第8話説教
「思ったんだけど、だっちゃんさあ、理想高すぎるんじゃないの? 」
ある夜、婚活終わりに新宿でふたりして酒を飲むことになった。
「そんなことないと思うんだけど。これ、今日会って来た女の子ね。」
だっちゃんがアプリを開き、今日出会った女の顔写真を見せてきた。目立つ出っ歯に一重の目、髪型も適当で垢抜けず、決して美人とはいえなかった。
「なるほどね、こりゃ確かにブスだわ。だっちゃん、こんなのにナメられてるんだ。」
「そういうこと言うなよ。良い子だったよ? ただ、それでもオレじゃピンとこないっぽい。何でかなぁ。」
「ハハーンわかったぞ、誰かれ構わずってわけね。そういう態度よくないよお、女はそういうの見抜くから。」
「そういう女には霊感がありますみたいな話されても、こっちにはどうしようもないだろ。」
そう言ってタコワサを口に放り込むだっちゃんの手元をよく見ると、箸の持ち方がおかしい。電源コードが絡まったような指をしてよくもまあタコワサみたいなヌルヌルした物を摘まめるものだと感心さえしてしまう。「神は細部に宿るんだぞ、育ちを疑われるぞ。」と何度も指摘したけれど、「莉佐ちゃんだって左利きじゃん。」などと屁理屈ばかりこねて一向に直そうとしない。そういうところだと思う。
「それで、莉佐ちゃんのクソジジイクエストの進捗はどうなのよ。」
「ああ今日もマジでクソジジイだった。何なのアレ、ずっと仕事の話してきたよ。つまんないし、アプリの写真と顔が全然違うし。最後の方、ずっと温泉行こう温泉行こうって言ってきてキモかったなあ。30歳のジジイなのに発情してんなよなって。」
「いいよいいよ。莉佐ちゃんイラついて男の悪口言ってるときが一番輝いてるよ、マジで。」
「だから、笑いごとじゃないんだって!。」
まあ良いか。話せてすっきりしたし。だっちゃんが小さい声で、「30歳でジジイとか言われたらヤバいじゃん。」と独り言ちていたのを聞き逃さなかったけれど、そこには触れなかった。
学生時代のだっちゃんは、同級生やバイト先で出会った女とそれはそれなりに色恋沙汰のある「まともな学生。」として青春時代を送っていたらしい。元カノの写真を見せてくれたけど、みんなある程度可愛い女の子ばかりだった。だっちゃんが本当の意味で非モテになったのは社会人になってからだ。
だっちゃんはスルメみたいな男だ。ある程度長く話をしなければ、彼の魅力は判らない。婚活市場のように条件で機械的に足切りをされてしまうフィールドで、彼のような男はきっと不利なのだろう。
「だっちゃん、学生の閉じたコミュニティで相対的にマシだったから女と付き合えていたのかもしれないけど、少なくとも今当時のレベルの彼女が出来てないっていうことは、男として順当に洗練されてきてないってことなんじゃない? いい加減過去の栄光に縋るの止めな。つまり自分の身の程ってものをだねえ……。」
私が滾々と説教をしようとすると手で制止された。
「莉佐ちゃんストップ、核心を突くのは1日1個までにして! それ以上は心が持たないから。」
「じゃあ、1個だけ言っていい? 気付いたんだけど、だっちゃん最近、腐った油の臭いがしてきてるよ。加齢臭? ちょっと気をつけた方が良いと思う。」
だっちゃんは心底心外だという表情をした。
「それが出来る男の香りってものじゃん……。」
また、ああ言えばこう言う。屁理屈ばっかり言って、そういうところだぞ。
「ああ、でも良いなぁ温泉。オレもたまには行きたいなぁ。」
それには私も賛成だった。温泉は行きたい、金もあれば時間も取れる。ただ、いつだって一緒に行く相手がいないのだ。
「じゃあ行っちゃう? 来月とか、どっかで4連休取れそうなら一緒に行こうよ。クソジジイがね、秋田の乳頭温泉郷が良いって言ってたの。ノンセックスでよろ! 」
スマホで白濁した露天風呂の画像を検索してだっちゃんに見せると、彼は恭しくスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
「来月ぅ? ……4連休ね、取れるよ。行こう、秋田。何か、今から楽しくなって来ちゃったな。」
「ねえ、何で今ちょっとスマホ見てから「行こう。」って言ったの? どうせ何の予定もないくせに、スッと「行こう。」って言いなよ。私の前で変な見栄はらないで! 」
「わかったわかった、悪かったよ。莉佐ちゃん本当よく見てるな。」
衝動的にだっちゃんを誘ってしまったけれど、彼氏ではなくとも心許せる男と旅をするというのは、これは中々悪いことではない気がしてきた。運転は任せられそうだし、地図も見てくれそうだし、気を遣う必要もないし。
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