒されるだろう。



「分かった。ツダ殿に従おう。救われたこの命、貴殿のために使うと誓う」

「頼もしいよ。俺も命を賭けた甲斐があった」



 がっちりと握手を交わし、ふて腐れているシャナダの方を見る。



「お前たちが撤退を余儀なくされたというのは、聖剣を持った勇者が来たからか?」

「あぁ。あいつの一撃でほとんどの魔物が消滅した。まともにやり合っていい相手じゃねぇ」

「俺たちもそいつに遭遇した。運良く逃げ切れたが、ダークドラゴンが犠牲となってしまった」

「あいつから逃げた!?」



 ダグダが重々しく頷いた。



「ダークドラゴンの仇でもあるし、あいつは俺が仕留める」



 それに、あいつは俺の聖剣を持っている。

 他の連中に破壊されたり、奪われる前に取り返したい。



「敗者は何も言えねぇ。好きにしてくれ」



 こういう場面だけは魔王国だと話が早くて助かる。


 傷ついたシュガと一緒に魔宮殿に戻ろうとした時だ。

 一番最初に俺を自分の息子と勘違いしたオーガ族の女性が俺の手を引いた。



「どうか、うちの娘の婿になってくれないかい? そうすれば、本物の家族になれる」



 とんでもない提案に俺もシュガも頭を抱えた。

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