第43話 悠愛

桜坂さくらざか……シュウ!?」


 ユウアは、降り立った俺を驚愕の目で睨んだ。


 伴羅ばんらは無言で、剣を引いて次の攻撃の準備に入る。




 俺は翼を消滅させると同時に、武器を構築。


 構築魔法。

 右手に剣、左手に銃。




 左手の銃はユウアへ向け、即座に発射。


「障壁魔法」

 ユウアが作った透明な壁の前で、弾丸が止まる。


 ユウアの動きが止まっている間に、右手の剣で伴羅の攻撃を受ける。


 ここへ来る途中で、昨日の伴羅とヒカリの戦いを記憶視きおくしで見た。

 動きのパターンと捌き方は、大体わかった。


 伴羅の剣を弾いた後、俺はユウアへ迫る。 


「狙いは僕か……!」

 ユウアは身構える。


 接近戦に弱いのは、コイツだ。

 倒れている仲間を盾にする可能性が高いのも、コイツ。


 構築魔法。


 百本の刃を、ユウアの後ろから上空に向へ伸ばす。


「この野郎、退路を!」


 爆発魔法の魔力を感じる。

 俺の目の前、威力は小さい。


 屈んで、爆発を回避。


 斬撃。


 少しだけ後ろに引いたユウアは、正面は俺の斬撃、背中は後ろの刃に触れて傷を負った。


 浅い。動きを止めるには至らない。


 ユウアは俺の横をすり抜け、逃れようとする。




 俺が誘導したルート通りだ。




 左手の銃を手放し、ユウアに向ける。




 炎羅えんらや魔王の技を何度も見たおかげで、使い方は分かった。


 炎魔法。


 掌から放った炎がユウアにぶつかり、炸裂する。


 クリーンヒット。

 ユウアは血を吐き、地面に転がった。




 伴羅が後ろに来ている。




 振り向きざまに、剣で伴羅の横薙ぎの一閃を受け止める。


「昨日までとは、別人の動きだ。記憶視を修得したな?」


 伴羅は剣を弾き、さらに次の攻撃へ移る。

 全身の動きから、次の攻撃が読める。

 俺は、次の攻撃も剣で受け止めた。


 その間、ユウアが立ち上がる。

 右の掌を、俺とは別の方向へ向けた。


「爆発魔法」


 魔力を向けた先は……

 倒れている、炎羅だ。


 俺の仲間を盾に……さっそくやってきたか!


 地面から伸ばした剣を消滅させ、炎羅に向けて風魔法を撃つ。


 奴の爆発魔法より、早く届け……!

 間一髪、炎羅の体が小さく飛んだ後、その場で爆発が起こった。




「その甘さで、私には勝てん」


 後ろから、伴羅の斬撃。


 回避も防御も間に合わない。最小限のダメージに抑えて、次の攻撃に移るしか……


 いや、魔力の動きを感じる。




 伴羅の斬撃は、俺の後ろに飛び出した男に、直撃した。

 後ろを振り向くと、そこにいたのは。




 俺の前のパーティのリーダーだった。




「シュウ。俺じゃ、戦いについていけねぇ」


 リーダーは両手を広げて、伴羅の剣を体で、受け止めていた。

 不意に現れた体に止められた、剣の刃。

 伴羅が次の動きに移るのが、ほんの少し遅れた。


「せめて、俺を『盾』にしていけ!」




 ありがとう。


 構築魔法、槍。




 リーダーの脇から伸ばした槍が、伴羅の脇腹に刺さる。


「チッ……!」

 致命傷にはならないが、確実なダメージ。


 俺は跳んだ。


 傷を負い倒れていくリーダーの頭を飛び越え、動きが止まった伴羅めがけて、攻撃を撃つ。

 伴羅は、俺を睨みながら剣を構える。




 その右腕を、しっかりと掴む手。




 いつの間にか起き上がっていた炎羅が、伴羅の背後に回り込んでいた。


「まさか、そんなに早く回復するはずが……」

「シュウに気を取られ過ぎだぜ、公安さんよぉ」




 構築魔法。

 戦槌。


 渾身の打撃が、伴羅の頭に直撃。




 伴羅は、その場に倒れた。




 着地しながら、ユウアを睨む。




 後ろの方で、魔力の動きを感じる。

 目でユウアの動きを注視しながら、記憶視。

 炎羅の視点から、トウヤに治癒魔法を使う回復役ヒーラーの姿が見えた。

 そうか、炎羅も彼女が……




 ユウアの目線は、しきりに色々な方向へ動いている。

 正面衝突は厳しいとみたのか、周りを利用して有利を得ようと思案しているようだ。


 俺が着地するまで、若干の睨み合いが続く。




「もう大丈夫です、ありがとう」


 トウヤの声。


 注目を浴びるための、わざと大きめの声だ。


「他の人の治療をお願いします」




「どういうつもりだ?」

 ユウアが、トウヤに問う。




 トウヤは、ユウアの問いには答えない。


「さて、”トウヤの解説チャンネル”視聴者の皆さん」


 トウヤは、呼びかけた。

 この場には、いない人達に向けて。




「僕のチャンネルで配信を開始してから、40分が経ちました。”でし子チャンネル”が消された時の、2倍の時間が経っています。ここまで来ても政府は配信を止めない。さて、これはどういうことでしょう?配信をご覧の皆さんは、もうわかりましたね?」




「配信だと?」

 ユウアの目に、驚愕と混乱の色が見える。

「デタラメを言うな。配信なんて、国がもみ消す」




「そう。こんな個人のチャンネルなんて、その気になればとっくに消せています。それをしないということは……政府は、諦めたんです。大量殺戮兵器の存在を、隠蔽することを」




 カメラが空中に浮いて、ユウアを映している。




 それを睨むユウア。

 ユウアの魔力が、カメラに向けて動く。


 カメラの位置で爆発が起こる。

 だが、カメラは爆発を避けて、空中をふわふわと動き回る。


 魔法でカメラを動かしているのは、瓦礫の陰に隠れている魔法使いウィザードだ。




「もう無駄ですよ。警察は、明日野あすのさらを指名手配するでしょう。兵器を乱用し、一般人を殺害した殺人犯として。そして、それを知っていて護衛したユウアさん。あなたも、無事じゃ済まないでしょう」


「何を言っている。僕は、国に依頼されて……」


「分からないんですか?あなたは斬り捨てられたんですよ、国から。あなたこそ、今度は公安に追われる立場になるでしょうね」




 ユウアの目線が、色々な方向へ動く。

 周りの様子を窺っているのではない。

 自分の身を守るために、どうすればいいかを、焦って考えている。




「素晴らしい検証結果が出ましたね。皆さん、もう”でし子”や”アリス”の名を口にすること、はばかる必要はありません」




 目線が、研究所の奥へ進む、扉の方を向いた。




「口にしても、国に消されることはない。彼女こそが、この事件の被害者なのだから」




 ユウアは、必死の形相で。




 奥へ進む扉へ、全速力で走った。




 爆発魔法で扉を破壊し、奥へ進む。




「ここまで来れば、あとは追い詰めるだけです」


 トウヤが、俺に言った。


「彼の頼りは、『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』。しかし、アレの今の限界は、ホテルを破壊したときの威力でしょう。つまり……」


「俺を倒せる威力は、出ない」


「油断はしないように。まあ、今の師匠殿なら心配不要でしょう」




「行ってくる」




 俺は、ユウアを追って奥の扉へ進んだ。


 今のタイミングで配信をバラし、ユウアを奥へ逃がしたのは、トウヤの策略だ。

 盾にできるものが多いエントランスより、研究所の中の方が被害を心配せずに戦える。

 俺にとっては、より戦いやすい状況だ。




 赤い閃光が、目の前で光った。


 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』。


 だが、炸裂する魔力の量が、昨日より明らかに少ない。

 光ってから炸裂するまでの時間も遅い。

 だから、砲撃の正体もわかった。

 ターゲットの中心で魔力を炸裂させ、爆発を起こしているのだ。


 強い魔力を体内に保持すれば、ダメージを軽減できる。


 


 爆発。


 俺の動きは止まったが、戦うのに支障を来さない程度のダメージ。

 ただ、何発も喰らうとさすがにキツいか。




「クソ……やはり仕留め切れんか」


 通路の先の暗闇で、明日野更が宙に浮いている。


「あの時、失敗したんじゃ……研究室の被害を気にして、出力を上げなかったから……あの時、こいつを殺さねばならなかったんじゃ……」




「何を怖じ気づいてる!」


 通路の奥、明日野の近くに立つユウアが、叫ぶ。


「僕と二人で!殺すんだよ!でなきゃ、終わるのは僕達だ!」

「やかましい!『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』をここから動かすことはできん!もう終わりなんじゃ!」

「ここから逃げて、もう一度作れ!」

「材料も開発資金も無いじゃろうが!」




 さて。

 先に仕留めるべきは、弱体化しているとはいえ、なお強力な『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を撃てる明日野。

 だが、同じく遠距離攻撃が得意なユウアを同時に相手するのは、骨が折れるな。

 せめて、もう一人味方がいれば……




 こちらへ、猛スピードで向かってくる魔力を感じる。




 これは味方……じゃない!




 そいつはすぐ、背後に現れた。




 ソウゲキ。


 彼は、無言で俺の後ろに立った。




「おお、ソウゲキ!助かった!」

 明日野が、安堵の声を上げた。

「おぬしは、ユウアと共に『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を守った仲じゃ!わしらと逃げるしかない!まずは、そこの構築魔法の小僧から殺すんじゃ!」




 ソウゲキの、足が動いた。


 動く一瞬前に、魔力の流れで動くルートがわかった。


 狙いは……


 俺じゃない?




 赤い閃光が、炸裂した。


 爆発とともに、血飛沫が上がる。




 俺の前に出たソウゲキが、明日野を肩から腹に掛けて、斬っていた。


 自動オートで発動した『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の爆煙に包まれながら、ソウゲキは空中に立っていた。




「ソウゲキ……貴様……」

 血を流しながら、明日野はソウゲキを睨む。


 その光景を、唖然とした表情で見るユウア。




「ここの様子を配信で見て、仕事を投げ出して来た」

 ソウゲキが、言った。

「明日野を仕留める、絶好機と知ってね」




「ソウゲキぃ……!」

 明日野は、今までに見せたことの無い憎悪に満ちた顔を見せた。

「こんなことをして、無事で済むと思うな!『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の開発は、わし抜きじゃできん!逮捕されようが、いずれは放免になる!最後に助かるのは、わしに味方をした……」




「俺は、公安を抜けるよ」

 ソウゲキは、一切動じなかった。

「俺は、俺の意志で戦う」




「桜坂君」

 俺に背中を向けたまま、ソウゲキは言う。

「シンは、キミに任せていいかい?」




 記憶視。

 ソウゲキの思考が、伝わってくる。


 明日野や公安への疑心。

 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』への怒り。


天音あまねアリスを助けられなくて、すまない』




「明日野は、お願いします」


 俺は、答えた。




「君なら、必ず勝てる」

 ソウゲキは言った。

「優しい性格と、背負ってきた過去の記憶。得られる魔力は並大抵じゃない。本来の君の魔力は、俺に近いレベルのはずだ」




 逃げる明日野、明日野に迫るソウゲキ。

 下からソウゲキめがけて、深紅の目をした一角獣が突進してきた。

 昨日、魔王が呼び出していた『魔獣』だ。

 ソウゲキは、魔獣に突き立てられた角を剣で受け止める。




「ア……アッハッハ!バカめ!」

 明日野が、余裕を演出するように、笑ってみせた。

「あれから5時間……いや、500時間あったんじゃ!対策を考える時間は、いくらでもあった!魔獣はもう、わしの味方じゃ!」




 右手の剣で魔獣の角を受け止めているソウゲキは。


 左手に構築した光輝く剣で、一閃を放った。

 魔獣の首から上が離れ、下の闇へ落ちていった。




「そういえば、ここでは見せたことが無かったな」

 両手に剣を握り、構えるソウゲキ。

「『双撃ソウゲキ』の、全力」




「クソ!……いや、まだ魔獣はいくらでも……」


 明日野は、下を見る。

 だが、魔獣はやってこない。




「魔獣は、簡単に服従はできない。他者の魔力の影響をすぐに受ける。主導権の奪い合いが起こりやすい」


 後ろから、通路をゆっくりと歩いてくる女性。


 魔力はかなり落ちているが、魔王が、ここまで追いついてきた。


「魔王と、魔物の主導権を奪い合ってみるかい?即興の装置で勝てるとは、とても思えないけどね」




 明日野は、飛んで研究所の奥へ逃げる。

 ソウゲキが追う。




 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の赤い閃光。

 その間、ユウアは闇の中へ、明日野と別方向へ飛び降り、研究所の奥へ向かう。


 俺は、ユウアを追って闇の中へ飛び込んだ。






「お前は、アリスをどれだけ知っていた!?」


 逃げるユウアは、俺に訴えかけるように叫ぶ。


「ちゃんと知っていたら、わかるはずだ!アリスは救えない!抱えてるものが大きすぎて!」


 血のように赤い照明の廊下を、ユウアを追って走る。


「救えないなら、せめて他の人間を、なるべく沢山救う!悪いことか!?俺だって苦しい!アリスを機械に繋ぐとき、本当に辛かった!けど、救えないものを大事にし続けて、沢山の人を不幸にするのが善か!?」


 ユウアの叫び声が、長い廊下に響き渡る。


「傷つけたのだって、本当にやりたかったわけじゃない!この国の、みんなのために仕方なくやったんだ!」




 廊下の奥の重々しい扉は、既に開いていた。




 飛び込むように中へ入るユウア。

 続いて、俺も部屋に入る。




 真っ白な床、血の滝が四方で流れる部屋。

 中心には、真っ黒な幹の大木が伸びる。




 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の本体。

 アリスはいまだ、昨日と同じ場所で、倒れていた。


 首に繋がれていた白い接続ケーブルは、死んだからか外れて、大木の枝に引っかけられてぶら下がっている。


 アリスの頭の下には、血の海。


 むせかえるような、血の臭い。


 


 ユウアは、アリスに向けて掌を向けた。




 ユウアの魔力が、アリスの遺体に向かう。




 こちらを少しだけ振り返ったユウアは、口元を歪めた。




 俺は、アリスの遺体の前へ出る。




「バカが!!」


 俺の腹部で、爆発魔法が炸裂する。

 俺は爆発の勢いで、部屋の中心の大木に激突した。

 そこへ、さらに爆発が1発、2発、3発……




 俺が地面に倒れた後も、さらに爆発は続く。


 合計10発。

 俺が動けなくなるのを確認するまで、爆発魔法は撃たれた。







「爆発魔法程度では、『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の本体は壊れない。明日野の自慢はほとんど聞いていないが、これだけは聞いておいて良かったよ」


 ユウアは、俺の前に立った。


「おかげで、気にせず魔法を撃てた」


 そして、俺を見下ろす。


「アリスの死体を、ぐちゃぐちゃにされるのが嫌だったんだろ?そういう甘さがあるから、僕に勝てないんだよ」




 ユウアは、白い接続ケーブルがかかった大木の枝に、手を伸ばした。




「お前を『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』に繋げれば、少しはマシな威力になる。『断罪の魔砲こいつ』がある限り、僕達は負けない。まあ僕は、頃合いを見て逃げるけど……」




 手を伸ばした先を見て、ユウアは絶句した。







 それまで1本しか無かったはずの接続ケーブルが、10本に増えていたからだ。







「なんだ、これは……」







「構築魔法」


 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』の接続ケーブルなら。


「接続ケーブル」


 記憶視で、何度も見ている。




「結局、自分を救うのが一番大事なんだ。俺もそうだった」


 俺は大木にもたれかかったまま、顔を上げた。


「だから、んだ」

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