第40話 終×

 赤い。




 アリスが。




 見たくない。




 なのに、目が離せない。








「あ……」




 明日野あすのさらの、しまった、という顔。







 沈黙。








 沈黙。









 機械音声。




「接続者の生体反応が消失しました」










「うああああああああああああああああああああああ!!!」





 女性の悲鳴。






 誰?






 ヒカリが走っていく。






 そうか。







 ヒカリの悲鳴か。















「師匠は、連れて行かせないよ」




 誰かの声。




「そんな恐ろしい奴、わしはいらん」




 明日野の声。




「バールも返してもらう」




「何を……クソ!エラーか!1分も撃てんじゃと……?」


「何をしている、明日野……チッ、醜態だな」




 誰の声?

 もう、声色の判別もできない。



 視界が狭い。



 もう何も分からない。

















 気がつくと、俺はベッドで仰向けに寝ていて。






 見知らぬ天井が、広がっていた。





 いや、見覚えはあるか……?




 頭がハッキリしない。






「おやっ?」


 男性の声。


「目覚めたようですね」




「何ぃっ!?」


 奥から、女性の声。







 バタバタと音がして。


「シュウ!」


 女性の声。




「大丈夫か!?」




「……大丈夫?」


「ルシファーさんが、ホテルの前まで運んできてくれたんです」

 男性の声。


「ルシファー?」




 俺は、体を起こした。




 そして、周囲を見回す。




 思い出した。




 ここは、ホテルの部屋だ。


 俺は、ダンジョン探索のイベントに来ていて……


 何してたんだっけ?




「た……大変、だったな……」

 女性が、炎羅えんらが言った。


「あれ?もっと、色々言うと思ったんですがね」

 男性……トウヤが言う。


「いや、こんな状態見て、言えるかよ!?あたしはもう、シュウが無事に目を覚ましただけでさ……」

 炎羅が鼻をすすった。




「なあ」




「なんです?」

「どうした、シュウ?」




「俺、夢でも見てたのか?」




 なんだか、悪い夢を見ていたようだ。

 何かを思い出そうとしても、断片的に浮かぶのは嫌な記憶ばかり。




 ……アリスは?




「……アリスは?」




「……」


 炎羅とトウヤは、黙ってしまった。


 俺を見つめる目は、何を思っているのか、よく分からない。


 哀れむような。返答に困るような顔をしている。




「……配信は?」




 俺は、アリスと、ダンジョン探索配信をしていた。


 炎羅とトウヤとは、それで知り合ったんだ。


 それで、イベント……フェスに参加して、だから俺はこのホテルに泊まっていたんだ。




 俺は、ポケットを探る。




 スマホがある。




 画面に大きなヒビが入っているが、動作に問題は無さそうだ。




「配信は?」




 チャンネルのページを見る。







 見れない。




 俺とアリスが開設した、”でし子チャンネル”。




 ……アカウント凍結?何言ってるんだ?




「なんで……チャンネルが見れないんだよ……?」




「配信の途中から、その状態です」

 トウヤが言った。




「『ダイン・スレイヴ』や明日野の存在は、政府にとってよほど隠したい存在のようです」


「おい、トウヤ……」

「他に説明のしようがありません」




「『ダイン・スレイヴ』……?」


 嫌だ。


 よく思い出せない。


 よくわからないけど、聞きたくない響き。




 いや、今はいい。


 チャンネルは、俺とアリスを繋ぐものなんだ。


 アリスはどこだ?




 SNSを見る。




 こちらも、アカウントが凍結されている。




 検索しても、出てこない。




 アリスと俺に関わる情報は、全て消されている。


 SNSを調べても。ニュースサイトを調べても。




 まるで、最初から無かったかのように。




 そんなバカな。


 アリスは、確かにいたはずだろ?

 どこかに残ってるはずだ、痕跡が。




 ”でし子”。




 ”でし子”の名前、見つけた。




 どこかの掲示板だ。


 ページを見る。



―― でし子チャンネルの配信、やっぱり、作り物の映像だったらしい

―― 変だと思ったけどな

―― BANされてんのwww



 これだけ。




 これだけ?




 ふざけんな。


 ふざけんな!


 アリスがいた記録なんだ。


 なんで、まるでいない人のように扱われてるんだよ。







「アリスは、どこだ?」




 俺は、ベッドから降りて、辺りを見回す。


「お、おい!」

 俺の様子を見て焦る炎羅。だが、気にしてる場合じゃない。




 窓の外を見ても。

 バスルームを見ても。


 アリスがいた痕跡なんて、どこにも見つからない。


 部屋の外は……

 そうだ、アリスの泊まっている部屋が……




「シュウ!」


 部屋を出ようとする俺の肩を、炎羅が強く掴んだ。


「頼む、行かないでくれ」


「アリスがいないんだ。いるよな?どこかに?」


「行かないで……」







 目の前で、赤い閃光が光った。







 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』。




 部屋が、大きく揺れた。




 嫌だ。思い出したくない。

 なんだ、これは?




「どうやら、よほど師匠殿を消したいようですね」

 トウヤは言いながら、手元の荷物を手際よく背負う。

「出ましょう!ホテルが破壊されます!」




 わけがわからない。


 俺は、トウヤと炎羅に連れられながら、ホテルを出た。


 それまでに、何度も赤い閃光が光って。

 外に出てしばらくして、振り返ると。


 ホテルの建物は真っ赤な炎を上げながら崩壊していた。




「話と違って、『記憶視きおくし』の現象は起こりませんでしたね」

 ホテルを離れた丘の上まで避難した後、トウヤが言う。

「以前より、威力も連射性能も落ちています。ホテル1つ潰すのに、これだけの時間がかかった」




「アリスがいなくなって、相当弱ってるんだな」

「ええ。僕達が攻め込む隙は、十分あると見ていいでしょう」




「何、言ってるんだよ?」


 トウヤ、炎羅、何言ってるんだ?

 俺達は、フェスに出るために、ここに来て……


 アリスは、どこだ?







―― 違う。

 そうだ、違う。




 アリスは、死んだんだ。




 『断罪の魔砲ダイン・スレイヴ』のせいで。








「言っておきますが、僕達が戦うのは、あなたのために死ぬつもりだからじゃありません」

 トウヤが、言った。

「僕達は、自分が許せないんですよ。ここまで、何もできなかった自分自身が」




「心配すんなよ。絶対、戻ってくるから」

 炎羅が言った。

「もう、シュウを一人にはしないから。この砲撃も、絶対に止めてやるから」




 頭が、痛い。




 俺のせいで、人が死ぬ。




 そんな、吐きそうな気持ちだけが、頭の中をグルグル、グルグルと回って。




 俺は、その場に倒れた。




「シュウ!」

「師匠殿!」




 二人の声が遠くなる。






――もう、逃げるのか。


 この声は……思い出した。


――自分の罪にも、向き合わずに。


 昔、恋人だったニコが死んだ時に。

 俺が暴発した魔法で殺した時に、聞こえるようになった声。


 考えたくないことを、目を逸らそうとしていることを、教えてくれる声。


 別人格なのか。それとも、別の何かなのか。


――せっかく、”える”ようになったんだから。


 ……何?


――ろよ。


 何の話だ?


――記録のどこにもいなくたって、アリスは確かに存在する。記憶のどこかに。






『私を、弟子にしてください!』


 俺を、真剣に見つめる少女の顔が見える。




 マスクの紐が切れて、地面に落ちた。


 構わず、素顔で俺を見つめる少女。


 その左頬には、十字架のような紋章が刻まれている。


『お願いします!』




 アリスだ。




 あの時だ。




 あの時の視界が、鮮やかに、見える。

 あの時の声が、あの時のままに聞こえる。







――これまでの経験で、ようやく目覚めたんだ。




――今まで眠っていた、”記憶視”の力が。

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