第10話スランプは続く


 

 とはいえ、私の婚活だって決してうまくいっているわけではない。

 東京へ帰ると、相変わらず仕事終わりに男たちとアプリ経由で会う生活が始まった。19時頃に退勤し、新宿や渋谷などの繁華街で待ち合わせ、2時間程度の食事をする。ほとんど毎日、男たちとノルマのように会う約束をした。休みの日であれば、ランチに一人、ディナーに一人と、計二人会うこともままある。

 年収一千万円だなんて言わない。イケメンであって欲しいだなんて言わない。普通で良い。ファッションセンスもなるべく見ないようにしている。後から幾らでもコントロールできるからだ。

 しかしそれらを抜きにしたって、大抵の男たちはマヌケばかりだ。学歴があって、年収があって、そういう本来高い知能を持っているはずの男たちが、何故か気の抜けた容貌でモソモソ話す有り様を見ていると、無性に苛立ちを覚えた。

 それでも、そういう男たちにも男としてのプライドだけはあるようで、大半の場合、初回デート代くらいはおごってくれる。彼らにとっては、或いは男としての沽券を保つ唯一の生命線なのかもしれないと思うこともある。

 それはほんの千数百円~数千円にすぎないけれど、それでも日々積み重なれば食費は浮くし、貯金も出来る。退勤から待ち合わせ、そして帰宅までの時間を計測し、おごって貰った食事代を時給で割り込むと、まあ、副業としては悪くない気がしてくる。そうやって心の何処かに折り合いをつけ、何とか日々のアポイントメントを乗り切った。

 逆に、たまにおごってくれない人に当たると、かなり衝撃を受ける。お金を出して貰うということは当たり前のことじゃないんだ、有り難いことなんだ、と自分に言い聞かせはするけれど、やはり一度日常化してしまうと、金払いの悪い男に対してどうしても「女として舐められている。」という感情を抑えることができない。

 だっちゃんも同様にして、毎日くだらない女たちと約束を重ね、日々タダ飯を配って回っている。

「それって給食係じゃん。見込みないと思った女からはちゃんとお金徴収しなきゃダメだよ! 」と忠告したこともあるけれど、笑って流された。ちゃんと貯金とか、出来ているのだろうか。

 毎日のように約束を入れることができる時点でだっちゃんも決して捨てたものではないのだと思うけれど、まあ多分、くだらない女たちの目から見る彼はやはり雑魚の類いなのだろう。

 たまにはイケメンが現れることもあるけれど、彼らの大半はヤリモクだった。場合によっては顔が良いだけで、重度のマザコンだったり、DV癖を隠しきれていなかったり、ある種の知的障碍を抱えていることもあった。今日まで売れ残っている理由があるということだ。

 初見で違和感に気付くことが出来ればまだ良い方で、何度も会って検討に検討を重ねた先に、「この人とは無理だ。」と思い至ることも少なくない。そういうときは本当に消耗する。

 男たちも男たちで必死だから、袖にする方法を誤ると執着されることも少なくない。私はそれが面倒だから、切るときは何も言わずに即座にブロックするし、特定につながる情報は何一つ渡さないことにしている。

 

 あるとき、アプリで知り合った男と何度かデートを重ねた。

 端麗な顔立ちをしていて、包容力もあったし、仕事も都内で区役所の職員をしていて、優良物件だと思った。

 けれど初めてセックスをしようとしたときに、腕を抑えられ、全体重をかけられた。痛い、痛いと言っても聞いて貰えず、腕に痣が残った。

 事後、暗にそれを非難すると、「あんまり反抗的なこと言ってると、打っちゃうよ。」といって薄ら笑っていたのだった。これは完全に地雷をひいてしまったと思った。

 その日のうちに彼のLINEアカウントはブロックしたのだけれど、翌日から彼は神田駅で私のことを待ち伏せするようになってしまった。私は、神田駅が職場の最寄り駅であるということを彼に伝えていた。そのくらいならば別に良かろうと思って、油断していたのだ。

 彼は話しかけてくるでもなく、後をつけてくるでもなく、ただひたすら駅構内の隅から私のことを監視していた。さすがに身の危険を感じ、交番から警察官を伴って近寄ろうとすると、彼はその場から遁走した。それ以来、彼の姿を見かけることはなくなった。今のところは。

 けれど、いつまた私に対する愛憎のような感情が蘇り、待ち伏せをされるのではないかと思うと気が気ではなかった。出会いアプリ経由で知り合ったストーカーに若い女が殺害された、というニュースを何度も見聞きしたことがある。自分がそうならないだなんて言い切ることは出来ない。警察に相談しても、明確に被害が出ておらず、付きまといも止んでいる現状では動きようがないと言われてしまった。


「そんなことあったんだ、それは大変だったね。」

 その男の話をだっちゃんに話すと、まるで他人事であるかのようにあしらおうとするのでトサカに来た。

「「オレがついてるよ! 」くらい言えないわけ? ああそうか、だっちゃんもあっち側の人だったもんね。だっちゃんに急に話しかけられた元カノさん、きっとすごく怖かったんだろうな、とっても! 男性恐怖症を克服するの、さぞや大変だっただろうなあ。」

「それはオレも今すごく思っていたことだけど、それを口に出さずにいてくれるくらいのデリカシーはあると思っていたよ。莉佐ちゃんが怖かったのは十分解かったから。」

 顔を引き攣らせていた。

 だっちゃんは男だけれど、それでも来る日も来る日も婚活をしていれば、当然何もないというわけはいかないようだ。

 美女だと思って何度かデートしたらマルチ商法で、カフェでデートしていると周りにその筋と思しき取り巻きが座っていただなんてことが何度もあったらしい。

「もう美女が来た時点でマルチ商法か宗教勧誘決定なんだからさ、待ち合わせに美女がいたら即帰りなよ。どうせ落とせないんだし。」

「それは、少しは夢見させてよ……。」

 そうして小さなトラブルに巻き込まれるのと同じように、男たちと出会い続けていれば、たまには「この人とだったら良いかもしれない。」という男と出会うこともある。ただそういう男は、何故かいつだって私を選ばない。

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