第41話 記憶視

 ここ、どこだっけ?




 ああ、そうだ。学校の教室だ。




「今日こそ、一緒にダンジョン探索しましょう!ししょー!」


 アリスは休み時間、俺の席へやって来た。

 目を輝かせて。

 なんで俺なんかのために、こんなに幸せに満ちた目ができたんだろう。







 最初にアリスが連れてきてくれた、カフェの内装が懐かしい。

 高すぎて、次からはずっと、他のカフェで配信の打ち合わせをしてたっけ。


「私、ししょーと一緒に配信したいです!」


 なんで、俺と?







「んー……私、これがやってみたいから」


 そう言って、アリスは俺のスマホに表示されている、配信のアーカイブ映像を指差した。

 それは探索中の映像ではなく、探索を終えて、場所を移動して雑談をしている場面だった。







 どこかで聞いた、アリスの言葉を思い出した。


「今の私、誰にも依存しなくても、辛さを耐えれてる!炎羅ちゃんとかトウヤくんとか、そしてシュウくん……信頼できる友達がいっぱいいるから、毎日が楽しくて……」




 そうだ。


 アリスは、ずっと救いを求めていた。


 苦しみとは無縁の話をして、『支配反撃』の”縛り”の苦しみから逃げようとしていた。


 配信は、戦う能力しか持っていない彼女が、戦いから生まれる苦しい記憶を見ないための苦肉の策。







 その結果、何が起こった?







「やっと触れさせてくれたな」


 祭りの日の、夜。

 誰もいない、ホテルの近くの空き地で。

 浴衣を着たアリスの手首を掴んだユウアの、口元が歪む。







「光栄に思え、少年!」

 明日野が愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。

 アリスの腕を掴んだユウアの隣で。

「おぬしの弟子は、我が社が開発する最強の”兵器”完成に貢献する!」




 なんで、こうなった?


 誰のせいだ?







 パソコンの画面に映るトウヤが、フェスの説明をしている。


「まだ、でし子に聞いてないんで確定ではないけど……でし子がオーケー出したら、ぜひ!」

 話を聞いて、安易にフェス参加を決めたバカは誰だ?







 公安と、今思えば忌々しい公安と話をしたビルの前で。

 不安げな顔をしたアリスの前で話すバカがいる。


「俺は……アリスと一緒に配信したい。アリスが楽しそうに配信してるのを見るのが、俺は好きなんだ」

 ここで配信をやめれば、違う未来が待っていたかもしれないのに。

 アリスに笑顔で受け入れてもらって、あろうことか泣いて喜びやがった。







 マスクの取れた美少女の顔が、アップで映る。




「し、仕方ないな」


 アリスに迫られて、弟子になるのを認めたバカは誰だ?







 有名になりたいわけじゃない。


 ダンジョンを真剣に攻略したいわけでもない。


 ダンジョン攻略配信をしたい理由は、流行りのものを友達とやって、盛り上がりたいからだった。


 人を殺した記憶から逃げて、忘れておいて、自分は楽しく生きようとした。




 探索パーティに誘われた時は嬉しかったし、二つ返事でOKした。

 これが、人生最大の過ちだった。




 ダンジョン探索なんて始めなければ、アリスが俺の弟子になることは無かっただろうに。


 ヒカリと一緒にいたら。

 ヒカリがアリスを、魔王のところへ連れて行ったら。


 アリスが死ぬことは無かっただろうに。













「よくも、こんな惨状にしてくれたな!」


 顔の半分以上に包帯を巻いた、魔王。

 その首元に掴みかかる、知らない男。


「俺の隊の仲間は、半分死んだ!残りは、もう一生戦えないかもしれない!」




「やめてください!」


 声がして、二人へ近づいていく視点。


「指示をしたのは権力者です!」













「ヒカリ」


 真っ暗な部屋の中。

 魔王の声。


「一旦、寝た方がいいよ」


 返答無し。


 真っ暗。


「キミのせいじゃない。キミは、よくやった」




「やってない!」

 悲鳴のような、涙の混じった声。


 ヒカリの声。


「私、アリスを殺したの!人を殺したの!」


 ヒカリの声。


「アリスを大切に想ってる、人の前で!」




 ヒカリの、涙声。







「魔王様は、いなくならないでね」




 ヒカリの、消えそうな声。




「私にはもう、他に誰もいないの」













「ああ。皆、想像以上の結末に大変お喜びだ」


 質素な装飾の部屋で、チェアでくつろぎながら、淡嶋が語る。


「記憶視で見られてもいいのかって?もちろんだ。むしろ、知られるべきことだと私は思っている」


 淡嶋は、ほくそ笑んだ。


「そうだな。天音アリスが死んだ瞬間の彼の顔は、ケッサクだったよ」













 俺は。


 権力者達のピエロは。


 自分で手を下すことすらせず、見事に愛する人を殺してみせた。


 次は、何をしたらウケるだろうか?


 悔やんで自暴自棄になって死んだら、みんなが大笑いして、笑顔になれるだろうか。


 最高の”配信”ができるだろうか。


 ……なんて。


 泣きそうなくらい、くだらない人生だ。



















「なあ、DainPropertyダイン・プロパティの研究所って、こんなだったか?」


 夜の暗闇の中。

 炎羅えんらが、どこかの山のふもとで、トウヤに話しかけた。

 近くに”でし子”と”師匠”の姿は、もちろん無い。




「以前の姿は配信対策でしょう」

 トウヤが言う。

「普通の研究所のように見せ、師匠殿達こそが野蛮の輩であると、観る者に思わせるための。極秘裏の研究施設なんて本来、こうやって隠しておくのが普通です」


「とことん卑怯な連中だな」

「まあ、僕達がこうして来ている時点で、思惑は失敗ですけどね」




「しっかし、お前らはいいのか?マジで死ぬかもしれないんだぞ?」


 炎羅が後ろを振り向いた。


「いいんだ。俺達は“でし子”と”師匠”がいなきゃ、死んでたんだ」


 男の声が答える。


「同じく」

「あたしだって、一回くらい命賭けなきゃ」


 他にも、男女がいる。




「思ったより、仲間を集めてきたみたいだね」


 魔王が、後ろから歩いてきた。

 傍にはバールと、魔王軍の面々も8人ほどいる。

 ヒカリの姿は無い。




「集めたんじゃねーよ。たまたま見かけたら、目ぇつけられてついてきやがったんだ」

と、炎羅。

「そっちは逆に、そんなに少ないのかよ?」


「今回は権力者フィクサー直々の指示じゃないからね。私も、今の軍の状況で強い指示は出せなかった」




「魔力の戦いは、数じゃありませんよ。それより魔王さん、今はどれくらい戦えるんです?」

 早速、トウヤの指摘が入る。

「そーだよ!配信で見たぜ!?『ダイン・スレイヴ』って奴、思い切りぶちこまれてたじゃねーか!」

 炎羅は、魔王の顔半分に巻かれた包帯を指差して言った。




「万全とは言いがたいね。そうでなければ、私が一人で片をつけてたかもしれない」


 そう言って魔王は、タブレットの映像を見せた。




「ごらん。このライブ映像から分かる通り、ソウゲキは今、仕事中だ」




 映像は、首脳会談の様子だ。

 端の方に、スーツを着たソウゲキの姿が見える。




「ここらは転移魔法も使えない。襲撃に気づいてこちらへ来ようとしても、時間がかかる。全力なら残りの公安全員、私一人で十分だが……今回は、キミ達にも戦ってもらうと思う」




「ちなみに、魔王さんに任せられるレベルは?」

伴羅ばんら一人なら、問題無く捌ける。もう一人、強めの公安がいるが……キミ達のレベルなら、一対一に持ち込まれなければ勝てるはずだ」




「あたしは、お前のこと完全には信用してねーからな!」

 炎羅が魔王に近寄る。

「シュウを助けてくれたのは感謝してるけど……まだ、隠してることもあるだろ」


「今は十分、と思いましょう」

と、トウヤ。

「師匠殿がエントランスを抜けたあと……配信が切れた後の話、明日野と『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』について、そして『支配反撃エクスカウンター』の話。どれも信憑性が高い」

「あと、”ユウア”って奴も許せねぇ!」

「”ユウア”?配信で名前が出てきましたね」

「アリスの昔なじみらしいけどよ!絶対にあたしが斬ってやる!」







「さて、行こうか」




 魔王を先頭に、草木で覆われた山に皆が向かい立つ。




「光魔法」


 魔王のかざした掌が輝くと、目の前の草木が消えた。




 一度目の襲撃時と同じ研究所が、姿を表した。




 エントランス部分の天井や壁が崩れているのが、前回の戦いの存在を物語っている。




 総員、何も言わず、エントランスへ進んだ。







「思った通りだ」




 エントランスの奥から、声が聞こえた。




「弱い獣は、餌をぶら下げればすぐに食いついてくる」


 公安の伴羅だ。




「なんだ……思ったより全然少ない。魔王軍ってのは、腰抜けが多いのか?」


 そして、ユウアの声も。




 エントランスで迎え撃つ公安は、たったの二人。




 人が少なく静まりかえったエントランスが、逆に不気味な雰囲気を感じさせる。




「昨日から連戦で、疲れてるんだ。さっさと終わらせて、ゆっくり休みたいね」




 ユウアの姿が、消えた。


 次の瞬間、魔王の目の前にユウアが現れた。




「爆発魔法」

 言った瞬間には、魔王のいた位置で大爆発が起きていた。


 爆発で何人もが体を宙に投げ出される。




「前より遅いな!」

 ユウアが得意げに叫ぶ。

「避け切れてないじゃないか!」




「ちょっと当たったのが、そんなに嬉しいかい?」

 魔王は額から血を流しながら、高速で移動する。

 しかし、ユウアはその動きを完全に追い、さらに攻勢を強める。


「3点爆撃」


 魔王の周囲で爆発が何度も起きる。

 魔王の足が止まったところに、ユウアが掌をかざし、青い炎を放った。


「からの、炎魔法」


 魔王は、同じく赤い炎を撃って対抗する。


 炎同士のぶつかり合い。




 しかし、勢いが強いのは、ユウアの炎だった。




 魔王は上へ跳び、炎から逃れる。




「出力が前回と段違いだ」

 魔王は、余裕ぶった口ぶりで喋るが、表情を見ると分かる。


 少し、焦りが見える。


明日野あすのに、何かされたね?」




「さあ、どうだろうね?」

 再びユウアが魔王に向けて掌をかざすと、空中でいくつもの爆発。


 そして、右へ跳んだ。




「やはり、『記憶視きおくし』を修得していますね」


 跳んだ後には、ユウアの背後で剣を振るったトウヤの姿があった。


「敵の動きを見ずに察知している。おおかた、明日野と同様の方法で『記憶視』と『通常の100倍の速度で思考を回す力』を与えられた、といったところですか?」




「明日野と違って、僕は不用意な説明はしないんだ」

と、ユウア。




「明日野も、相当追い詰められているようですね」

「何?」


 トウヤの挑発のような言葉に、ユウアが反応した。


「それは『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』開発の要となった、虎の子とも言える力です。普通は、人に分け与えなどしません。三下のあなたに与えたのも、本当の強者や賢者には渡したくなかったからでしょう」


「雑魚が、何を調子に乗っているんだ?」

 ユウアは、露骨に不機嫌な顔を見せる。


「エントランスに『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』を撃ってこないのも、無駄撃ちするだけの余裕が、もう無いからです。これは、既に魔王さんは推測済みだったようですが」

「お前から殺そうか?」

「今の『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』は、天音あまねさんが残した魔力ので撃っているだけ。いずれ、撃つことすらできなくなる」




「シン、何を動揺している」




 伴羅の声が聞こえると同時に、エントランスにいる人間達が次々と倒れていった。




「私達が全員仕留めて、それで終わり。予定通りだ」




「舐めんなよ!」

 ユウアめがけて、炎羅が斬り掛かる。

「行くぞ!妖刀『幽魔ゆうま』!」




 その刃がユウアに届く前に、炎羅の体から血が飛び散った。




「な……!?」

「動きが遅い」


 炎羅とすれ違うように、伴羅が刃を振るいながら歩いた。


「魔王軍にはもう、この程度の奴しか残っていないのか?」




 さらに、ユウアの姿が消える。




 トウヤの前で、爆発が起こる。


 爆発に対処しきれず、トウヤが地面に倒れ込む。




 さらに、ユウアの爆発魔法と伴羅の斬撃の連携で、魔王が追い詰めてられていく。




「伴羅の移動ルートを『記憶視』で読んで、伴羅を邪魔しないように私の進行ルートだけ妨害……即席にしては、なかなかの連携だね!」

 魔王は、時間稼ぎのように口を開きながら逃げ回る。

健気けなげに練習でもしたのかい?」


「人の感情を逆撫でした程度で、凌げる戦力差じゃないんだよ」

 ユウアは、落ち着き払っていた。

「一つ、いいことを教えてやろうか?」


 爆発魔法の一つが、魔王の腹部に直撃した。


 それまで風魔法で飛び回っていた魔王が、勢いを失って地面へ落下する。


「知っての通り、『記憶視』は人の記憶を見ることで魔力の総量を底上げする。さらに『通常の100倍の思考速度』は、瞬間的に使えば脳の機能を上げ、魔力の出力を上昇させる」




 地面に倒れた魔王の前に、ユウアと伴羅が立った。




 負傷した炎羅とトウヤは、まだ立ち上がれない。




「諦めろ。今日の僕は、昨日お前と戦った僕の数倍強い」

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