第4話 問題発生
フルーレと名乗った豹男が契約書を持って立ち去った後、入れ替わるように仕事部屋に入ってきて
特徴的な尖った耳を見るに間違いなくエルフだ。
だが、高潔な種族であるエルフ族がこんな魔素臭い場所にいるはずがない。
それに髪色は金髪ではなく白髪で、肌の色は妖艶な褐色でもある。
「お初にお目にかかります、ツダ様。本日より専属メイドの任を仰せつかりました、ダークエルフ族のカイナと申します」
エルフと敵対する闇の勢力――ダークエルフ族。
人族として多種族同盟軍に所属していた時にはエルフと何度か会ったことがある。
エルフは勇者などの特別な人には友好的に接するが、ただの人間には興味を示さない種族だ。
よく言えば高尚、悪く言えば傲岸。
魔王国の一員として2年も過ごしたからダークエルフの存在はもちろん知っている。ただし、対面して話すのはこれが初めてだ。
彼らはエルフよりもプライドが高いから俺なんて相手にされないはずなんだけど。
「よろしく。特に用はないから下がってくれて構わないよ」
「承服しかねます。
お前がいると、俺の仕事が
そんな気持ちはつゆ知らず、すんっと澄ました顔で直立するカイナ。
俺はたまらず、彼女に座るように指示を出した。
「それは命令ですか?」
「命令だ。突っ立ってられると気が散る。俺の監視役なんだろ? そこなら座ってても見えるだろ」
来客用と思われる4人がけのソファに座らせ、俺は横長のデスクに戻る。
新品同然のデスクをひと撫ですると微かにオリーブの香りがした。
「良い物だ」
「エルフの森を焼き払った際に残った木で作られています。ツダ様のために、と魔王陛下が捕虜のドワーフに作らせたのですが――」
カイナはそこで不自然に言葉を切った。
「
忌まわしげに机を睨みつけながら鼻をつまもうとして、さっと手を下ろした。
きっと俺がいなければ「臭くて敵いませんわ」と大袈裟にジェスチャーしていたことだろう。
「無理してここにいなくてもいいのに。あ、そうだ」
換気目的に小窓を開けると、爽やかとは程遠い生ぬるい風が室内を循環した。
「ん? どうした?」
ソファの上で目をぱちくりさせるカイナに問いかける。
「……主人を前にして座らされたのも、そのように気遣われたのも初めてで戸惑っています」
彼女の目は「それも鬼人族のオスに」という差別的な心を語っている。
まさに目は口ほどに物を言うだ。
「もっと尊大な態度の方がいいかな?」
「宮殿内では問題ないかと。ただ、王宮では態度を改めた方が身のためだと思います」
カイナ曰く魔宮殿で働ける、つまり長時間居座れるだけで文官だったとしても強者認定されるらしい。
しかし、魔王宮はそうではなく、純粋な武力を示さなくては生きていけないとか。
「忠告、感謝する。さてと」
俺は乱雑に床に置かれた書類の山を持ち上げ、新品のデスクの上に置いた。
一番下にあった書類はもちろん一番上に。
床に直置きされたものを机に上げるなんて汚い真似できるか。
いつもの癖で無意識的に行ってからカイナの方を横目で見ると、その青い瞳を光らせていた。
「"管理局の書類鬼"は侮れないということですね」
そう言って、立ち上がり頭を下げる。
なに??
潔癖症って思われた?
「
はたと一番上に持ってきた書類に目をやり、後悔した。
よりによって、一番ダルい案件じゃねーか!
あいつら、時間稼ぎのために書類の隠蔽を図りやがったな!
「カイナ、留守を任せていいか?」
「もちろんでございます。いってらっしゃいませ」
そのまま丁寧に俺を見送るダークエルフの少女に手を振り、書類片手に飛び出した。
「これが、書類鬼――」
背後からそんな独り言が聞こえたような気もするが一旦は無視だ。
◇◆◇◆◇◆
ホブゴブリンが管理する財務部に直行した俺はアポなしで責任者の元に突撃し、首を縦に振るまで居座った。
金の管理をしているからと言って、ゴブリン族だけが甘い蜜を吸えると思うなよ。
もっと隅っこの方で貧しい暮らしを強いられてる種族もいるんだからな。
財源は無限ではない。
汚職まみれでよく運営できたな、魔王国。
こんな風に走り回っていると、いったい俺は何をやってるんだと自問自答したくなる。
俺、人族のスパイ。
情報、持ち帰る。
片言で自分に言い聞かせるように何度も復唱する。
そうしないと、いつ魔王国の歯車の一部に取り込まれるか分かったものではない。
まさかこれが狙いか! やるな、魔王。
小賢しい。実に小賢しいぞ。こりぁ、人間が手こずるわけだ。
「だぁー! カイナ、お茶ください!」
「こちらに」
瞬きする間も無く出てくるミルクティーをひと啜り。
「甘い! 美味い!」
初日から怒涛の書類業務に追われる俺を監視するカイナは優秀なメイドさんだった。
プライドの塊であるはずのダークエルフが人間の俺に奉仕してくれている。
これって本当にすごいことなんだぞ。
背徳の極み。俺の正体がバレたら殺されそう。
などと、現実逃避していた頭を切り替える。
「やーめた! 今日はここまで。終わり」
まだ半分以上の書類の山が残っているが、もう終業の時間だ。
それに持って来られる書類は魔王に判断を仰がなければならないレベルの問題ばかりで、俺がポンポン判子を押せるものではない。
この中に紛れ込んだ、しょうもない書類を見つけて処理するのが
それ以外の書類は魔王の元へ持って行ってもらうのだ。
「では、食事にしましょう。こちらへどうぞ」
人間の俺にとっては昼夜逆転の生活だが、慣れればどうってことはない。
カイナに案内されたのはだだっ広い食堂だった。
「使用人はここで食べます」
「魔王様は?」
「お部屋でお一人で召し上がられます」
なるほど……メモメモ。
「部屋とは?」
「魔王様のお部屋はいくつもあります。どこで過ごされているのか
随分と気分屋なご主人様だな。
使用人専用とは思えないほど豪華な食事を堪能した俺は追従したがるカイナを追い払い、魔宮殿内の探索を始めた。
この宮殿、とにかくデカい。
同じ廊下をグルグル回っているような感覚だ。
自分の部屋がどこにあるのかも分からなくなってしまう。
こういうときに鼻が利く種族であれば、自分の臭いを辿って自室に戻ることも可能だろうが、俺はただの人間だからそうはいかない。
「侵入できても逃げるのは一苦労だな」
それに魔王の部屋はいくつもあるというし。
数百年前に決行されたという人族の強襲作戦。その時の主戦場は魔王宮だ。
こっちの魔宮殿は建設すらされていなかったから、これから作戦を立案するのは骨が折れるだろうな。
「臭う、臭うぜ」
ふと、強烈な寒気と獣臭を感じ、全身の鳥肌が総立ちした。
「ただの種族じゃねぇな。名乗りな」
変なイベント発生しちゃったよ。
冷や汗を流す俺の背後には、ライオンの顔と鷹のような翼を持つ筋骨隆々の化け物が仁王立ちしていた。
「新人なだけで怪しい者ではない」
さっさと退散すべく、来た道を引き返そうとライオン頭の隣を通り過ぎ――られなかった。
「待てよ、角あり。新人でもここでのルールは聞いてるよな? オレは魔王様の宮殿内をコソコソと嗅ぎ回る不審者を放っておくわけにはいかないんだよ」
ライオン頭の発達した大胸筋がピクピクと動いている。
「あぁ、自分の存在意義を示せってやつか。俺は不審者じゃないからその必要はない。むしろ、罰せられるかもしれないぞ」
「じゃあ、素直に連行されろ。お前が何者なのかじっくりと聞かせてもらおうじゃねぇか」
素直について行って、フルーレやカイナに証言してもらえばすぐに済む話だ。
だが――
ここで大人しく従うのは魔王軍に属する魔物っぽくない。
それは人間のやることだ。
俺はこの2年間で嫌というほど学んだ。
「断る」
だから、俺の返答はこれしかない。
「そうかよ」
はっきりと答えた俺を見据え、心底楽しそうに笑うライオン頭。
次の瞬間――
容赦ない拳が叩き込まれた。
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