第26話 悪魔の気まぐれ(シュガ視点)


 ツダから、がま口を預かった契約悪魔――シュガは指示通りにロングコートのフードを被り、砂糖菓子が売られている店を目指した。


 普段から宙に浮くことを好まないシュガは今日も自分の足で歩いている。

 その足取りは決して速くない。

 たとえ、背後から何者かにつけられていたとしてもだ。



(人族の戦士かな。見えているだけで8人。狙いはツダじゃなくて、アタシか)



 いくら人族の少女のような見た目だったとしても、魔力量もまとうオーラも違う彼女が人族の中に紛れられるわけがなかった。



「そこの男、甘い星形の塊を全部出しなさいよ。お金っていうのは持ってるから」



 店員に対しても尊大な態度は変らない。

 悪魔とは誰に対してもこびへつらうことのない生き物だ。

 唯一、逆らわないのは自分の体を支配している契約者のみ。


 店員には戦闘の素養はない。それでも、シュガに対して違和感を感じていた。


 面倒な客だな、程度の認識では済ませられない雰囲気の中で言われた通りに砂糖菓子と硬貨を交換した。



「んー! 甘くて良い香り。これ、あんたが作ってるの?」

「いえ。ここでは売るだけです」

「なーんだ。じゃあ、誰が作ってるのよ」

「分かりません。僕は陳列されている商品を売るだけなので」



 シュガはツダの言葉を思い出した。



 ――魔族も魔物共も他人に興味がなさ過ぎる。そんなんだから弱点の一つも見つけずに、正面からぶっ殺すみたいな戦い方しかできないんだよ。ダークエルフの方がよっぽど賢いぜ。



 ふふっと、小さくフードに隠れて笑う。



「どうしました?」

じゃないんだなって思っただけ」



 シュガは砂糖菓子が詰められた紙袋を抱いて店を出た。



(人間は他人に興味があるみたいな言い方だったけど、皆がツダみたいな奴じゃないってことね。おっと、これは秘密だった)



 大量の砂糖菓子を手に入れてご満悦のシュガだったが、ふとツダの顔を思い出して集合場所とは反対側へと足を向けた。



(アタシが見えないほど、魔法抵抗を強くしている場所がどうしても気になるのよね。ツダは今頃、交渉中かな。別に失敗するとは思っていないけど……)



 シュガは紙袋の中身を見て、にんまりと笑った。



(気分がいいし、あの鬼人族を探してやるか)



 意気揚々と一歩踏み出したシュガの前に立ちはだかる影。

 さっきまで賑わっていた通りには誰一人としていなくなっていた。



「悪魔が人里に何の用だ」

「見て分からない? 買い物ってやつだけど」



 抱きかかえている紙袋を見せつけるようにしても、シュガの行く手を阻む男は問答無用とでも言いたげには腰の剣に手をかけた。



「誰の手引きだ。まさか、この国に魔王国の間者が紛れ込んでいるのか」


(こいつらッ――)



 シュガは下位レッサーとはいえ悪魔だ。

 しかし、心がないわけではない。



(ツダが魔王国に潜入していることを知らないの? そんなんだから、自国に敵がいるなんてありえないって思えるわけ?)



 毎日のようにツダを見ているシュガにとって、人間の方がよっぽど悪魔的だった。



(あー、そう。アタシの契約者はあんたたちにとって生け贄ってわけ)



 紙袋を握る手に力がこもり、熱を帯びる。



「やる気出た。何が何でも連れて帰る。そんで破壊の限りを尽くしてやるわ」

「何を訳の分からんことを」

「人間風情が。止められるものなら、止めてみろ!」



 ツダを信じて紙袋とがま口を地面に置いたシュガが走り出す。


 決して足が速いわけではない。

 だが、シュガは全方位を見ることができる目を持っている。


 視線を逸らさなくても、男がどう動くのか手に取るように分かった。



「こいつ!」



 シュガが見据えるのはテグスン国にある多種族同盟軍本部から離れた塔。

 そこだけが異様に歪んで見えていた。



「教えてあげるよ。目は口ほどにものを言うって、ね」



 ツダからの受け売りだけど、と心の中で付け足す。


 素早い悪魔を捕えられないと判断した騎士の男は一瞬だけ視線を逸らした。

 男の目は確かに塔を見ていた。



「その女を捕えろ! 塔には近づけさせるな!!」



 男の指示に従って隠れていた複数の騎士が飛び出す。


 しかし、シュガは彼らの位置を全て把握済みだ。

 誰の手もシュガに触れることはできず、ジグザグに走る悪魔の後を追うことしかできなかった。


 悪魔であるシュガの体力は無尽蔵だ。

 一度も足を止めることなく、迫り来る追っ手を撒き続ける。


 いつの間にかフードは脱げて、悪魔特有の角が露見しているが、そんなことは関係なかった。


 鬼人族のダグダが収容されている場所を特定した今、コソコソする必要はない。

 ツダが戻る前にダグダを助け出して、そのダグダに追ってくる人間を殺してもらおう。


 そんな風に考えながら脱いだロングコートを小脇に抱え、助走をつけて背中の羽で空へと舞い上がった。



◇◆◇◆◇◆



 塔の窓から中へと侵入したシュガが目を凝らす。

 やはり中に入れば魔法抵抗は薄くなり、はっきりと鬼人族らしき影を視ることができた。


 あとは上に昇るだけ。

 永遠に続きそうな螺旋階段を昇るシュガだったが、何分、何十分経っても、目的地に着かない。


 そんな単純なことに気づけないほど、シュガは人族の魔法にはまっていた。



「…………慣れないことはするもんじゃないわね」

「ここまでだ、悪魔め」

「この塔は貴様のような頭の弱い魔物を捕える為の施設だ。我らの思惑通りに動いてくれてありがとよ」

「塔の上に何を見た? 何が目的だ?」



 螺旋階段の途中で騎士たちに挟まれたシュガは脱力して己の愚かさを恥じた。


 最初から全てツダに任せておけばよかったのに。

 彼の心が視えてしまったが故に破滅へ向かうような真似をしてしまった。



「そっちは任せるわ。せめて、邪魔はしないから」



 騎士たちが一斉に飛び掛かる。


 悪魔に物理攻撃が効かないのは常識だ。

 攻撃手段は聖魔法一択。


 侵入者を撃退するために派遣された騎士は全員が聖魔法を取得している。

 つまり、シュガに勝ち目はなかった。


 現にシュガの体は眩しい光に包まれ、燃やされている。

 黒と赤のゴスロリ衣装も、ピンクの髪も、全てが灰になる。騎士たちはそう思い、疑わなかった。



「……あいつがいなくてよかった。あんたたち不運ね」



 自分たちの方が圧倒的に優位なはずなのに。

 逃げ場もなく、ただ聖なる炎に焼かれているはずなのに。



 なぜ、こんなにも汗が止まらないのだ。



 若い騎士が一歩後退ったのが合図だった。


 少女の姿をしている悪魔の体が膨張を始め、焦げた洋服を破れていく。



「……な、なんなんだ」

「た、退避!!」

「急げ、退却だ! 階段を駆け下りろッ!!」



 悪魔はどんどん膨らみ、球体の形へ。

 狭い螺旋階段に追い込んだのが間違いだったのだ。


 逃げ遅れた騎士の一人は悪魔の体と壁に押しつぶされ、彼の悲痛な声が塔内に響き、途切れた。


 その声が更に恐怖をかき立て、騎士たちの混乱を招いた。


 やがて塔の壁や階段にひびが入り、塔が崩壊を始めると、騎士たちは我先にと窓から飛び降りた。



「デブ悪魔め――」

「幻惑の塔はもうダメだ! 本部に連絡を! 至急、応援を――」

「母ちゃ――」

「死にたくないぃぃいぃぃぃぃ――」



 シュガに潰される者。高所から飛び降りて骨を折る者。打ち所が悪く即死する者。崩壊した塔の瓦礫の下敷きになる者。


 この数分で侵入者の撃退を命じられた部隊は全滅した。


 幻惑の塔と呼ばれた施設も煙を立てながら崩落し、周辺に甚大な被害をもたらした。


 そんな瓦礫の山からひょっこり顔を出したシュガは全裸であることに気づき、指を鳴らした。

 途端に元のゴスロリが形成される。しかし、聖魔法で傷ついた体と髪はそのままで火傷痕が痛々しい。



「……誰がデブよ。だから、見せたくないんだっての」



 下位悪魔レッサーデーモンであり、視力に特化したシュガに攻撃の手段はなかった。

 体の形を変えるなんて芸当は契約者であるツダとの契約によって生まれた偶然の産物だ。



「カロリー爆弾の金平糖を1日10個も食べれば、誰だって太るわよ。それなのに、11個目を差し出すなんて、乙女の体型維持努力を何だと思っているのかしら」



 シュガの言うカロリーとは魔力のことを指す。

 ツダは無意識のうちに金平糖に自分の魔力を含ませて、シュガに与えていた。


 いくら悪魔でも魔力の備蓄機能には限界がある。だからこうして、ツダに隠れてガス抜きしていたのだが……。



「助かったからいっか。ここはハズレだったなぁ。ツダ、ちゃんと聞き出せてるかな」



 シュガは最も痛む腕を庇いながら歩き出し、ツダから聞いていた緊急用の合流地点へと向かった。

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