第14話独りの覚悟
ある日、スマホを見ると久しぶりにFacebookから通知が来ていた。
「Kanako Yoshioka(Sasaki)さんからメッセージが来ています。」という表示を見て、思わず頭を抱えた。
佐々木加奈子のSasakiがカッコに囲われて、Yoshiokaと付いている。間違いない、アレだ。
そう思って開いたメッセージは、案の定、結婚式への招待だった。当然のことながら二次会から。
いつもであれば、この類のメッセージは無視して来た。けれど気が付くと、「誘ってくれてありがとう、行かせてもらうね。加奈子と久々に会えるの楽しみだよ~。」と返事をしてしまっていた。魔がさしてしまったのだ。
みるみるうちに表情筋が死んでいくのを感じた。たまには人間関係のメンテナンスをするのだ、そこから誰か良い男でも紹介して貰えるかもしれないじゃないか、と言い聞かせ、笑顔を作って鏡を見ると、半分白目を剥いた女が映っていた。
佐々木加奈子は、高校時代の同級生だった。当時は仲が良い方ではあったけれど、ここ数年は疎遠でほとんど連絡をとっていなかった。
疎遠だった理由は単純で、私がずっと彼女からのお誘いを躱し続けて来ていたからだ。彼女のことが嫌いだとか、そういうことでは全くない。
ただ人付き合いが面倒で、億劫で仕方がなかった。
それでも学生時代は、ある程度そういう人付き合いに伴う面倒を引き受けていた。
友だちがいなければ宿題やレポートを教え合ったりして楽することも出来ないし、教室の中で共通認識となっているような噂話についていくことも出来ない。化粧品の使い方やファッションだってネット情報だけでは不十分で、友人関係の中で洗練していくものだ。
それに何より、孤独な人間の下には色々と面倒ごとがやってくる。
孤独であるということは、罪ではない。それ自体が苦しいかどうかというのは単に価値観の問題に過ぎない。けれどこの世界には、孤独でいる他人を孤独であるということを以ていくらでも攻撃して良いと思い込んでいる人間がうようよしている。そういう人間たちから身を守るために、自分は孤独な人間ではないということを対外的に誇示し続けなければいけなかった。
加奈子たちのことは好きだったけれど、一緒に時間を過ごしていて、取り立てて楽しいと思ったことはない。女同士で気を遣い合いながら過ごすより、一人で行きたい場所へ行き、一人で買い物をしたりして過ごす方が良い。
けれど、一人でいるよりもずっと、男と一緒にいる方が良かった。彼氏と遊びに出かけたり、自堕落にセックスでもして過ごしている方がずっと精神的に自由でいられた。
男は優しい。一緒に出掛けても、女と違って行きたい場所で揉めることなんて無いし、一緒に食事をしていても好きなものを食べ、大皿を分け合っても最後の一つを誰が食べるかなんて気にする必要は無い。
男といる間は、孤独からも人間関係からも迷いからも解放され、動物として正解でいることができた。
きっと他の女友だちも根本的には同じことを考えていたのではないかと思う。女と過ごす時間は、男と過ごす時間を手に入れるまでの待機所みたいなものだ。
クラスが変わったり、高校から大学へ進学してコミュニティが変わる度、あるいは男が出来る度に、今まで共に過ごした人間関係を顧みず遊牧民のように転々としてきた。
他の人と比較して淡泊過ぎるのかもしれない、と思うこともある。けれど、それで取り立てて困った事態に陥ったことはない。それにいつだって私は何かに追われていた。受験勉強や就活、婚活みたいなライフステージを上げる為の活動に精一杯で、非生産的な人間関係に割く心の余裕がない。
女友だち同士では常に繊細な立ち回りが要求される。人間関係のパワーバランスを勘案したり、常にアクティブな予備知識を仕入れておかなければならなかったり、ちょっとした言動で地雷を踏むこともある。性格が雑な私には、それが苦痛だった。
だから旧い友人たちから同窓会や女子会に誘われても、基本的には無視して来た。
けれどアラサーになって、「もしかしたら自分は結婚することができないのかもしれない。」という可能性を薄っすら認識し始めたとき、これまで人間関係のメンテナンスをしてこなかった事実に愕然とした。
男とツガイになることができないのなら、一生待機所で過ごすほかない。であれば、待機所を自分の居心地が良いように整えておかなければいけなかったのだ。保険をうたなければリスクが顕在化したときにまずいことになる、当然のことだ。
会場に到着すると、既に披露宴で出来上がってしまった加奈子の友人たちでひしめきあっていた。
これから結婚をすることがあっても、私は結婚式なんてすることはないと思う。芸能人でもあるまいし、お金にもならないのに自分の晴れ姿を他人に見せようとするなんて狂気の沙汰だ。既婚者の4割近く離婚するのが現代社会なのに、これだけ大風呂敷を広げてみせた挙句に別れてしまうようなことになったら、恥辱の余り死んでしまいそうだ。
だったら、そのお金を遣って旦那と海外旅行に出かけたり、猫を飼ったりしてみたい。ああ、猫飼いたいなあ。でもこの欲求も、子どもが出来たらなくなってしまう類のものなのだろうか。そういうことも私には判らなかった。
いずれにしても、私には、私の為にこうして集まってくれる友人なんていやしない。きっとだっちゃんは来てくれるだろうけれど、彼以外は参列者代行サービスを頼むことになるだろう。
久々に再会した同級生の多くは、披露宴からの参加だった。二次会からの参加は少数派だ。
加奈子と私の積み重ねてきたものの違いを思うと眩暈がした。
彼女たちの話題には私の知らない登場人物が余りにも多くて、もはや会話についていくことが出来なかった。少なくとも学生時代、彼女たちの多くよりずっと私の方が加奈子と親しいはずだった。
彼女たちだって人間関係を面倒に思う日だってあっただろうに、それを今日まで耐え続けてきた。私だけがそこから逃げ出していたのだ。
いや、逃げなければならないほど人間関係を厭うことそのものが異常なのかもしれない。どうしようもない居た堪れなさを感じた。加奈子たちは人間で、私は人間もどきだから。
「あれ、秋絵はどうしたの? 」
秋絵は加奈子の一番の親友だった子だ。彼女の姿が無かった。
「秋絵は今、病院だよ。」
「え、何かあったの? 」
私が問うと、みんなが揃って暗い顔をした。秋絵の身に何かあったのだろうか。早苗が加奈子に代わって神妙な表情をして口を開いた。
「莉佐、よく聞いて。秋絵はね、もう、……ブン……なの……。」
「ブン? 何なのブンって。」
私が驚いた顔をしたのが余ほど面白かったのだろう。耐えられなくなった加奈子がいの一番に噴きだした。
「秋絵は今、分娩台にいるんだよ~! 」
「分娩台って……。出産中ってこと?! 」
「そうだよぉ。……ブン……。アハハハハ! 」
すっかり出来上がっている彼女たちは、そんな下らないことで腹を抱えて大笑いしていた。私の方は、すっかり興が醒めてしまった。
「他にもっと良いワードあったでしょ、何なの、……ブン……。って! 」
加奈子がいかにも傑作だという様子で腹を抑えていた。
学生時代はこのノリの中にいたのだろう。それでももう私の居場所はここには無かった。周波数が違いすぎる。そもそも、秋絵が妊娠していたことさえ私は知らされていなかったし、私がそのことを知らないことを彼女たちは知っていた。それが全てなのだと思った。
誰もが酔っぱらった会場で、加奈子の男友だちが何人も私に話しかけてきては連絡先を交換していった。私はその度、彼らの語るエピソードトークに何回も「あ、そうなんですね。」と口にした。さぞや退屈な女だろう。私には彼らに語るような言葉が無かったし、仮にあったとしてもそれを紡いで口に出す技術も無かった。
客観的に見れば私もきっと立派な加奈子の友人らしく見えているのだろう。分不相応に高いデパコスとネットで調べて買ったドレスで相応の女らしく飾り立てたその実は、歩く空虚だと思った。
「明日仕事だから、そろそろ行くね。加奈子、呼んでくれてありがとうね。」
「うん、莉佐も来てくれてありがとう。ばいばい。」
加奈子たちに手を振って別れた。「またね。」ではなかった。誰も私を引き留める者がいなかった。そんな小さいことが澱のように心の底に張り付いて離れなかった。
やっぱり友だちなんて面倒だと思った。
女友だちだって、その大半は結局男とツガイになって抜けていってしまう。残るのは大体退屈なブスか、私でも扱いに困るようなじゃじゃ馬だけだ。一生過ごす相手には成り得ない。それでも一生、孤独に耐えるのは難しい。
マウンティングだとかライフステージだとか、そんなことはもうどうでもいい。生き抜くために、私は何としても結婚しなければいけないと思った。
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