第45話 黒幕

「大変なんだろ?記憶視を持つと」


 俺は、魔王と並んで、地下の廊下を歩く。


「いいや?」

「ヒカリが前に言ってたの、思い出してさ。記憶視を持ってるだけで、国からは疎まれるんだろ?」


 美しい装飾のされた扉を越え、西洋の城のような廊下を進む。

 壁には窓もあり、高い山々が連なる、美しい景色が見えた。


「やっぱり、機密情報を盗まれる可能性があるから、危険視されてるのか?」

「いや?確かに政府からの当たりは強いけど、どちらかというと民族的な問題だね。直接の利害は関係無い」

「そうなの?」


 扉を抜けて、両の壁の窓から大海原が見える景色の中を、進む。


「けど、ヒカリがずっと地下にいるのは、やっぱり記憶視のせいなんだよな」

「哀れんだら、ヒカリは怒ると思うよ?」

「いや、そうだろうけどさ……」

「他者を傷つける道を選んだのは、私達自身だ。仲間が倒れて悲しい気持ちはあっても、他者の罵倒や暴言なんて気にしない。ましてや、地上に出れるかどうかなんて、大した問題じゃない」


 奥の扉が、見えてきた。

 傍にはスーツ姿の女性が、上品な佇まいで立っている。


「師匠も、困ったら私達の所に来な」

「考えとくよ……」

「と言っても、キミみたいな自分の実力で生きていける人なら、特に問題はないだろうけどね」

「ところで、もう”師匠”って呼ぶ必要、無くない?」

「何言ってるの!私、まだ構築魔法の使い方、教えてもらってないよ?」

「いや……教えるというか、気づいたら使えてたから、教えようが……」

「だと思ったよ。私が技を盗むまでは、キミは私の師匠だからね」




「お待ちしておりました」


 俺達が近づくと、扉の傍の女性は深々と頭を下げた。


 気品に溢れた雰囲気。


 恐怖はもう無いが、緊張はする。


 これから会う人は、今まで出会ってきた人達の中で、最も手強い相手だ。




 扉が、ゆっくりと開く。




 扉の奥には、高貴な、パーティー会場のような大広間。




 今日は、淡嶋あわしまじんただ一人が、正面のテーブルの椅子にゆったりと腰掛けていた。







「ご苦労だったね、桜坂さくらざかシュウ君。大変な仕事だったろう?」


 淡嶋は、目を優しく細めて、俺を見る。


「だが、一皮剥けたようだね。以前とは、別人みたいだ」




「変わってませんよ、全然」

「謙遜しなくてもいいさ」




 淡嶋の目は相変わらず、俺を対等な人間とは見ていない。




DainPropertyダイン・プロパティ研究所護衛にあたった公安の諜報員は、ほとんどが国に”逮捕”という形で撤収された。二人を除いてね」


「二人?」


 俺が聞いているのは、一人だけのはずだが……


「まず一人は、キミが知っての通り。秋田あきた悠愛ユウアは地下の牢獄に幽閉している。彼が頭に入れている”思考速度を100倍にする装置”は、実に興味深い。研究させてもらうよ」

「もう一人、とは……ソウゲキのことですか?」


「ああ、彼の話もあったか。今はもう公安では無いから、数に入れてなかったよ」

 淡嶋は、顎髭を撫でながら言った。

「彼は、姿をくらましたよ。彼が『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』本体の非常用バリアを破って破壊したのには、驚いた。シャーロットでもあんな出力は、出せないだろう?」


「ええ。彼は元々、私より強いですからね」

 魔王が答える。


「あの強さは、できれば地下が欲しい。全力で捜査中だ……ああ、そうそう。もう一人の公安の話だったな。伴羅ばんら秀冴しゅうごだよ」

「伴羅……」

「彼は、逮捕の手から逃げた。それなりに強いが、特に脅威になることも無いだろう。だが、今のところ、彼の身柄もこちらで確保する予定だ。理由は、必要なら後ですることにしよう」




「しかし、キミが聞きたいのは、そんな事後処理の話ではないだろう?」


 淡嶋は、俺をまっすぐに見据えた。

 一切の虚偽は通用しない鋭さと、刃向かう者に容赦しない恐ろしさを、感じさせる目だ。


「キミがここへ来た理由を、教えてもらおうか」




 俺は、答えた。


「それは、あなたがそう仕組んだからです」




「ほう?根拠は?」




「あなたが、仰った言葉です」


「何か、言ったかねぇ?最近、物忘れが激しくてね。忘れてしまったよ」





 DainPropertyダイン・プロパティの研究者は、淡嶋が『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の開発に関わっていた、と言っていた。

 おそらく、事実だ。あそこでウソを言う理由は無い。


 つまり淡嶋は、『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』に繋がれたアリスを救うのは仕様上不可能であることを、知っていた。

 知った上で、俺にアリス奪還を命じた。


 その前提なら、俺はこの人の口から違和感のある言葉を聞いている。




「『キミとアリスには、今後も我々を楽しませて欲しいんだ』」




「何か、おかしいことでも?」

 淡嶋は、とぼけたように言った。




「俺をアリス奪還に向かわせたのは、俺が事実を知った瞬間を見て楽しむため……それだけの理由なら、この台詞は言わないはずです」


「方便、という可能性は?」


「あなた程の人が、俺にそんなものを使う必要は無いでしょう」


「フフ……無いね」


「つまり、この言葉を使ったのは、他の目的がある」


「その目的とは?」




「アリスを復活させる方法があることを、暗に伝えるため」




 淡嶋は、口元をニヤリと歪めた。




「言ったろう、シャーロット。彼は気づくと」


「ええ。そのようでしたね」

 魔王は、頭を下げた。




「その通りだ。そうでなければ、私はキミにウソを言ったことになる。言う必要も無いウソをね」


 淡嶋は言った。


「キミは、”蘇生魔法”の存在を信じるかね?」




「”蘇生魔法”?」


 言葉の通りなら、死んだ者を蘇生させる魔法のことだ。

 もしあったならば、人は寿命以外の死を恐れる必要がなくなる。

 人間の価値観を覆す魔法。


「存在、するんですか?」




「ああ、存在するとも。条件さえ揃えば、誰でも蘇生できる」


天音あまねアリスでも?」


「ああ。ただもちろん、実現は簡単ではない。できる人間は今のところ、にはいない」

「この世界?」




「ああ、それも知らなかったか。シャーロット、後で説明してあげなさい」


「はい」


「結論だけ言えば、天音アリスの蘇生は可能だ。だが、そのためにはアリスの魔力、そしてその魔力を受け入れる肉体が必要だ」




「魔力と、肉体……」


「死んだ肉体に人の魂は戻らない。新しい肉体に、当人と全く同じ組成の魔力を入れる。魔力は記憶と強く結びついた力だ。記憶は脳や精神との結びつきが強い。だから、生前と同じ肉体を再現して、魔力を正しく入れることさえできれば、記憶も脳も精神性も、生前そのままの天音アリスが蘇る」


「生前そのままの……」


「おや。思ったよりも、喜ばないんだね」


「いえ……もちろん、アリスが蘇ったら、そんなに嬉しいことはありません。ただ……」


「やはり、ハードルが高いと思うかね?」


「はい」




「端的に言えば、肉体に関しては技術的に問題ない。オリジナルの肉体を利用する必要も無く、再現できる」


 アリスは昨日、葬ったばかりだ。

 『アリスが復活する』と言われていまいちピンと来ないのは、たぶんそのせいだ。

 アリスは死んだ。

 その事実を昨日、ちゃんと受け入れてしまった。

 我ながら、やたら物分かりよく受け入れられたな、とは思うが。

 記憶視で沢山の記憶を見たせいだろうか。

 ともあれ、今更『復活する』と言われても、最初に感じるのは違和感だった。


 だからといって、アリスにもう一度、会いたいかと言われれば。

 絶対に、会いたい。

 たとえ俺が、アリスが死ぬ一因になった男だとしても。




「問題は、魔力の方だ」

 淡嶋は、話を続ける。

「蘇生する際はまず、対象の魔力の組成を結晶化し、死んだ後にいつでも呼び寄せられるような依り代とする。これは対象の生前に行う必要があるが、明日野あすのさらは必ず、それをしているはずだ」

「アリスが死んだ時のために?」

「そうだ。彼女には、それくらいの技術力はある。あの仕様でバックアップを考えないはずが無い」

「だが、彼女の『記憶遮蔽しゃへい』を解くのに時間がかかっていてね。依り代を隠した場所が、まだ見つからないのだ」




 明日野はユウアと同様、地下の牢獄に幽閉されている。


 淡嶋達に必要な実験は、全て行われるだろう。


 残念ながら、それを止めるほどの力は、今の俺には無い。




「伴羅やソウゲキが持ち出した可能性もある。だから、確保を急いでいるのだよ」


「他の組織が、アリスを蘇生させる可能性があるから?」


「そうだ。最悪、少しアレンジを加えて蘇生させることも可能だ。そんなことは、してほしくあるまい?」


「はい」


「詰まるところ、依り代を確保するのが最初。それから、肉体へ魔力を入れるには、その技術を持つ人間を探し出す必要がある。これがまた大変な作業だが、できればめでたく、天音アリス復活だ」




「はい……」


 理屈は、まあ分かる。トンデモ理論だが、まあ分かる。

 しかし、道のりが遠すぎて、めまいが……




「フフ……シャーロットの話を聞いて、まだ聞きたいことがあれば、遠慮無く会いに来るといい。何か、土産話を持ってね」


 何か成し遂げるまでは、来るなってことね。了解しました。


「承知しました。ありがとうございます」


 俺の挨拶を最後にして、その場はお開きとなった。







「ごめんって!」


 廊下に出てすぐ、俺が魔王を見ると、魔王は両手を合わせて腰を低くした。


「先に言ったら、私が淡嶋に消されるんだって!」


「いや、別にいいよそれは……」


 それはマジでどうでもいい。今となっては。


「それより、『にはいない』って、どういうことだよ?」




「キミは、ダンジョンの構造をどこまで知ってる?」


「”6層”以下まであるってのは、どっかで誰かが言ってた」

「それ、たぶん私だね」

「知ってるよ!詳しく説明して!」

「はい!説明します!」


 魔王は、あらたまって説明を始めた。


「まず、地上の皆が”低層”と呼んでいるのは、正式名称は”1層”。”中層”は”2層”、”深層”は”3層”、”最深層”は”4層”。ここ、地下の”魔の国”を挟んで、下には”5層”がある」

「その下に”6層”があって、”魔獣”が住んでるんだっけ」

「そう。そしてその下、”7層”は、『異世界』と繋がっている」

「は!?」

「つまり、この世界とは別の世界があって、ダンジョンはそこと繋がってるのさ。ちなみにダンジョンにはさらに奥があって、最も深いのが”10層”」


「……そこには、何があるんだ?」

「分からない。異世界人も含めて、誰も行ったことが無いからね。でも理論上は、3割くらいのことは分かってる。”10層”に行けた者は、自身の魔力組成を自由に変えられる。例えば……『支配反撃エクスカウンター』の”縛り”だけを無くすことも、可能だ」

「……マジか」

「どう?すごいけど、気が遠くなってくるだろ?」

「気は淡嶋と話してる時点で、とっくに遠かったよ」

「じゃあ、もっと遠くしてあげるよ」

「何ぃ?」


 喋る魔王が、段々楽しそうになってきた。ちょっとイライラしてきたぜ……


「アリスは、元々異世界の人間だ」

「えっ!?」

「ついでに、ヒカリもね」

「なんでそんなこと知ってるんだよ!?」

「ヒカリから聞いた」

「言え!他にも知ってること、全部!」

「やめて!そんなに迫らないで!ちょっと、一旦外出よう。ね?」







 色々と聞きながら、結局、地上のカフェでお茶しながら話すことになった。

 なあ、ここまで移動する必要あるか?着くまでに聞きたい話、大体聞けてしまったんだが。


 結局、アリスとヒカリのことで知ってるのは、”元々異世界人だ”ということと、”二人は異世界からの知り合いだ”ってことだけ。

 異世界がどんな場所か、二人がどんな経緯でこっちへ来たのかは『私も知らない、教えてもらえない』で終わってしまった。




 それから。

 魔王に『ヒカリと一緒に、ダンジョン探索してみたら?』と、勧められた。

 『ヒカリが誘わないなら、今は、いい』と、答えた。




 俺がもらったものが、多すぎるから。

 俺が何かをヒカリに要求するなんて、今の俺には、とてもできない。




『今日の放課後、一緒にダンジョン行こうよ』




 あの時のヒカリに今、出会ったら。

 俺は二つ返事でOKを出してしまうだろう。







「淡嶋の目的は、アリスを一旦殺して彼女の魔力を手にすることだよ」


 カフェの席に着いた途端、魔王はいきなり爆弾発言をかました。


「あの、俺達、消されません?」

「周りに諜報員がいないのは、魔力と記憶視で確認済みでしょ?地下で言うより安全だよ」


 『記憶遮蔽しゃへい』、しっかりやっとかないと……


「で、淡嶋の機嫌が悪いのは、手に入るはずだったアリスの魔力の“依り代”が、見つからないからだ」

「機嫌悪かったの、あれで?」

「異世界の話とか、自分でしなかったろ?普段ならゆっくり説明して、クラクラしてるキミを見て楽しんでるはずだ」

「あ、そう……」

「淡嶋は、アリスを生前のまま復活させる気は無い。自分に使い勝手のいい形で復活させる気だ」

「まあ、そんなことだろうとは思ったよ」


「それで……これがバレたら、さすがにキミでも消されるから、気を付けて」




 魔王は、ポケットから小さな宝石を取り出した。


 虹色に輝くその宝石の輝きを見ると、なぜかアリスの瞳の輝きを思い出した。







「これがその”依り代”だ」







 ……ん?







「今までおとなしく淡嶋に従ってた甲斐があったよ。私だけは、おと……淡嶋に、さっぱり疑われなかった」


「え、依り代って、魔力の?」


「もちろん」


「どなたの?」


「アリスのに決まってるでしょ!しっかりして!」


「ああ……ああ……」


 じゃあ、あとは体を用意して、魔力を入れるだけ?


「これからキミは、これを淡嶋にバレないように持ちながら、”7層”から異世界へ行って、”蘇生魔法”を使える人物を探す。これで、アリスは復活するはずだ。死ぬほど大変だけど、頑張って!」


 そう言って、魔王は俺の手に”依り代”を置き、ぎゅっと握った。

 『私はバレて死にたくないから、お前が持っとけ』ということですね、わかります。


「ついでに、”10層”まで行けばアリスは”縛り”の苦しみから解放されるんだろ?」

 俺が、言った。


「そう。よく覚えてるじゃない」

「大変すぎるだろ」


 俺は、溜息をついた。

 魔王は、それをニヤニヤした顔で見つめる。


「なあ……アリスが……女の子が、普通に生きるためだけで、こんなに苦労しなきゃいけないことって、あるか?」


「そんなもんだよ。人生なんてのは」


 魔王は、アッサリと言い切った。


「探索なら、いつでも呼んでよ。都合がつく限り、お供するからさ」

「サービスいいな」

「だって、私はキミの弟子だよ?」

「じゃあ、依り代を俺の代わりに……」

「それは嫌」


 俺がフフッと笑ったら、魔王はニッコニコな顔で俺に微笑みかけた。


 忘れるなよ!俺はお前の渡したもののせいで、淡嶋に殺されるかもしれないからな!?


 そう思いながら、俺は手の中の”依り代”を見た。


 アリスの魔力を感じるわけじゃない。

 でも、不思議とアリスの瞳や、温かさを思い出す。


 ……。


「あれ?アリスを思い出して、泣きそう?」

「うるせぇな!」


 これを炎羅とトウヤに見せて、アリス復活の話をしたら、あいつら泣くかな?


 ヒカリに話したら、どう思うかな?

 話す機会は、きっと無いだろうけど。


 魔王は『ヒカリは私用でしばらく地下にいないけど、たぶんそろそろ帰ってくるよ』と言っていた。

 でも何となく、もう戻ってこないような気がする。

 そんな、気がする。




 それでも、いつか伝えたいから。


 俺は、心の中で何度も呟いた。


 あいつが、記憶視でいつか、見てくれるように。


 『ありがとう』って。

 『アリスが蘇生したら、絶対もう一度見つけ出して、会わせてやるからな』って。

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