第44話 光

 構築魔法で『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の接続ケーブルを9本、量産した。


 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』本体の大木と繋がる根元で、全てのケーブルが1本に合流している。


 10本あるケーブルのうち、どれが本当に大木と繋がっている、本物のケーブルなのか。

 見た目では一切、判別不能。




「何の……つもりだ?」


 ユウアは、うわごとのように呟く。


 その後、我に返ったようにハッとして、ユウアはしっかりと俺を見据えた。




「何の、つもりだ?」


 今度は、ハッキリと言った。


「こんなものは、時間稼ぎだ。それも、ほとんど時間の稼げない」


 ユウアは、10本のケーブルをまとめて掴んだ。




「10本全て、お前に繋いでみればいい。本物だけ、ちゃんとお前に繋がるはずだ」


 自分の考えが正しいかどうか、俺に言って、俺の反応で確かめようとしている。


 だが、俺は顔の筋肉一つ変えず、ユウアの説明を聞く。


「ソウゲキが明日野あすのを仕留めて、ここへ援護に来るのを待っているんだろう?無駄だよ。そんな時間は稼げない」




 何も反応しない俺を見て。




 ユウアは慌てて10本のケーブルを全て手放し、後ろへ跳んだ。




「わかったぞ」

 ユウアは、顔中に汗をかきながら、言う。

「お前、隙を見て僕を『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』に繋ぐつもりだったな?」


 注意深く、接続ケーブルの周辺を見回す。

 それから、『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』に繋がっている機器を、左から右まで見回す。


「アリスを殺したこの機械を、お前は恨んでいるもんな。僕を同じ目に遭わせるのが、お前の目的だろう?」


 そして、俺を睨む。


「言え。量産した接続ケーブルに、どんな細工をした?」




 沈黙の時間が流れる。




「もういい」

 ユウアは結局、俺に近づくことを諦めた。

「やっぱり、お前はこのまま殺す。そして明日野が時間を稼いでいる間に、ここから逃げるよ」


 ユウアは、その場から動かずに言う。


「死ね」







 ユウアは、動かなかった。




 爆発魔法のために、俺に向けて手をかざすこともなく。


 それどころか、魔力を動かすことも。


 できなかった。







「なんだ、これは……?」


 ユウアの、口だけは動いた。


「どうなってる?」


 ユウアは、必死で体を動かそうとするが、首から上が僅かに動く程度。

 他は、固まったように一切動かない。




「『断罪の魔砲』の接続ケーブルは、生体に馴染むまで時間がかかる」

 俺は、言った。

 俺が聞いた、のことを。

「だから、まずはこちらの装置を付ける。すると、すぐに筋肉や魔力の動作を制限されて……」

 俺は、ユウアの足下を指差した。

 ユウアの後ろの機械から伸びた透明な糸が、ユウアの足首に絡まっている。

「一切の抵抗ができなくなる」




 ユウアは表情を少しだけ歪めて、視線を足下に向けた。


「この細い糸は、わずかな魔力で動かせた。博打ばくちだったけど、接続ケーブルに気を取られててくれたお陰で、気づかれずにできた」




「知らない……こんなものは」

「明日野の話、聞いてなかったもんな。自分が休む方を優先して」

「あ……明日野の自慢か?あんなもの、いちいち聞いてなんか……」

「お前は、アリスにしたことを『仕方なく』やったって、言ったな?」

「聞くわけが……」


「本当に罪の意識があって、本当はアリスを大切にしたかったなら。ちゃんと見て、覚えてるはずだ。アリスが何をされて、どんな苦しみを味わったのか」


「助けてくれ……」


「だからんだ」


「助けてくれ、頼む……」


「アリスが、その装置で体の自由を奪われてから『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』に繋がれる、その瞬間を」




 俺は、立ち上がった。




「助けてくれ。悪かった。今までやったこと、全て反省してる」




 俺の、昔の恋人は。


 ニコは、俺が構築魔法で作った爆弾の爆発で、死んだ。




「今までやったことは、全力で償う。だから、今は助けてくれ」




 アリスは、俺が自分の気持ちに溺れたせいで、死んだ。




 罪は消えない。消す気も無い。許されることも期待しない。


 俺は人殺しだ。


 みんながいるから、みんなの優しさがわかったから、俺はやっと罪を受け入れる覚悟ができた。




「助けてくれ。頼む」


 ユウアはほとんど動かない筋肉で、恐怖に顔を歪める。


「お前の、本当の表情が見れなくて残念だ」




 構築魔法。

 戦槌。




「警察に捕まっても、お前が正しく裁かれるかはわからない。だから、俺がお前を殺す」


「やめてくれ……殺さないでくれ……」


「お前を殺す罪も、お前の恨みも、俺は全部背負って生きていく」







 戦槌を、振り上げた。







 振り上げた腕を、女性の細い手が握った。







「キミを人殺しには、させない」







 ヒカリが、俺の腕を掴んでいた。







「後で教えるよ」

 俺は、ヒカリに告げる。

「俺はもう、とっくに人殺しなんだ」




「覚えてない?キミの記憶は、ずっと前にキミが見せてくれた」




 傷だらけの体を引きずってきたヒカリは、汚れた顔で俺を見つめる。




「アリスが捕まったときのことも、全部聞いてる。記憶視で見てる。だから、わかってる」




 そのヒカリの目に、覚えがあった。




「誰も言わなかったんなら、私が言う。キミは人殺しじゃない」




 ヒカリの目は、アリスと同じだった。

 『一緒にいた方が、楽になるの』と言って、彼女を見つめたアリスの目と、同じだった。




「キミの心は、人殺しじゃない。だから誰が何と言おうと、キミは人殺しじゃない」

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