第13話一人の夜
「だっちゃん、それって浮気じゃん。」
私がまんまと口車に乗せられて通関士資格取得のために資格予備校を選び始めたのとほぼ時を同じくして、だっちゃんは私以外の女友だちとフランス旅行に出かけることにしたらしい。
いつもの喫煙所で、私がタバコに火をつけながら言うと、だっちゃんは笑って答えた。
「莉佐ちゃんとの旅行が楽しかったからさ、女友だちと出かけるのも悪くないなって解ったんだよね。ずっとフランスに行きたかったし、彼女も行きたがってたし。」
「だからあ、だったら誘うのは私でしょってこと! 男友だちとなら許すよ。彼女でも許す。女友だちなら私を呼びなよ。」
「だって莉佐ちゃん勉強で忙しそうだったし。」
自分が資格の勉強を勧めたくせに、悪びれもせずそんなことを言うだっちゃんに妙な苛立ちを覚えた。
旅行を前にして浮足立っているのか、いつものように婚活が上手くいかない愚痴や不安を吐露する割合も気持ち少ない気がする。そのことも余計、癪に触った。
「女友だちとかいって、どうせ旅先で手出すんでしょ。逃げられない場所まで誘い込んで酷いことするんだ。卑劣漢だね。」
「オレ、秋田で莉佐ちゃんにそんなことした? よくそういう発想できるよね。あっ、わかったぞお、莉佐ちゃん、嫉妬してるんだあ。さてはオレのこと好きだなあ? 」
おどけて笑うだっちゃんの肩に思いっきりパンチを食らわせた。
「私はね、男友だちはだっちゃんしかいないんだよ。でもだっちゃんはそうやって旅行行くような女友だち何人もいるわけでしょ。一事が万事だよ。だっちゃんは絶対彼女ができても浮気する。」
「しないって。できないし。それに旅行行くような女友だちなんてそう何人もいるわけないじゃない。莉佐ちゃんとは、次また何処か行こうよ。」
「約束だよ、私に彼氏が出来てなかったらね。」
「オレに彼女が出来なかったらでしょ。」
「生意気なこと言わないで! 」
だっちゃんが声を出して笑った。相変わらず偏差値47の笑顔。私以外、こんな彼のことを親しい男友だちとして傍に置く女がいるだなんて思いもしなかった。少なからず動揺している自分に気付き、この感情は一体何なんだろうと思った。
もしいつかその子に会うことがあったら、「せっかくフランス行くのにだっちゃんで良いの? 」と訊いてみたい。或いはその子がブスだったら、何となく満足できる気がした。
だっちゃんの言うとおり嫉妬しているのだろうか。自分の器の小ささに嫌気がさした。
とはいえ一旦資格予備校に通い始めると、とてもじゃないけれど旅行に行くような時間はなくなってしまった。
毎日のように設定していた男たちとの食事も週3程度に抑え、週4は仕事終わりに予備校で講義を受けたり、自習をして過ごすようになった。
元々勉強は得意な方ではない。慣れないことをしていると段々頭が重くなってきて、眠れない夜が増えた。考えてみれば、こんなに勉強をするのは大学受験以来のことだ。
婚活も相変わらず上手くいっていない。
そしてお酒の量が増えた。
男たちと会わない日に、いつも一緒に飲んでいただっちゃんがいないから、ストッパーがおらず家で飲む酒量には際限が無かった。私の代わりに、今ごろ彼が別の女友だちと仲良くやっているのかと思うと惨めな気持ちになった。
夜の静寂が怖ろしい。資格の勉強を始めたけれど、それは独りで生きて独りで死ぬことに覚悟をしたからじゃない。
考えてみれば、だっちゃんがいなくなったら私は孤独だ。私たちのどちらかが結婚したら、私たちの関係はどうなってしまうのだろう。
昔の女友だちなんて今さら用も無いのに連絡できるはずもないし、仕事の外で利害の無い他人との関わり合いなんて無い。
彼と知り合う前は、一体どうやって一人の夜を乗り越えていたのだろう。
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