第8話 魔宮殿での発言力
魔王の正体が女だと発覚したからといって、俺の任務に支障はなかった。
今日もまた書類片手に各地へ走り回り、『書類鬼』という不名誉な二つ名を轟かせている。
もちろん、真面目に魔王の手伝いをしている間にも情報収集は怠らない。
実に役得。
各種族の長に会いに行くのをいいことに、居住区の視察が出来るんだからな。
どこが脆いのか。切り崩しやすいのか。
首都までの最短距離はどれくらいか。
すぐには訪れないだろうが、人族が魔王国に進軍することを想定して、シュミレーションしている。
その度に無理ゲーだな、と感心してしまう。
首都から離れた片田舎には、マンティコア族のようなゴリゴリの武闘派が住んでいる。鬼人族の進化前であるオーガ族もそうだ。
反対に大した戦闘力を見込めない種族は中央に近い居住区を与えられている。
そこから更に中央に行くには功績を挙げて、階級を上げたりするしかない。
だからこそ俺はダークドラゴン族のクシャ爺――クシャリカーナに弟子入りしたわけだが。
おかげで合法的に王都の近くで活動できていた。
それが今では敵の本陣勤務だなんて。人生は何が起こるか分からんな。
さて、今の魔王国は3代目魔王が就任してすぐに居住区の区画整理をしたらしい。
クーガルは中央から辺境へと居住区が変更になり、差別されたと思っているようだが、それは勘違いだ。
外から見れば実に攻めにくい。
内から見れば強い奴が端っこに追いやられて、しかも
そこに正せば、3代目が理想とする魔王国が出来上がるというわけだ。
……あれ?
俺、いらんことした?
金の問題が解決して、マンティコア族が活気づいていないか、それとなくクーガルに聞いてみよう。
国についての情報は集まりつつあるが、軍部や魔王そのものに関してはまだまだ不十分だ。
魔王に関しても情報は
クーガルがいくら真っ直ぐな奴でも俺たちは敵同士。
友達になんかなれるはずがない。
◇◆◇◆◇◆
「ツダぁぁあああアァァァッッ!!」
人族に仇をなす魔王の住処――魔宮殿に響き渡る大声。
獅子の咆哮を思わせる絶叫と、廊下を駆ける足音に使用人たちが道を開ける。
振り返った俺の肩を掴んだライオン頭の筋肉マッチョは、唾を飛ばしながら声を張り上げた。
「魔王様、誰かと縁組みしたいってよォ!!」
おぉー。
変わったことを言い出したな、うちのボスは。
というか、結婚とかに興味あるようなヒトなんだ。
話は変わるけど、これだとライオンに食べられそうになっている人間の構図だ。
是非ともご勘弁願いたい。
さっとクーガルの手を下ろし、一部タテガミのない箇所を撫でながら笑顔で告げる。
「じゃあ、人間の勇者を宮殿に招いて
何かの間違いで勇者が強敵をぶっ殺してくれたらラッキーだな。
いや、もっと間違いを起こして、そのまま魔王も倒してくれ。
そうなれば俺はこれ以上の危険を冒して魔王国に潜入を続ける必要がなくなる上に、目的を達成できる。
なーんて。
そんな甘い話があるかよ。
「なるほどな。それは妙案だ。ツダには計略も才もあるのか」
のしのしとやって来た喋る豹の悪魔が立ち上がる。
四足歩行から、二足歩行の人型の姿になったフルーレは執事服を揺らして、ぽんっと手を打った。
「魔王様に上申してみよう」
「へ……?」
そして、踵を返す。
ん??
待て待て。どこに行くんだよ。
俺が振り向いた時にはフルーレの姿はなかった。
いつもネコ科とは思えないほどゆったりと歩いているくせに、こういう時だけは俊敏な俺たち使用人の長。
きっと、本当に魔王の元に行ったんだろう。
いやいや、そんな呑気に構えている場合ではない。
冗談のつもりだったんだ。
それなのに……とんでもない事をしでかしたっ!!
「ツダはこれ以上、上り詰めなくても十分な発言力があると思うぞ」
まだだ!
まだ分からんぞ!
そんな方法で未来の婿を選べるか、馬鹿者ッ! と魔王が憤慨する可能性だってある。
金髪碧眼の美女なんだろ?
きっとプライドの塊に決まっている。
そう易々と俺の提案に賛成するはずが――
「ツダよ、まだここに居てくれたか。面白そうだからやってみろ、と魔王様は乗り気だったぞ」
ない、なんてことはなかった。
雷光の如き速さで戻ってきたフルーレは、鋭い牙を剥き出しにして笑った。
「ツダは人族への潜入経験も豊富だとクシャリカーナから聞いている。この件、貴殿の好きなように多種族同盟軍に伝えてくれて構わないぞ」
実のところ、俺が魔宮殿に召し抱えられたのは
こうなったら仕方ない。
俺は額の冷や汗が流れ落ちる前に自室へと戻ることにした。
すぐにクシャ爺に
なぜこんなにもダークドラゴン族の元長のフットワークが軽いのか。
理由は二つ。
一つ、俺を何度も人族が治める国に運んでいるから。
一つ、速く現地へ向かい、黒い食べ物や飲み物を調達してきて欲しいから。
「早く乗レ、準備は整っているのダろう」
俺が自室の窓に足をかけるだけで飛び乗ってこないことを不審がるように、苛立った声で告げるクシャリカーナ爺。
人型の時よりも声がはっきりと聞こえるが、歯の隙間から漏れたような話し方になっている。それでも他のダークドラゴン族よりも聞き取りやすい。
「いや、今回はどれだけの大荷物を持って帰ってくるのかなーって」
「案ずるナ。全部、背負ってヤルわ」
グハハハハハハッと空気を震わせながら笑う。
まるで、大船に乗ったつもりでいろとでも言いたげに。
正直に答えよう。
俺は多種族同盟軍に魔王国へ潜入しろと命じられたスパイなんだけど、
つまり、二重スパイというやつだ。
俺としては、『テグスン国』へ戻る大義名分があって楽なんだけど、魔王国の情報を流しすぎて、多種族同盟軍の動きが活発になるとかえってクシャ爺に疑われる。
進軍を邪魔するような工作を命じられた時は適当な言い訳を考えて、多種族同盟軍に大打撃を与えない程度に済ませているが、一時期はそれも限界に近い状態だった。
そういった苦し紛れの言い訳ボキャブラリーが枯渇した時、人族が好む食べ物を差し出したら話題のすり替えに成功した。
それ以降、クシャ爺は意味もなく俺を人族の治める国に送ってくれるようになった。
さて、雑談をしている間にもクシャ爺の背中に乗って大空を駆け抜けた俺は、転生者として16年間を過ごした『テグスン国』の上空から帰省を果たした。
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