第7話 友達宣言
「だから、ゴメンってば。何回も謝ってる――フフッ」
「また笑ったな!」
憎き人族の宿敵、3代目魔王の城である魔宮殿に転職した翌日の夜。
魔の者たちが活動を開始するこの時間帯こそ、宮殿内は活気づく。
俺が書類業務を終えて、使用人の食堂へ向かおうとしていた時にマンティコア族のクーガルとばったり出会った。
彼のライオン頭の一部にはタテガミがない。
俺が掴める分だけだから、猫の額ほどという表現が正しいだろうか。
頭が大きいからそこまで目立たない。でも、ないものはない。
すでに傷は治っているようだが、頭皮は剥き出しになっている。再戦するのであれば、執拗にそこだけを狙ってやろう。
「本当に生えてこないのか?」
「毛根という概念がなくなった」
そう言うクーガルはどこか寂しげだったが、一変して怒気を強める。
「オレはタテガミのことをグチグチ言っているわけではない! 貴様は真剣勝負に魔法具、呪具、そして書類を使ったのだぞ! しかも、契約悪魔で拳をいなすとは! それでも誇り高き魔王軍の戦士か!」
「いや。俺、戦士じゃないし。それにあの話は嘘だし。悪魔と契約してないし。お前、何もわかってないじゃん。それに――」
足を止めて振り返る。
「戦場ではそんなこと言ってられないぞ」
夢が一つ叶った瞬間だ。
これ一度は言ってみたかったんだよ。
一人感動している俺の前では、クーガルが頬を引きつらせて拳を握っていた。
「お前もオレのことを馬鹿って思ってるんだ。そんな怖いこと言うなよ! 戦場はおろか、初陣すら経験してないんだからさ!」
突然、情けない声を上げるクーガル。
うつむいて肩を震わせるものだから、本当に泣いているのかと思った。
「ごめん。俺が悪かったよ。元気だせよ」
そっと肩を組んで、食堂へ向かう。
話を聞くと、魔宮殿におけるクーガルの立場は召使い……従僕らしい。
「従僕ってのはちょっとな。フットマンって言っとけ」
「フットマン……かっこいい」
格好良いか?
何にしても機嫌が直ったならよかった。
「俺は文官として雇われているから戦闘には参加しない。ここに人間共が攻めてきたら真っ先に逃げる」
「あんな強いのにか!?」
「強くないって。ライオンの毛をむしるのがやっとなんだぞ。強ければ、開始早々にぶん殴ってるよ」
ひっ! とクーガルが頬をおさえる。
「ほら」
執事服の内ポケットから多種多様の書類を取り出して、クーガルに見せてやる。
この魔宮殿で働く使用人たち全員分のプロフィールだ。
名前、種族、階級、給金など。
誰でも知っていることと、あまり知られていないことをメモした紙。
これに、どんな戦い方をするのか、使用する魔法や呪術、弱点などを追記した手配書も作成済みだが、そっちは人族の多種族同盟軍に渡す用として隠してある。
「昨日、クーガル以外の奴と戦っていたとしても俺はこのメモを頼りに口から出任せを言っていた」
「出任せ? じゃあ、オレの親父がお前のところに来たってのも!?」
「嘘だ。泣きつかれてもまだそこまでの力は持ってない」
心の底から安堵したような表情で息をはく。
たとえフットマンだったとしても魔宮殿で働くのであれば、けっこうな金額を稼いでいることになる。
給金の全てを仕送りするとなれば、楽とまでは言えなくても生活苦は和らぐだろう。
「オレは送り出してくれた田舎の父ちゃん、母ちゃん、それに兄弟たちに美味いものを食わせないといけない。そのためならなんでもする」
靴磨きだろうが、椅子引きだろうが、ダークホースの随行だろうが――と熱意を帯びる目で告げた。
「殊勝な心がけだ。クーガルみたいな奴が損をする国なんて間違ってる」
なーんて、これで魔宮殿の中に味方ができればラッキーなんだけど。
しかも召使いなら魔王の側に近いわけだし。
「ツダ!!」
がしっと俺の手を掴んだクーガルが、ガルルルと喉を鳴らした。
「お前、いい奴だな! オレたち今日から友達な!」
お、おぅ。
そんなこと前世でも言われたことないぞ。
「オレは魔王軍最強の戦士になる。
どうって言われても……。
でも、何か答えないといけないのなら――
「内側から魔王国を豊かにする。汚職は絶対に許さない。まだ誰も俺の言葉に耳を傾けてくれないから、発言力を高めるために上り詰める」
半分が嘘で、半分が本心だ。
2年の年月をかけて命がけで魔王のお膝元に辿り着いたんだ。このチャンスは逃せない。
そして、元の世界への切符を手に入れてやる。
その時までに人族と魔族の争いが沈静化していることを願うばかりだ。
「よし! 一緒に上を目指そう!」
デカい声で宣言するクーガルには呆れるが、こういう真っ直ぐな奴が身近にいるのは案外悪くない。
魔に属する者は狡猾な輩ばかりだと思っていたが、認識を改める必要がありそうだ。
「そうだ、あの骨はなんだ?」
矢継ぎ早に質問してくるクーガルの手をそれとなく振り解く。
おい。
あからさまに、しゅんとするのやめろ。
「あれは拾った」
「は……?」
嘘はついていないぞ。
「じゃあ、お前は拾った骨を体の中に仕舞っていて、その骨で俺の突きを受け止めたと言うのか?」
「まぁ、そういうことになるか」
俺の意思じゃないけど、と心の中で付け加えておく。
ボーンちゃんは自律型の骨だからな。
手を出したのはあれが初めてだし、きっと気まぐれな性格なんだよ。
クーガルはさっきよりも深く肩を沈め、ついにはしゃがみ込んでしまった。
「もしかして、飼ってるわけじゃないよな?」
「飼う? なにを?」
「骨」
骨を飼う?
はて……。
「魔獣飼いって奴だ。俺たち獣人種が何よりも恐れている」
「あぁ。他人に飼われたら、たまったもんじゃないもんな。安心しろよ。俺は魔物を飼うような奇人じゃないから」
「でも骨は拾うんだろ?」
やっぱり鬼人族こえーよ、とクーガル。
こいつの中でも俺は化け物認定されているらしい。
クーガルとの一戦のインパクトが大きかったようで、魔宮殿内では俺と視線を合わせないようにする使用人たちが続出中だ。
そんな中でクーガル、カイナ、フルーレは比較的、友好的に話しかけてくれる。
……正体はただの人間なんだけどね。
そろそろ長い廊下が終わり、食堂に着く。
俺も一つ質問してみることにした。
「クーガルは魔王様にお会いしたことはあるのか?」
ぴくりとクーガルのヒゲが動いた気がした。
「あるぞ。他でもない、魔王様が直々に居住区に出向いてオレを引き抜いてくださったのだ」
「すげぇな。どんなだった? 俺、まだ会えてないんだよ」
3代目魔王は戦場に出たことがない。
だから、人族や多種族同盟軍の中で魔王という存在は不透明のままだ。
屈強だとか、ひょろ長だとか、憶測で大体のイメージが出来上がっている。
一貫しているのはデカいということだけだ。
「実にお美しい方だった。全てを見透かすような紺碧の瞳に、流れるような金髪。そして、立派な角と威圧感溢れる魔力。何より香りが良い。お付きの悪魔は一体でも世界を滅ぼせるほどの実力者ばかりだった。この魔宮殿を染め上げる魔素を生み出すに相応しいお方だ」
すぅ……。
魔王って女かよッ!!!!
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